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Nightmare Knight  作者: tillé.o.fish
第六章 An empty knight.(空っぽの騎士)
23/41

XXIII

 翌日。

 フェルディックは鍛冶屋にいた。

「あんちゃん。こりゃあ、金貨三枚はいただかねぇと……」

 鍛冶屋の親父が、錆びた剣を値踏みして言った。

「そうですか……。ありがとうございます」

「その気になったらまた来いよ」

 と、フェルディックは親父の声を背にうけながら、鍛冶屋を後にして道に出た。

「やっぱりダメか」

 フェルディックは、がっくりと肩を落とした。その手には、銅貨が二枚。

「これじゃ、一食分にもならないや」

 旅の資金は騎士団が出してくれているけど、剣は自分でどうにかしなきゃ……。

 フェルディックは空を見上げた。晴れた空に、太陽が眩しい。

「――アニキ、アニキィ!」

 胸のポケットから、チゲのくぐもった声。

「どうした? チゲ」

「ハラがへったでやス!」

「……」


  ※ ※ ※


「ありがとね」

 人々の行きかう町中で、フェルディックは果物屋を背に、その手にリンゴを持っていた。

「はぁ……。これで、一文無し……か……」

 最後の銅貨はリンゴひとつに消えたのだった。

 果物屋のおばちゃんが言うには、農作物の不作で、値段が跳ね上がったのだと。

 フェルディックは空を見上げた。晴れた空に、太陽がにじんで見える。

 うぅ……涙が止まらない……。

「――アニキィ、そんなにお金が大事だったなら、あっしがチョチョイと取ってきたでやスのに」

 涙の止まらないフェルディックに、胸ポケットのチゲが声を掛けてくる。

「ダメだ。人のものを盗むなんていけないことだ。……それにお前、捕まったらどうするつもりなんだよ」

「――ニンゲンの世界はメンドウでやスねぇ」

 むぅ、とチゲが鼻を鳴らす。

 まったく、コイツってヤツは……。

「あら?」

「……?」

 女の子の声に、フェルディックは、胸ポケットから顔を上げる。

「君は……」

 フェルディックの前に立っていたのは、ヘレンだった。


  ※ ※ ※


 フェルディックは、ヘレンと共に教会裏の墓地にやってきた。

 夕暮れの墓地に人気はなく、風に揺れる雑草の音だけが静寂の中にささやいた。

「ここは、お母さんのお墓なの」

 ヘレンが膝をついて祈りを捧げる。

 彼女の祈る墓石には、ナチアという名前が刻まれていた。

 墓前に供えられた白い花が、フェルディックの目に入る。

「その花は?」

 たしか、ヘレンとはじめて会ったとき、彼女が大事そうに持っていた花だ。

「これ――、お母さんが好きだった花なの」

「そうなんだ。……それで、昨日あんなところに」

「うん。お父さんには、黙って一人で出歩くなって、きつく言われてるのだけど、これだけはどうしても取りに行きたくって」

 祈りを終えたヘレンは立ち上がり、笑顔で振り返る。

「だって、この花を取りに行くために町外れの森まで行くんだって言ったら、お父さん、反対するに決まってる」

「そうだね。……でも、だったらどうして、お父さんと二人で取りに行かなかったの?」

 フェルディックの問いに、ヘレンの笑顔がふっと消えた。

「お父さんは、自分を責めてるんだと思う」

「……?」

「ここね。三年前の疫病で亡くなった人たちのお墓なの」

「え? それじゃあ――」

「うん。わたしのお母さんもその病で死んだの」

「……」

「お父さんね。お母さんが死んだことで、まだ自分を責めてるみたい。オレがもっと早く、この町を離れていたら……って。ほら、わたしの家って、宿屋だから……。簡単には町を捨てられなかったの」

