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Nightmare Knight  作者: tillé.o.fish
第四章 Resumption and encounter.(再会と出会い)
17/41

XVII

 籠から出たチゲはご機嫌だった。

 いまはフェルディックの肩に乗って、鼻歌らしきものを歌っている。

 ただ、フェルディックからすれば、薄気味の悪い呪文のようにしか聞こえなかったが。

 こいつに構ってたら、話が進まない。

 そう結論付けて、あえて無視することにした。

「……では、そろそろ本題に入ろうか」

 ゲイルが言った。

 先程、チゲのことを説明し、何とか殺されずに済んだのだが……。

殺すことと、追い出すことをしないだけで、彼は依然として警戒を解こうとしない。

 ゲイルの鋭い眼光が、浮かれていたチゲを射抜いた。

「――イッ!」

 それに驚いたチゲが、一瞬にして硬直する。

 ――人間に睨まれて動けない悪魔って……。

 チゲを見ていると、悪魔とは必ずしも恐ろしい生き物ではないのだと、思えた。

 ゲイルが続ける。

「フーズベリの町で、夜な夜な死者が蘇っては、人を攫うという事件が起こっている。――というのは、もうすでに承知のことだと思うが――」

「はい……。そして、極刑を免れるためには、その事件を解決しないといけない……」

「その通りだ」

「あら、ちょっと待って――」

 アザレアが会話に割り込む。

「その事件はまだ調査中でしょ? ――いえ、そんなことより、極刑ってどういうことなのよ?」

 突然出てきた“極刑”という言葉に、アザレアは驚きを隠せないようだった。

 ゲイルが、フェルディックのかわりに、説明した。「彼は、城へ来る道中、休憩のために立ち寄った小屋で、レッドキャップに襲われたのだ。そこで騎士団の護衛二人と、馬車の運転手が死んだが……。彼一人だけが生き延びて、こまで辿り着いたのだ」

 実に簡潔である。

 アザレアは少し考えた後、「あっ!」と、ひらめきの声を上げた。

「敵前逃亡ってやつかしら。……でも、まだこの子は騎士になった

わけじゃないわよ? いくらなんでも、ちょっとヒドすぎない?」

「普通ならばな……。しかし、彼の父の存在が、それを許さなかった」

「……英雄の息子が敵前逃亡……。はぁ……。なるほど。それで、何事もなかったかのように騎士団に入られちゃ、いい噂になるわね」

「その事実をもっと早く知っていれば良かったのだが……。さらに間の悪いことに、所見の間で、貴族達にも知られることとになった」

 アザレアは深い溜め息をついた。

「……ソレって最悪じゃない?」

 やれやれといった様子で、肩をすくめる。

 それから、彼女の視線が、フェルディックへと向けられる。

「不運ね」

 ――ぽつり、と呟いた。

 返す言葉の見つからないフェルディックは、「あはは……」と、渇いた声で苦笑いを浮かべる。

「そこでだ」

 ゲイルの声に、一同の視線が彼に集中する。

「少しばかり無理はあったが、彼がフーズベリで起こっている事件を解決することができれば、極刑を無効にするという約束を取り付けた」

「ふぅん、そこで私の出番ってワケね」

 アザレアは得意げに笑みを浮かべる。

「そういうことだ」

 ゲイルが頷く。

「……でもねぇ」

 だが、アザレアの口調は弱い。

「期待通りの報告はできそうもないわ……」

 一同から向けられる視線に、彼女は苦笑いで答える。

「そうね……、結論から言うと……。フーズベリで人攫いがあるのは間違いないわ。自分の娘が攫われたって話も、直接聞いた。けれど、誰が何の目的でやっているのか……。正直なところ、何の手がかりも掴めなかったわ」

 もうそれ以上報告することがないのか、アザレアは一同から視線を逸らした。

 アザレアも、この事件にまさかフェルディックの命まで掛かっているとは、思ってもみなかったのだろう。

 報告をうけたゲイルも同様に、それは誤算だったと言える。

 ゲイルはおそらく、アザレアが何かしら事件の手掛かりを掴んでくるのだろうと、踏んでいたに違いない。

 表情にこそ出さないが、この気まずい空気がそれを物語っている。

 しらばく続いていた沈黙を破り、口を開いたのは、ゲイルだった。

「死者が蘇るという話はどうなのだ?」

「それは……」

 アザレアが言葉を濁す。

 そういえば、アザレアは死者が蘇って人を攫うという話には触れていない。

「何人か見たって人の話は聞いたわ……。だけど、“死者が動いている”のを見たってだけで、“人を攫うところを見た”なんて話は、ひとつもなかったわね」

「そうか。……だとすると、人攫いと、死者が蘇るという話は、“別々に起こっている”二つの事件なのかもしれんな」

「……あら、それは盲点ね」

「人攫いが起きてから、死者が蘇る事件が起こった。順序は逆かもしれんが、元々は別の事件だった。しかし、この二つの事件が人々の噂になるにつれ、やがて同じ事件として扱われるようになった。

