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Nightmare Knight  作者: tillé.o.fish
第一章 You are followed! (アンタについていきやス!)
2/41

II

 ウエストリード通りを、爽やかな風が吹き抜ける。うっそうと茂る木々のせせらぎ。木漏れ日の道を、馬車が走り抜ける。

 フェルディックの乗せた馬車は、故郷を離れ数時間、西にあるローデンハイム城を目指していた。

 馬車の中にはフェルディックを含め三人。彼の向かいに“チェーン・メール”(金属の輪を重ねて作った網状の防具)を着た男二人が並んで座っている。ローデンハイム城からフェルディックを迎えに来た使者である。

 外の景色をぼんやりと眺める、ぷっくりと太った男がデリック。

 丁寧に口ひげを整えた、上流階級を主張しているおっさんが、マントン。

「本来なら、馬車を寄こすなど、特別扱いはしないのだがね」

 マントンは、いやみったらしい、少し高い声で話す。彼は左手に、紙の束を持っている。――たぶん、フェルディックについての資料か何かだろう。マントンはそれを、やる気なさそうに読んでいる。

「ふむ……なるほど、どうやら君は、立派な父上を持っていたようだね。――ふむふむ」

 フェルディックの父であるクロウスター卿は、ローデンハイム城の騎士団長を務めていたほどの大人物だ。 敵軍が攻めてきたときの、クロウスターの指揮能力といったら。それはもう、群を抜くものがあった。彼を怖れる敵は、尊敬の念もこめてこう呼んだ。“ガーディアン・クロウスター”。

 幼いころから、母が子守唄のように、フェルディックに言って聞かせた話だ。

 マントンは、フェルディックのブロードソードに注目する。

「――そのブロードソードはどこで?」

「昔、父が使っていたのものです」

「錆びているね」

「錆びているのは鞘だけです」

 マントンの癇に障ったのか、彼の右眉がぴくりと反応する。

 フェルディックはそれを意図的に避け、外の景色を眺めた。

 馬車に乗ってからというもの、マントンはフェルディックに対して、嫌味な質問ばかりぶつける。

 マントンがフェルディックの風体を気に食わないと思っている。――フェルディックにも、それくらいのことはすぐに伝わった。だから、嫌味の一つでも言ってやらないと気がすまない。

 だいたい、好き好んでこんな貧しいボロボロ服を着ているわけじゃない。実際、ブロードソードは鞘だけでなく、刃も錆付いていて刃こぼれも酷い。だが、そんな剣の中身のことなど、問題ではない。

「あー、ところで、騎士団に入るそうだが。君の剣の腕前は、どの程度だね」

 マントンは、剣から話題をそらした。

「薪を割る程度です。これから騎士団に入って鍛えたいと思っております」

 フェルディックは、なるべく丁寧な口調で答える。

 マントンは、フェルディックから資料に目を落とす。

「なるほど。父上が亡くなられて、母上はさぞ苦労したことだろうね」

「はい、父が亡くなり、幼い私を育てるために母は実家に帰ったのですが。祖父母も早くに亡くなってしまい。――結局、母は女手一つで私を育てることになったのです。今も、村の綿工場で糸を作る仕事をしています。私が騎士団に入ることで、少しでも生活が、――母が楽になればと思い……」

「ほーう。それは立派な考えだね。関心するよ。ふむ」

 マントンはフェルディックの目を見てない。

「ええ……。はい」

 マントンがフェルディックに興味がないことも、わかっている。しかし、ここで問題を起こすのはまずい。だからといって、これ以上マントンの“貧民いびり”に付き合うつもりも無い。

 フェルディックは少し考えた様子で、辺りをゆっくりと見回す。大きく息を吸い込んで、肩を上げたり、腕を回したり。それから、申し訳なさそうに言う。

「――あの……。ローデンハイム城までは長い道のりだと聞きます。少し、眠ってもよろしいでしょうか」

「……ふむ。君には少し忍耐が足りないようだねぇ。これから騎士団に入るのだよ。たかが馬車に揺られたくらいで疲れてもらっては、困るねぇ……。まぁ、しかし、こう何時間も馬車に揺られるとさすがに疲れるのも無理はない。――おい、デリック。この辺りで休めるところはないかね」

