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Nightmare Knight  作者: tillé.o.fish
第七章 The lost soul.(失われた魂)
26/41

XXVI

 フーズベリの町から少し離れれば、この町を支える広大な農園が見渡す限りに広がっている。人口が百人程度の小さな町であるためか、町人の殆どは農家を営みとして暮らしている。

 その主な出荷先はローデンハイムであるため、この町が危機に晒されれば、ローデンハイムの食糧事情にも大きな被害が出るのである。

 ――と、いうわけで早速この町にやってきたものの、未だそれらしい手掛かりはひとつも掴めていない。

 アザレアは広場にある大きな岩に腰を下ろし、剣を交えるフェルディックとオスカーの姿を眺めていた。

「やァァァッ!」

 フェルディックが、振り上げた剣を大きく振り下ろす。オスカーは、それをたやすくかわし、足を引っ掛けて、つんのめるフェルディックの背後に回り込んだ。

 フェルディックはこけそうになるも、なんとか体勢を立て直し、背後を振り返る。彼の眼前には剣の切っ先が向けられていた。

 勝負あり。

 これで何本取られたのだろうか。そもそも、力の差がありすぎて勝負にもなっていない。

 オスカーが一呼吸置いて、剣を下ろした。

「隙だらけだ。それに、振り下ろすだけの単純な攻撃。――まるで薪割りだな」

 淡々と告げるオスカーに、フェルディックは「あはは」と笑って誤魔化す。

「図星か? まあ……いい……。どの道、その程度の腕では戦いにはならない。剣も錆びているが、それを鍛えなおしたところで持ち主がこれではな」

 もういいだろうと、オスカーが剣を鞘に収めた。

 フェルディックが大きく息を吐き出して「やっぱりダメか」と呟く。そうして彼も剣を納めた。

「ひとつだけ」

「……?」

「ひとつだけ言っておく。死にたくなければ、剣を取るな」

 オスカーが真剣な眼差しでフェルディックを見た。

 剣術は遊びではない。人を殺すためのものなのだ。無論、剣を抜くということは、殺し合いをするのだという意思表示でもある。

 それを彼は教えたかったのだろう。

 フェルディックのほうは、返す言葉が見つからないのか、黙ったままだった。

「それにしても一体どういうつもり? オスカーに『剣を教えて欲しい』だなんて」

 落ち込むフェルディックに、アザレアは声を掛けた。

 今朝からフェルディックは妙だった。目が覚めて皆が顔を合わした途端、『僕に剣を教えて欲しい』だ。

 さすがのオスカーも、あれには驚いただろう。いまは騎士としての仮面も剥がれつつあり、本来の性格が表に出てきている。

 棘のある物言いだが、私としては良い傾向にあると思う。

「えー……。えっと……」

 バツが悪そうに頭を掻くフェルディック。

「まさかあなた。いまさら自力でなんとかしようなんて、考えてないでしょうね」

 ギクリ、とフェルディックが目を背ける。

「やっぱりね」

 アザレアはふっと息を吐き出した。

「ねぇ、フェルディック。私達に隠してるコト、あるでしょう?」

 それを聞いたオスカーが、じろりとフェルディックを横目に睨む。

「そ、そんな、隠し事なんて……!」

 否定するフェルディックを、二人は黙って睨み続けた。

 彼は無言の圧力に息を詰まらせ、「はい。してました」と観念したように答えた。

「うふふ。そうよねえ……」

 アザレアは嬉しそうに笑みをたたえる。

「聞かせて貰おうかしら。昨日こっそり宿を抜け出して、悪魔となにを話してたのか」

「……え?」

 間の抜けた声。

「えぇぇッ!」

 どうしてそんなことを知っているのか。といったところだろうか。

 意識を集中することによって、(ある程度の距離ならば)全ての植物は私の目となり耳となるのだ。覗きなんてあまり誉められたものではないが、彼を守るためには仕方のないことなのだ。

「実は……」

 フェルディックが、昨夜の出来事を話し出した。


  ※ ※ ※


「それにしてもあなたって、本当、不運のかたまりみたいな子よね」

 アザレアは呆れたように言った。

 これで、フェルディックは王国の処刑宣告と、悪魔からの死の宣告と、二方からその命を狙われるというわけだ。

 でも――。

「盗まれた魂に、人攫い、それに死者が蘇るという噂……。オスカー、あなたはどう思う?」

「関係があると考えるのが普通だろう。接点は未だ不明だがな」

 まだ戦いの熱が残っているのか、オスカーの口調は砕けたままだ。それとも開き直ったのかしら。

「そうよね」

 アザレアは呟き、思考を巡らせる。

 どう考えても、このフーズベリの町で何かが起きているのは間違いなさそうだ。

 だけど、私が以前に調査に来たときも、私達がここへやってきてからも、未だ事件の起こる気配はない。――できれば、あちらから動いてくれたほうが手っ取り早くて済むのだが。

「まずいことになったわね……」

 アザレアは口元に手を当て、視線を斜めに落とした。

「まずいって、どういうことですか?」

 フェルディックが真顔で訊いてくる。彼はもう大分前からまずい状況なのだが……。

「そうね。まず冥界の話からしましょうか」

「冥界……ですか? 魂が盗まれた場所のことですよね」

「そうでやス。そして冥界こそはあっしの故郷なんでやス!」

 フェルディックの胸ポケットからチゲの声。彼は飛び出して、会話に割り込んできた。

「あら、そうだったわね。たしか……、インプはサタンの身体の一部から生まれるのよね」

「その通りでやス。あっしらは父上の身体から生まれ、そしてその部位によって個体差が生まれるんでやスよ!」

 この子……説明するときだけは、ヤケに饒舌ね……。

「そうだったのか。だからアムはチゲと違って恐ろしい奴だったんだ」

 フェルディックが納得したように、うんうんと頷く。

「ムムムゥ……アムは……アムのヤツは、とっても恐ろしいヤツなんでやス。父上の右手の親指から生まれたアムは、そこらの並大抵の悪魔なんかより、よっぽど強力な魔力を秘めているんでやス」