「……そうだったんだ……」

 俯く二人――。風が吹き抜けてゆく。

「――おや? ヘレンではないですか」

 フェルディックは、彼女の名を呼ぶ男の声に振り返った。

「やあこんにちは。……おや、君は……? 見かけない顔ですね」

 いつの間にか、聖職者の格好をした男が、そこに立っていた。

「こんにちは。神父様」

 ヘレンが答える。うっすらとだが、彼女の表情には、笑顔が戻っていた。

「この人は、賊に襲われていたわたしを助けてくださった方なのです」

「え? いや、そのっ! 助けたのは僕じゃなくって――」

「それはそれは! ありがとうございます。彼女はよくここへ足を運んでくれる私の大切なお友達ですからね」

 神父の笑顔と感謝の言葉に、フェルディックは反論する機会を失う。

「フェルディック、この人は、この教会の神父様で、名前は――」

「スコット・ウィルベンダーと申します」

 彼はへレンの言葉を引き継ぐと、フェルディックに向かって、丁寧なお辞儀をする。

 彼は神父といっても、お爺さんというわけではなく、三十歳を過ぎたくらいの、落ち着いた雰囲気の男性だった。

「あ、あの、僕はフェルディック、フェルディック・ブライアンです」

 フェルディックも慌ててお辞儀をした。

「おや?」

 頭を垂れたままのスコットが、墓前に供えられている花に気がつき、声をあげた。

「そうでした。今日は、ナチアさんの命日でしたね」

 頭を上げたスコットが、ヘレンに微笑みかける。その表情こそは穏やかだが、どこか影を感じさせるものがあった。

 はい、とヘレンがスコットに頷いた。

「では、私はこの辺で――。もう日も暮れます。ヘレンも、あまり一人で出歩いてはいけませんよ。最近は人攫いなど、物騒な話も耳にしますからね。おっと――」

 スコットの視線が、フェルディックに向けられる。

「これは失礼。フェルディック君……でしたね。ヘレンをよろしくお願いしますよ。騎士ナイト殿」

「ナ、騎士ナイトだなんて、そんな!」

 フェルディックは、慌ててスコットの言葉を否定する。

 彼はそれが可笑しかったのか、「ははは」と穏やかな声で笑った。

「そう謙遜することはありませんよ。――それでは」

 と言い残して、彼はこの場を去って行った。

「いっちゃった……」

 フェルディックは、教会に帰って行くスコットの背を眺めながら、呟いた。

「神父様はね」

 隣に立つヘレンの声に、フェルディックは彼女の顔を見た。

「わたしのお母さんと同じ病で、奥さんを亡くしたの」

「え? それって……」

 あの人も、三年前の疫病で大切な人を亡くしたってこと……?

「普段はああやって、明るく振舞っていらっしゃるけど、たぶん、まだ……、亡くなった奥さんのことを忘れられないでいるのだと思う」

 ヘレンは悲しそうに下を見た。

「――でも、それは……。わたしも、お父さんも一緒かな――」

 ぽつり、と彼女が小さな声で呟く。

「……?」

 その声があまりにも小さかったので、はっきりとは聞き取れなかった。

 なんと声をかけていいのか、言葉が見当たらない。

 フェルディックは、そばで黙ったまま立ち尽くしていた。

 それに気づいたヘレンが、顔を上げる。

「ご、ごめんなさい。ヘンな気分にさせちゃって」

 恥ずかしそうに頬を赤らめる彼女には、先ほどの悲しそうな表情など、もうどこにも見当たらなかった。

「さあ帰りましょう!」

 ヘレンは吹っ切るようにいうと、フェルディックを置いて、さっさと歩いて帰ろうとする。

 黙ったまま立ち尽くすフェルディックに、ヘレンが笑顔で振り返った。

「宿に着くまで、ちゃんとわたしを守ってくださいね。騎士ナイト様」

「ナ……騎士ナイト様って……」

 フェルディックは、苦笑しながら、ぽりぽりと頬をかいた。

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