 マントンは、隣に座るデリックに声を掛けた。

 デリックはゆっくりと、外の景色から天井へと視線を移す。

「……そういえばぁ。もう少し先にいったところにぃ、今は誰も住んでいないぃぃ、小屋がありますねぇ。前はぁぁ、木こりのぉぉドルイドじいさんがぁぁ、住んでいたところですねぇぇ……」

 フェルディックが馬車に乗り合わせてから、初めでデリックは喋った。彼は精気のない声で、マイペースに、実にゆっくりと話す。

 その余りの遅さと間に耐えかねて、マントンが少し、いらっとしたのがわかる。

「では、今日はそのドルイドじいさんの小屋というところで休もう。このペースではローデンハイム城までまだ二日と掛かる。本来なら私もすぐに帰って、愛する妻と、夕食にワインと生ハムといきたいところだが。まぁ、仕方ない。未来ある若者を無事、王宮に届けるという任務がある。その若者が疲れたというのなら、うむ、仕方ない。我々も休まねばなるまいな」

 マントンは、ドルイドじいさんの小屋に向かうようにと、馬車を走らせている運転手に指示を出した。

「――ぁぁああ……」

 突然、デリックは何かを思い出したかのような、声を出す。

 二人はデリックに注目する。

「……あのぉぉ、そういえばぁぁ」

 一時停止。

「たしかぁぁ、あのぉぉぉぉ……」

 それから四秒ほど。

「……こやぁぁぁぁぁ」

「――アアアーーッ! もういいデリック! お前のその話し方を聞いているとイライラする!」

 マントンがデリックの言葉を金切り声で掻き消した。いらだちで小刻みに震える。

 フェルディックはここぞとばかりに、冷やかな眼差しで見つめてやった。

 はっと、その視線に気付いたマントン。軽く咳払いをした後。

「今のは忘れてくれたまえ」

 マントンは何事もなかったかのように、手に持った資料に、精神を集中し始めた。

 このマイペースなデリックと、マントンはここ数日間馬車に二人きりだったのだろう。そう考えると、マントンに少しは同情できなくもない。

 運転手によると、ドルイドじいさんの小屋に着くには、まだ小一時間ほど掛かるらしい。

 フェルディックは時間を潰そうと、それまで外の景色を眺めていることにした。

 ――と、その時。フェルディックは、木陰に立っている“何か”と目が合った。

 真っ赤なトンガリ帽子に、同じく真っ赤に染まった赤い服。ギョロリと大きく見開いた目には、燃えるような赤い瞳。

 それまで見たこともない、その“何か”にフェルディックは驚き、心臓が跳ね上がる。

 一瞬の後。我に返ったフェルディックは窓にべったりと頬を張りつかせ、その“何か”がいた場所を凝視した。

 ――いないッ?

「な、何事かね!」

 フェルディックのただならぬ様子に、マントンも驚きを隠せないようだ。デリックは動かない。

「な、何か変なものでもおったのかね?」

「……いえ。気のせい……だったようです」

 確かに、“何か”が。恐ろしい“何か”がいたはずだったのだが、その場所にはもう、誰もいなかった。もはや何の気配も感じられない。遠ざかる景色の中、今や馬車の走る音だけが、耳に響くばかりである。

 フェルディックはぐったりと疲れた様子で、席に座り込んだ。

「まったく、驚かせおって。おお、そうそう。おそらく、気のせいだんじゃないのかね。木の模様が人の顔に見えたとか。ふむ、そうか、やはり君は疲れているのだろうね」

 マントンの言うことなど、フェルディックの耳には全く入ってこなかった。

 フェルディックは、先ほどの、あの“赤い何か”。人間とは思えない、とてつもなく恐ろしい、狂気を秘めた、あの燃えるような赤い瞳。一瞬のできごとだったが、その鮮明に焼きついている映像を、頭の中で何度も思い返していた。

 本当に、何もいなかったのだろうか。――いや、そうであってほしい……。

 一行を乗せた馬車は、順調にドルイドの小屋へと向かって行く。

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