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Nightmare Knight  作者: tillé.o.fish
第七章 The lost soul.(失われた魂)
27/41

XXVII

 一軒の家を前に、人集ひとだかりができていた。

 ――また人が消えちまったってよ。

 誰かがささやいた。

 ――また若い女らしい。

 また別の誰かが言った。

 ――いやねえ。あたしも気をつけなくちゃ!

 おばさんの声。

 ――おいおい、あんたは大丈夫だって。

 誰かが苦笑しながら言う。

「すみません! 通して下さい……ッ!」

 フェルディックは、人集りを強引に掻き分けながら、進んでゆく。アザレアとオスカーも、それに続いた。

「なんだぁ?」「おいおい……!」

 人ごみに揉みくちゃにされながら、嫌な目で見られながらも、フェルディックたちは人集りをなんとか潜り抜け、家の前へと踊り出た。

「なんだね、君達は!」

 衛兵が二人、こちらに気付いて声を張り上げる。

 玄関の扉の前には老人が、心ここにあらずといった様子で突っ立っていた。

「えっと、その……」

 衛兵に睨まれ、戸惑うフェルディック。オスカーがぐい押し退け、前に出た。

「ローデンハイムから来た者だ。そこにいる老人と話がしたい」

 毅然きぜんとした態度で告げる。騎士の顔になっていた。

 衛兵らは、しばしオスカーの姿をじっと見つめた後、はっとしてお互いの顔を見合わせた。

「これは失礼致しました! よもやローデンハイムの騎士殿がこのような田舎町にいらっしゃるなど――」

かしこまらずともよい。今は時間が惜しいのだ」

 膝を突いて礼をしようとする衛兵らを、オスカーが制した。

「すまないが、そこの老人と話をさせては貰えないか」

「勿論ですとも」

 彼らはさっと両脇に道をあけた。

 フェルディックはその光景を、ぽかんと口を開けたまま、呆然と眺めていた。

「ほら、なにをしてるの、行きましょう」

 アザレアに肩をとんと叩かれ、はっとなる。

「は、はい!」

 フェルディックたちは、老人の話を聞くため、家の中へと入って行った。



「アンナは……ワタシの大切な、たった一人残された……、唯一の肉親なのです」

 老人は、噛み締めるように言った。

 テーブルを前に、彼はぐったりと疲れきった様子で、椅子に座っていた。

 痩せ細った身体からは、生気のかけらも感じられない。うつろな眼差しが、見る者の心を余計に痛ませた。

 フェルディックたちは、テーブルを前に、立ったまま彼の話を聞いていた。

「昨夜のことでございます」

 老人は、ゆっくりと続ける。

「いつもは、夜に外出などしない子なのですが。昨夜のアンナは、少し妙なところがありました」

「妙なところ?」

 アザレアが小首を傾げる。

「はい。今思えば、あの時、気づくべきでした。物騒な事件が起こっているのは、承知しておりましたのに……」

 老人は、後悔の念を、深い溜め息と共に吐き出した。

「何があったのですか」

 オスカーの声に、老人は顔を上げて、ちらと彼の顔を見やった。

 それからまた目を伏せると、老人は、再び話し始めた。

「夕食を終えて、そろそろ眠ろうかといった頃。アンナは、ワタシに『おやすみなさい』と、いつものように自室に戻って行ったのですが……。その後のことが、妙なのでございます。

 しばらく、内職に没頭していたワタシも、そろそろ眠ろうかと自室に戻ろうとした時のことでした。

 それまで、自室で眠っていたはずのアンナが、ワタシの目の前を、何も言わずにすっと歩いてゆくのです。

 どうしたものかと思い、アンナに『どこへ行くのか』と訊ねたところ、アンナは『心配しないでおじいさま、すこし夜風に当たりたくなっただけですから』と、振り向きもせずに出て行ったのです。

 疲れていたワタシは、アンナの様子を見て妙だな感じながらも、自室に戻り、眠り込んでしまったのです……。

 アンナを見たのは、それが最後でした」

 老人の話を聞き終えたフェルディックたちは、お互いの顔を見合わせた。

 たしかに、妙な話だ――。

 自分から行方をくらませたのだろうか? 老人ひとり残して?

 それはないだろう。

 綺麗に整理された調度品と、窓際にある花瓶に添えられた花を見れば分かる。

 裕福ではないものの、アンナという娘は、少なからずこの生活を楽しんでいたはずだ。

 不満があれば、花など飾る余裕などない。

「アンナは黙って出て行くような子ではありません。きっと、攫われたのに違いないのです。――どうか、あの子を助けて下さい。貧しい家系ではありますが、この家の物であれば、御礼に何でも差し上げますゆえ」

 どうか、と老人が深く頭を下げる。

「礼など、必要ありません」

 言ったのは、オスカーだった。

「我々は、そのためにやってきたのです。ですから、どうか面を上げて下さい。……それで、そのアンナという娘の特徴は?」

「はい。アンナは年の頃、二十を過ぎたばかりの、まだ若い娘です。長い茶色の髪が特徴で、たしか……、昨夜、最後に見た時は白のコット(肌着の上に着る服)を着ていました」

「わかりました。では、あとは我々にお任せ下さい」

「どうか、アンナを――」

 すがるように頭を下げる老人に、三人は、お互いの顔を見合った。

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