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Nightmare Knight  作者: tillé.o.fish
第五章 A witch and a magic scholar.(魔女と魔術学者)
18/41

XVIII

 フェルディックは、廊下の壁に背をあずけ、アザレアが出てくるのを待っていた。

 壁に備え付けられた松明が、時折はじけては小さな火花を散らす。

 チゲはというと、ズボンのポケットの中で、今は大人しくしている。

 城中に悪魔が入り込んだとなれば、騒ぎになるのは確実。人目に触れないことを条件にゲイルの許しを得たのだった。

 フェルディックは、隣にいるオスカーへと視線を投げかけた。

 オスカーは、こちらには見向きもせず、夜の景色を眺めている。

 何度か話かけようとしたのだが。結局、声をかけることはできなかった。

不可抗力とはいえ、自分の取った行動が原因で、彼の父親の立場を危うくしてしまった。

 それに、友人の息子というだけで、見ず知らずの他人を護衛するハメになったのだ。

 そう考えると、彼の素っ気無い態度にも納得ができる。

 フェルディックは話しかけるのを諦めて、オスカーから視線を逸らした。

「おまたせ」

 声とともに、アザレアが部屋から出てきた。

 その手には、蝋燭台が握られている。

「遅いですよ」

 オスカーが言った。

「あら、もう夜も遅いし、坊やは先に寝ててもいいのよ」

 アザレアが冗談まじりに言う。

「では、そうさせて頂きます」

 オスカーは真顔で答える。そして、フェルディックに一瞥をくれると――。

「死刑囚の監視も済んだので」

 と、冷淡な口調で告げた。

 うっ! ……嫌われているとは思っていたけど、まさかこれほどとは。

「そんなこと言わないの。明日から一緒に旅をする仲間なんですから――」

「お言葉ですが」

 オスカーの声には、静かながらも、怒りの感情がこもっていた。

「仲間とは――共に戦い、背中をあずけることのできる戦友のことをいうのです」

「あらそう。……それなら、友達だったらいいでしょう?」

「……」

 ああ言えばこう言うとは、まさにこのこと。

「とにかく……。私は騎士としての務めを果たすだけです……」

「親子揃って堅いわね」

 アザレアが、肩をすくめてみせた。

「では、あとはお願いします」

 オスカーの言う“お願い”とは、もちろん“死刑囚の監視”という意味だろう。

「はいはい」

 アザレアが苦笑混じりに答える。

 オスカーは再びフェルディックに一瞥をくれると、なにも言わずに踵を返し、その場をあとにした。

「――きっと、仲良くなれるわよ」

 ふと、アザレアが微笑んだ。

「え……?」

「さあ、行きましょうか」

 フェルディックの返事も待たずに、アザレアは歩き出した。



「あの――、ホジュアさんって、一体、どんな人なんですか?」

 フェルディックは廊下を歩きながら、アザレアに尋ねた。

「そうね……。あなたのお父さんの恩師で、私と同じ魔術師ってところかしら。ただ、私と違って、あの爺様は魔術の研究が専門だけれども」

 フェルディックには魔術の心得などなかったが。それでも、彼女の言うことは直感的に理解できた。

 アザレアが“魔法を使う”ことを専門としているのなら、ホジュアと呼ばれる人物は“魔法を作り出す”ことを専門としているのだろう。

「まあ、クセのある爺様だから、適当に相手をしてればいいわよ」

「……はぁ。それで、一体なにをしに行くんですか?」

「そうねぇ」

 アザレアが、わざとらしく考える素振りをする。

「かつての教え子の息子が、故郷を離れてはるばる訪ねてきたっていうんだから。顔くらいは見せておかないとねえ?」

「は、はぁ……」

 本当に、それだけ……?