「そうだったんだ……」

 フェルディックが、視線を自らの掌に落とす。何かを思い出すことでもあったのだろうか。

「ま、それはともかく。冥界っていうのは、現世で肉体を失った魂のゆくところなの」

 アザレアは話を戻した。

 顔を上げるフェルディックに、先ほどの暗い表情はもうなく、いつもの彼に戻っていた。

「そこで、魂の選別をするのが、冥界の王であるサタンね。――っと」

 アザレアは腰を下ろしていた岩から飛び降りる。ふわりと浮いたスリットから両足があらわになった。

 チゲが「ウヒョー」と雄叫びを上げるが、気にしない。

「普通なら、魂はそこで選別されて、天国や地獄、はたまた転生してまたこの現世へと生まれてくるの。つまり、サタンは死を司る恐ろしい存在であると同時に、魂の管理者として重要な役割を果たしているわけね」

「えっと……。それじゃあ、盗まれた魂は一体どうなるのですか?」

 フェルディックの問いに、アザレアは頷いて答えた。

「選別されなかった魂は、現世と冥界の狭間で彷徨さまよい続けることになるわ。そうなれば、その魂は永遠に救われることはない」

「そんな……」

「でも、それよりもっと恐ろしいのは……」

 アザレアはちらりとチゲを見やった。

「サタンはとてもプライドが高いのよ。冥界に送られてきた魂が盗まれたと知れば、どんな恐ろしいことが起こるやら……。想像はしたくないわね」

 そう言って、アザレアは肩を竦めた。

「怖ろしいことって……一体どんな……?」

 フェルディックが、まじまじとこちらを見つめてくる。

「ムムムムッ! 父上のことなら『ええい、面倒だ。こうなればニンゲンどもの魂を根こそぎ狩ってこい!』とか言いそうでやスねえ」

 一人納得したように、うんうんと頷くチゲに、フェルディックは「そんな無茶な」と苦い顔をする。

「可能性のひとつとしては、あるわね」

 アザレアもチゲに便乗して頷いた。

「そ、そんなっ!」

 フェルディックが驚いて声を上げる。少し脅かしすぎたかしら。

「あくまで、可能性のひとつとして、ね。安心なさい。まだそうなったわけではないのだから」

 アザレアが笑いながら答えると、フェルディックはほっと胸を撫で下ろした。

「とにかく、アムというインプの話しを聞く限り、盗まれた魂は、このフーズベリの町のどこかに隠されていると考えて間違いなさそうね。気配が消えたというのは、おそらく……、私達か、アムのどちらか、あるいは両方を恐れたから……。少なくとも、その盗まれた魂と、この町で起こっている人攫いの事件は、何か関係がありそうね。むしろ、無いほうが不自然じゃなくって?」

「うぅん……。そう言われると……、たしかにそうですね」

 何か引っかかるような物言いで、フェルディックが答えた。

「まだあるわ。共通点は、魔術師よ」

「魔術師?」

「ええ、そのインプは魔術師の仕業かもしれないと言っていたのでしょう? それは、あながち間違いではないわ。冥界から魂を盗み出すなんて芸当ができるのは、魔術師くらいのものよ。――それに、死者を蘇らせることは無理でも、あやつることくらいはできる……」

 たが、一体何のために? どうも目的だけがはっきりしない。

 犯人を捕まえて聞いたほうが手っ取り早いか。

 一通り話し終えると、フェルディックとチゲが「おぉぉ」と感心したように声を漏らす。

「なるほど……。凄いや、アザレアさん」

「うふふ、この私を誰だと思って? 魔女の異名は伊達じゃなくてよ」

 アザレアはエッヘンと胸を張って答える。二人の拍手が耳に心地良い。

「――だが」

 盛り上がっているところに、温度差のある冷たい声が割って入ってくる。オスカーだ。

「その犯人は、どうやって見つけるつもりだ」

 三人の動きがぴたりと止まった。

 相変わらず空気の読めない子ね……。

「事件の関係性は見えてきたが、犯人の手掛かりはまるでなしだ。結局、何も進んではいまい」

 彼はなおも追及してくる。

「……そうなのよねぇ……」

 アザレアは困ったように頬杖をついた。

「町の人には、あらかた聞いて回ったし、もう手掛かりと思えるものはなにもないわ。あとは……、向こうから動いてくれるのを待つだけね」

「しかし、我々の残された時間は残りわずか、四日しかないのだぞ。そうのんびりと待ってなどいられまい」

 アザレアはむっとした。

 それくらい分かっている。

「なら、坊や――。あなたには何か考えがあるのかしら?」

「ない」

 即答。

「それから、坊やは止めて下さいと言ったはずです」

「あら、そう。それなら、偉そうなこと言わないでくれるかしら? ボ・ウ・ヤ……」

 二人は視線をぶつけあい、火花を散らす。

「ま、まあまあ……! 二人とも……!」

 フェルディックが慌てて、間に滑り込んでくる。

 と、その時だ。

 ――大変だ!

 町の方からだ。男が何か叫んでいる声が聞こえてきた。

 ――……らいだァ!

 異変に気付いた三人と一匹は、声を聞き取ろうと、静かに耳を澄ませた。

 ――人攫いだァ!

 皆が一斉に顔を見合わせる。

 ようやく面白くなってきたわね。

 アザレアは微笑した。

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