表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Nightmare Knight  作者: tillé.o.fish
第七章 The lost soul.(失われた魂)
25/41

XXV

 アムと呼ばれたインプは、軽く舌打ちする。

「ッたく、テメェはいったいイマまでどこほっつき歩いてたンだ、アァン? 勝手に冥界から抜け出してどっかいっちまったと思ったらヨォ……。ニンゲンなんぞと仲良く肩なんか並べやガッテ、……オメェ――親父殿がこのこと知ったら、消されちまうゾ」

 アムに脅かされて、チゲが「ヒィ!」と身震いした。

「――チゲ。あのインプは、お前の知り合いなのか?」

 フェルディックは上空に静止するアムを見上げて、言った。

 彼はチゲよりもひとまわり大きく、筋肉質でがっしりとした体型をしていた。ギラついた瞳に、裂けるように大きく広がった口元からは、鋭く尖ったギザギザの歯が。

 狡猾さを全身で表現したような存在に、彼はチゲと違う、正真正銘の悪魔なのだと、フェルディックは思った。

「知り合いもナニも、インプはみんなサタンの身体の一部から生まれてくるんでやス。だからあっしとアムは、いわばニンゲンでいうところの兄弟みたいな関係なんでやス」

 そうか、だからサタンのことを『親父殿』と呼んでいたのか。

 久しぶりに兄弟が再会したというのに、どうも雲行きが怪しい。

 アムの話を聞く限り、その原因は一方的にチゲのほうにありそうなものだが。それにしたって、消されるなんて言葉が飛び出すあたり、穏やかではない。

「オイ、そこのニンゲン」

 フェルディックが見上げると、アムが、見下すような目でこちらを見ていた。

「ぼ、僕?」

 フェルディックは自らを指差して言った。

「当たり前だろうガ! イマここにニンゲンはテメェしかいネェンだヨ!」

 アムの暴力的な口調に、フェルディックは思わず仰け反った。

 ――うぅ……。

 チゲが脅えるのも、なんとなく分かる気がする。

「僕に何かよう?」

「――よう、ダト……」

 何が気に食わないのか、アムは苛立たしげに舌打ちした。

「何様か知らネェガ、契約も交わさずウチの弟分を連れ回しやガッテ! ……テメェ……死にてェのカ?」

 彼は爬虫類のように瞳孔を細めてフェルディックを脅した。――いや、脅しなどではない。

 緊迫した空気の中で、フェルディックは確かに感じていた。

 ぞっとするほどの殺意を。

 フェルディックはこめかみに汗を滴らせながら、くっと奥歯を噛み締めた。無意識の内に、剣の柄に手を掛けていた。

「僕が連れ回しているんじゃない。こいつが勝手に僕についてくるんだ」

「ナンダッテ?」

 アムが間抜けた声で言う。それから、ギロリとチゲを睨みつけた。

「ソレハ本当カ?」

 チゲはビクリと身体を震わせながらも、コクコクと頷く。

 それを見たアムが「チッ!」と舌打ちをした。

「ドウヤラ、死にてぇのはオマエのほうだったらしいナ……」

 それまでフェルディックに向けられていた殺意の矛先は、今度はチゲに向けられた。

「――ヒッ! ヒィィィィッ!」

 チゲは奇声を上げて、フェルディックの背中に逃げ隠れた。

「どうしてチゲを殺すんだ。チゲは君の兄弟みたいなものなんだろ?」

 フェルディックはアムの気迫に圧倒されながらも、なんとか声を絞り出して言った。

「だからダ。悪魔はニンゲンなんぞに媚びネェンだヨ、契約はしてもナ……。ダカラ、ソコにいるバカヤロウのしていることは、オレタチ悪魔全体の品位ってもンを下げる行為なんだヨ」

