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Nightmare Knight  作者: tillé.o.fish
第五章 A witch and a magic scholar.(魔女と魔術学者)
19/41

XIX

「すごいや……」

 フェルディックは、鏡にうつる自分の姿を見て呟いた。

 ホジュアに着替えを用意して貰ったのだ。

 丈夫な布で作られた服は、これまでのボロ服とは比べ物にならない。

 貴族達が着ている服のように染色はされていなかったが、それでも今の自分にとっては十分立派なものだ。

 ただ着替えただけだというのに、不思議と気持ちが引き締まってくる。

 フェルディックは、机に置いてある麻布のマントを拾いあげ、肩に羽織り、もう一度鏡に映る自分の姿を見た。

 ――よし!

 いよいよ旅に出るのだと、実感が湧いてきた。

「――ネェ、アニキィ……そろそろ出てもいいでやスかァ?」

 机に放り投げられたズボンの膨らみから、くぐもった声がした。

 ……あ。

 新しい服につい夢中になって、チゲがズボンのポケットに入ったままだと、すっかり忘れていた。

 この部屋には、今はフェルディックとチゲしかいない。

 ホジュアは先ほどいた部屋で本を読んでいるし、アザレアといえば、まだ魔道具を物色し続けている最中だ。

 だから今、チゲが出てきても問題はないのだが。

「ちょっと待って、いま出すから静かに――」

 そうフェルディックが言うよりもはやく、チゲはズボンから這い出して、宙に飛んだ。

「プハーッ! やっぱり外の空気はウマいでやス!」

 チゲは気持ちよさそうに、伸びをする。

「わっ、こら! 騒ぐな――!」

 フェルディックは声を抑えながらも、語気を強める。

 宙を飛ぶチゲを捕まえようとするが、チゲはフェルディックの両手をするりと抜け、さらに天井近くまで浮上した。

「ズボンのなかも、アニキの臭いがして悪くなかっでやスが……。やっぱり外がイチバンでやスネェ」

 チゲは、独り言のようにうんうんと、頷いている。

「とにかく、マズいって!」

 フェルディックは、下りてくるように手を振って合図する。

 だが、チゲは、口笛を吹きながら部屋中を飛び回り、あたりを物色し始める始末。

 無邪気というか、なんというか、このバカインプときたらもう……っ!

 少なくとも、今のフェルディックにとっては、悪魔と実感せざるおえない状況だった。

 城内では大人しくしていろと、言われたばかりなのに!

〈――なんじゃ、騒がしいのぅ〉

 閉ざされたドアの奥から、ホジュアの声がした。

〈――なにかあったか?〉

「い、いえ、なんでも!」

 フェルディックはホジュアに聞こえるよう、声を張り上げる。

 ホジュアさんが気づく前に、こいつをどうにかしないと――!

 焦るフェルディック、チゲは指を加えながら本棚を流し見ている。

 それを捕まえようと、フェルディックは、忍び足でそっと近づき――、チゲに向かって、ゆっくりと両手を伸ばす。慎重に、小鳥を捕まえるように……。

 ふわり。

 と、チゲが浮上し、フェルディックの両手をするりとかわした。

 逃げたのではなく、どうやら別のところに関心がいったらしい。

 こ、この……っ!

 悪意がないところに、悪意を感じる。

 それから何度も飛び跳ねて、チゲを捕まえようとするが、ギリギリのところで届かない。

「おいチゲ、いい加減にしろ。降りてこい!」

 ……聞いちゃいない。

 フェルディックはもう、このバカインプのバカさ加減に苛立ちを隠し切れないでいた。

 歯を食いしばりながらも、「クククク…」という渇いた笑いを止められない。

〈おーい、どうかしたか?〉

 ――しまった!

 つい怒りに我を忘れ、声を抑えるのをすっかり忘れていた。

「あ――えっと! おっきな虫が飛んでいて、ビックリしただけです!」

 苦し紛れの誤魔化しが、思わず口をついて出る。

 さすがにもう、ホジュアが部屋の様子を見にくるのも時間の問題だ。

 視線を戻し、チゲの姿をさがす。

 ――いた!

 チゲは机の上に転がったフラスコを、物珍しそうに指で突いている。

 絶好のチャンス!

 今度こそ、慎重に、確実に捕まえようと、フェルディックは息を殺して忍び寄る。

 そして、もう少しでチゲに手が届きそうなところまで近づくと、思い切って――跳んだ!


  ※ ※ ※


 研究のため、分厚い書物に目を通していたホジュアだったが、豪快な破砕音に意識を奪われ、それどころではなくなった。

「なんじゃ?」

 音の出所は――隣室の、フェルディックのいる部屋からだ。

「なにごと?」

 魔道具を物色していたアザレアも、さすがの異常事態に部屋から飛び出してきた。

「――あの子のいる部屋からじゃ。……さきほどから騒がしいとは思っておったが――」

 言いながらホジュアは、足早にドアへと向う。アザレアも後を追ってついて来る。

 ホジュアは、勢いよくドアを開いた。

「どうした、フェルディ――!」

 言いかけて、ホジュアは声を詰まらせた。

 机の上に突っ伏しているフェルディックと、床に散乱したガラス片にも驚いたが、それよりも――。

 むむむ……、この天井付近に感じる違和感は……一体なんじゃ?

 ホジュアは、ゆっくりと視線を上昇させる。

 はじめはコウモリかとも思ったが、すぐに違うと判った。自らの体よりも大きなフラスコを抱きしめ、宙を飛んでいるのは……インプだ!

「インプ……じゃと……? 一体何故こんなところに……?」

 ホジュアは驚きのあまり、目を丸くした。

「あらら……忘れてたわ……」

 振り返ると、アザレアが苦笑を浮かべながら“彼ら”を傍観している。

「……?」

 どういうことじゃ?

 ホジュアは、インプとアザレアを、交互に何度も見やる。

 のんきな顔で宙を飛ぶインプと、それを見て苦笑するアザレア――。

 ……もしや。

 アザレアの様子から察するに、どうやらあのインプは、迷い込んできたというワケではないようだ。

 ホジュアは顎鬚を撫でながら、胸の内で呟いた。

 ――やれやれ。今日は客人の多い日じゃのぅ……。

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