 ただそれだけのために、こんな夜遅くに会いに行くというのだろうか。

「――というのも、一つなんだけど……」

 アザレアが笑顔で指を立てる。

「今度の旅は危険極まりないから、そのための準備! って、ところかしらね」

「そ、そうですか……」

 なんだか、掴みどころの無い人だなぁ……。

 フェルディックは、もう黙ってついて行くことにした。

 二人は、しばらく廊下を進み続ける。

 先導して歩いていたアザレアが、ふと、歩を止めた。

 彼女の手にした蝋燭台の明かりが照らす先には――、地下へと続く階段があった。

「足元に気をつけて」

 蝋燭台のかすかな灯りを頼りに、二人は慎重に階段を下りてゆく。

 地上と違って、空気が湿っぽい。

 アザレアが歩を進めるたびに、甲高い靴の音が闇に響きわたる。

 二人は階段を下りると、そのまま真っ直ぐに進み続けた。

 そして、突き当たりにぶつかったところで、アザレアが立ち止まった。

「ここよ」

 アザレアが蝋燭台をかざすと、木製のドアが浮かび上がった。

 地下の湿気で風化が進んでいるのか、ドアの角は剥がれ落ち、カビで黒ずんでいる。

 そのドアを、アザレアがドンドンと、叩く。

 軽いノックで済まさなかったのは、ドアが分厚く造られていたからだ。

「入るわよ」

 そう言ってアザレアは、返事も待たずにドアを開けた。

 ずけずけと部屋に足を踏み入れるアザレア、それに、フェルディックも続いた。

「うわぁ……」

 部屋に入ったフェルディックは、目の前に広がる光景に、思わず声を漏らしてしまう。

 部屋には、沢山の本棚が存在していた。それに、地下室とは思えないくらいに立派な内装をしている。――まるで、図書館のようだ。

 おまけに、この部屋には地下の湿った空気が入ってこないらしく、地上となんらかわらない快適な空間となっていた。

 ……が、しかし……。

 視線を床に落としたフェルディックの目に飛び込んできたのは――部屋のいたるところに散らかされた――大量の本だった。

 さらに視線を泳がせると、いかにも実験で使いそうなビーカーやフラスコ類、その他にも六芒星が印された怪しげな布や、奇妙な石など、何から何まで散らかし放題になっている。

 これでは、足の踏み場もない。

 なんだか……すごい部屋だなぁ……。

 どうやって先に進めばいいのやら。

 部屋に入ったはいいものの、フェルディックは、その場から一歩も動けずにいた。

「――返事くらい待てぬのか、おぬしは?」

 ふと、部屋の奥から、老人の声がした。

 よく目をこらして見ると、、積まれた本の山のその奥に、老人の姿があった。

 伸ばし放題の白髪と白髭で、目元まで眉毛に隠れてしまっている。

「そっちこそ、客人がきてるのに本のほうが大切なのかしら?」

 呆れた様子で、アザレアが肩をすくめる。

 彼女の言う通り、老人はこちらには見向きもせず、机に置かれた書物を熱心に読んでいた。

 ……あれ?

 気がつくと、いつの間やらアザレアは、部屋の真ん中に立っていた。

 足の踏み場もないのに、一体、どうやって入ったんだろ……?

「お前さんと違って、人間という生き物は忙しいんじゃよ」

 老人は、依然とした態度で読書を続けている。

「あらそう……。それじゃあ、忙しいところ悪かったわね。せっかく教え子の息子が訪ねてきたっていうのに、本に夢中じゃあ仕方ないわよねえ……? あぁ、残念」

「……教え子……じゃと?」

 アザレアのわざとらしい口調に、ようやく老人が顔を上げた。

「彼の息子よ」

 アザレアが、フェルディックを紹介する。

 父の名を出さなくとも、彼らの間ではそれで通じるみたいだ。

「……そうか、噂は聞いとるよ」

 老人は、少し間をおいて、「悪い噂もな」と、付け足した。

「だったら、話は早いわね」

「魔道具なら奥の部屋に一通り揃えておる。杖でも魔石でも、好きに持ってゆくがよい」

「あら、今回はやけに気前がいいじゃない」

「かつての教え子のせがれが、困っておると聞いての」

「それじゃ、遠慮なく――」

 アザレアは慣れた足取りで――散らかった本を踏みつけることもなく――奥の部屋へと入って行った。

 アザレアさん……。連れて来ておいて、ほったらかしですか……。

「おや、すまない、自己紹介が遅れたのぅ。ワシの名はホジュアじゃ。フェルディックよ、よろしく頼む。……ところで、お前さん……。騎士団に入ると聞いたが、腕は立つのかの?」

 呆然と立ち尽くすフェルディックに、老人――ホジュアのほうから声を掛けてきてくれた。

「……いえ、薪を割る程度です」

「ふむ……。それは……?」

 ホジュアが、フェルディックのブロードソードを見て言った。

「これは、父の形見です」

「そうか。どれ、抜いて見せてくれるかの?」

「は、はい……」

 躊躇いながらも、フェルディックは頷き、ブロードソードを鞘から引き抜いた。

 錆びた金属のこすれる音が響く――。

 ホジュアはそれを見て目を丸くした。それから彼は、大きく息を吸い込んで……ゆっくりと、吐き出した。

「錆びとる……のぅ?」

「……あはは……はは……ははは……」

 フェルディックは薄ら笑いを浮かべつつ、ホジュアから視線を逸らす。

 やっぱり……そうなるよね……。

「それに――」

 ホジュアの声に、フェルディックの視線が引き戻される。

「なにがあったか、おおよその事情は聞いとるがの……。まあ、なんというか……その……」

 ホジュアの右眉がくいっと持ち上がり、それまで眉毛で隠れていた細い目を覗かせた。

「ズタボロ……じゃな?」

「あは……あはははははは……!」

 服はもとからズタボロです!

 なんて言えるはずないよね……。

 フェルディックはただ、笑って誤魔化すだけだった。

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