「だからって、殺すことないじゃないか」

 フェルディックが訴えると、アムが驚いたように目を丸くした。それから、「ホォウ……」と、思案するかのように、不気味に口元を歪める。

「悪魔に情を持つとは面白いニンゲンだナ」

 ククク、と渇いた笑い声を漏らした。

「そ、そうでやス……!」

 フェルディックの背中で、チゲがぶつぶつと独り言を言い始める。

「あっしはアニキに男を学ぶんでやス……。あっしは、あっしは……、もう、昔のあっしとは違うんでやス!」

 何を思ったのか、突然、チゲがフェルディックの前に飛び出した。

 アムにとって、それは予想外のことだったらしい。彼は驚愕の表情でチゲを見据えたまま、硬直していた。

 しばらくの沈黙の後、アムが「ククク」と笑い出す。

「ハッハッハァ! コイツは面白い! あのチゲが……チゲが、フヒヒ! このオレ様ニ? こんなに面白いことがあるとはナ! クハハッ! こいつはたまげたゼ!」

 アムがお腹を抱えて笑い転げる。

 笑われたのがそんなに悔しかったのか、チゲが沸騰したようにぷしゅぷしゅと煙を噴き出させた。

「わ、笑うなでやス! あ、あっしは本気でやスよ! だ、大体、アムこそこんなところでナニしてるでやスか! 冥界にいるハズのアムがこんなところにいるなんて、ゼッタイおかしいでやスよ!」

 半ば勢い任せにチゲが叫び散らす。

 それまでゲラゲラと笑い転げていたアムが、ようやく笑いを堪えて――それでもまだ余韻を残したまま――口を開いた。

「そうダ……ククッ。オレは……クカカ……ッ! 冥界から盗まれた魂の行方を追って、ここまで来たンだヨ……ククク……ッ!」

「盗まれた……魂……?」

 フェルディックは小首を傾げる。一体どういうことなのだろう。

 笑い疲れたのか、ようやく平静を取り戻したアムが、話し始める。

「イツになるか、随分前カ……。イヤ、つい最近だったカ? ハッ、まァいつでもがナ。冥界に送られてきた魂を、現世に引き戻しやがったヤロウがいるンだヨ。オレは親父殿の命令で、その魂を連れ戻しにキタ。ついでに、そのふざけたヤロウを始末しにダ」

 そこまで話して、アムが途端に苛立ちを見せ始める。

「――ンダガ、ここまで臭いを嗅ぎ取ってきたはいいンだがヨォ……。この町に着いた途端、キレイサッパリ臭いが消えちマッタ! ヤロウは魔術師に違いネェ。オレ様の気配を感じて魂をどこかに隠しやがったンダ!」

 アムの口調は段々と荒くなり、最後は吐き捨てるように言った。思い出して腹でも立ったのだろうか。

 フェルディックとチゲの二人は、それを黙って聞いていた。

 アムがまた「チッ」と舌打ちをする。

「余計なコト話しちまったナ……。……ン……マテヨ……」

 何か閃いたように、アムが頬を吊り上げ、双眸をギラつかせた。

 ……嫌な予感がする。

「ニンゲン!」

 アムがいきなり大声で叫んだ。

「ぼ、僕?」

 フェルディックは驚いて、再び自らを指差して言った。

「ダァァァッ! ニンゲンってったらテメェしかいネェって言ってンだろうがヨ!」

「わっ!」

 そんなことを言われても、身体が勝手に反応するのだから仕方がない。

「……取リ引キダ……」

「取り引き?」

「ソウダ。盗まれた魂と、そのふざけたヤロウをオマエが見つケロ。そうすれば、オマエのコトも、チゲのコトも見逃してヤル。クカカッ! オレ様名案!」

 アムが得意げに高笑いする。

 こいつは、チゲとは別の意味で困った相手だ。

 フェルディックはちらりとチゲを横目に見た。

 ――だけど、このままじゃ……。

 僕もチゲも、アムに殺されてしまうかもしれない。

 フェルディックは、深く息を吐き出すと、剣柄に当てていた手を下ろした。

「わかった。取り引きをしよう」

 チゲが不安そうな顔を見つめてくる。

「ア、アニキィ……」

 弱々しい声。だけど、今はチゲの相手をしている余裕などない。

「僕がその魂の居場所を突き止める。それと、盗んだ犯人も。それでいいんだね」

「アァ、ソウダ」

「そうすれば、僕の命も、チゲのことも見逃してくれる」

「ソノ通リ」

 彼はリズム良く答える。

「わかった。なら、それで取り引きは成立だ」

「――オット、待ちナ。そうはイカナイ」

「……?」

「オマエ、中々頭がイイナ。ダガそうはいかない。オレの任務は盗まれた魂の回収ダ。魂を盗んだヤロウと居場所を突き止めても、魂が無事じゃなきゃ意味がネェンだヨ。わかっているだろうガが、そのときはオマエが代わりに死ぬことにナル」

 フェルディックのこめかみを、つぅっと冷や汗がしたたり落ちる。平静を装うので精一杯だ。

「そうなる前に、早く見つけることダ。アァ、それと……。オレは気が短くてナ。あんまり待たせすぎると、ウッカリ殺しに来るかもしれネェから、精々気をつけナ」

 フェルディックはごくりと唾を飲み込み、「わかった」とアムの提案を受け入れた。

「ただ、僕からもひとつだけ条件がある」

「――ンダァ?」

 アムが眉をぴくりと跳ね上げ、声を荒らげる。

「ニンゲンごときがオレ様に条件ダト? チッ! ナメやがって、イマすぐニ殺してヤル」

 途端、彼の右手から漆黒の炎が、轟々と燃え上がった。その炎は、彼の身の丈よりも遥かに大きく、とても邪悪なものだった。

 チゲが小さな悲鳴を上げて、フェルディックの背中にさっと逃げ隠れた。

 フェルディックは、激昂するアムに負けじと、睨み返す。

「……オット、オレとしたことが、つい熱くなっちまっタ」

 アムが自ら作り出した炎を、自らの手で握り潰した。ぶしゅうと音を立てて、指の間から煙が立ち上る。

 それを、彼はふっと吹き消した。

「文字通リナ」

 一瞬、何のことだか意味が分からずに、フェルディックはきょとんとした。

「オイコラ、今のは笑うところだろうがヨ。……まァ、イイ……。デ、条件ってのはナンダ?」

 殺気立っていたと思ったら、突然、冗談を言ってきたりと、これはこれで、チゲとは違う意味で疲れる相手だ。

 ひとまず安心したフェルディックは、一呼吸置いてから、条件を述べ始める。

「僕達がそれを探すかわりに、君の知っていることを教えて欲しい。そもそも、魂なんて目に見えないものを見つけろと言われても、無理な話だからね」

「ハッハッハ! やっぱりオ前は頭の良いニンゲンだナ」

 ……そうだろうか?

 思っても、余計なことは口にしないことにした。

「イイダロウ。ソノ条件、乗ッテヤル」

「それなら、まず君の知っていることを教えて欲しい」

「ナニを知りたいンダ。言ってミロ」

「魂を追ってきたってことは、このフーズベリの町にあるってことだよね」

「フ……フーズ……ナンダ? よかわからネェが、ここらで途端に臭いが消えたからな。隠してるクソヤロウも近くにいるに違いネェ」

「それと、僕はどうやって魂を見つけたらいい?」

「ソイツは簡単ダ。チゲを使エ」

 フェルディックは振り返り、チゲと顔を見合わせた。

「オレたち悪魔ナラ、魂を感じることができル。ダカラソコにいる落ちこぼれのバカでも、それくれいはできルッテこッタ」

「ムキーッ! あっしは落ちこぼれてなんかいないでやス!」

 チゲが飛び上がり、高笑いするアムに、ぷんすかと顔を真っ赤にして言った。。

「ダッタラ、ソレを証明してみせナ」

「いわれなくとも、そうしてやるでやス!」

 ぷしゅぷしゅと頭から煙を噴き出すチゲ。アムは小馬鹿にするように鼻をフンと鳴らした。

「精々頑張ることだナ。アバヨ……――」

 アムの身体から漆黒の炎が燃え上がる。燃え上がった炎の消滅と共に、アムの姿も消えてしまった。

「クゥゥゥ~……ッ。覚えてイヤガレでやスーッ!」

 もう誰もいないというのに、チゲは星空に向かって捨て台詞を吐く。

 フェルディックは何だかやりきれない気持ちになって、頭を抱えた。

 これは、いよいよややこしいことになってきた。

 処刑まであと五日。

 そして。

 悪魔に命を取られるときまで、あと……?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