そう考えることもできる。噂というのは、人々の面白いように捻じ曲げられてしまうからな」

「さすがは騎士団長殿。腕だけじゃなくて、、頭も切れるのね」

 アザレアが関心したように言う。

「茶化すな」

 ゲイルが、アザレアを睨む。

「あら、ごめんなさい」

 アザレアは、目を逸らす。

「……それを踏まえて、もう一度、フーズベリの町へ向かってくれ。

それと――」

 ゲイルと、目が合った。

「彼も一緒にだ」

「はい」

 フェルディックは頷いて答える。

 何の役に立てるかわからないが、アザレアが一緒だと心強い。

「そうね。彼が行かなきゃマズいのはわかるけど……。仮にも、人攫いをするような危ない連中を相手にするのよ? ミイラ取りがミイラになっちゃ、笑えないわ」

「護衛にもう一人つける」

 ゲイルの口調は、それも察していたかのようだった。

「オスカー。お前が彼を守れ」

 ゲイルは、傍らに立っていたオスカーに目配せをする。

 オスカーが、小さく返事をして頷いた。

 なるほど。

 オスカーがこの場に居合わせたのは、はじめからそのためだったようだ。

「期限は、明日から一週間だ」

 ゲイルは真剣な面持ちで、視線を再びフェルディックへと向ける。

 期限があるなんて、はじめて聞いた。 けれど、よく考えてみれば、たしかに無期限であるはずがない。

期限が無ければ、極刑になる日は永遠にやってこないのだから。

「フーズベリの町までは、馬に乗っても一日掛かるわ。――それだと、明日出発するとしても……。実際のところ、解決まで六日間しか無いわね」

 六日間――。

 そんな短期間で、事件を解決できるのだろうか?

 フェルディックは、思わず唾を飲み込んだ。

「一週間経ったところで、迎えの使者が町に到着する。その時点で

事件が解決できていなければ……」

「大丈夫。なんとしてでも、私が解決してみせるわよ」

「……頼む」

「それじゃあ、出発は明日でいいわよね?」

 アザレアの問いに、ゲイルが頷いて答える。

 フェルディックも、それに合意した。

「それじゃあ……。ちょっと、ホジュアのところに寄りたいのだけど」

「それは構わないが?」

「彼も借りて行きたいの」

 アザレアが、ちらりとフェルディックを横目で見る。

「わかった」

「決まりね。フェルディック。このあと、私についてきてくれるか

しら?」

「はい……」

 フェルディックには何のことだかわからなかったが、ここは、彼女に従うことにした。

「なら、今夜はこれで解散ね」

 アザレアが、解散の号令をかける。

 彼女は、「まだ少し用があるから」と、フェルディックとオスカーに、先に部屋から出るよう指示した。 部屋を後にするフェルディック――。

 その胸の内は、以前として重苦しいままの状態が続いていた。

 これからどうなるんだろう……。

 先のことを考えれば、考えるほど……不安は募るばかりだった。


  ※  ※  ※


 フェルディックとオスカーが部屋を後にするその姿を、アザレア

はじっと見つめていた。

「……母親似なのね」

 ぽつり、とアザレアは呟く。

 もう彼らは外に出て行ってしまったので、聞こえはしないだろう。

「ヤツに似ていたら、どうだったのだ?」

 ゲイルが真顔で聞いてくる。

 彼は昔から感情を表に出さない性格だったが、付き合いの長いアザレアには、それが冗談なのだと、すぐに判った。

 フェルディック・ブライアン……か。

 ふと、クロウスター・ブライアンの顔が頭をよぎる。あいつはいつも笑顔で、明るくみんなを照らしてくれたっけ――。

 生真面目で、人を寄せ付けない性格のゲイルも、唯一あいつだけには心を開いていた。

 居場所の無かった私に、城で働かないかと誘ったのも、あいつだった。

 クロウスターはみんなに好かれていて……。

 そう、私もそんな彼を――愛していた。

「誘惑していたかもね」

 アザレアは自嘲気味に、鼻で笑ってみせた。

「本気か?」

「まさか……」

 結局。アザレアはクロウスターの心を射止めることはできなかった。他の女に取られるのは気に入らなかったが、彼が妻といるときの幸せそうな顔を見ていたら、そんな気もどこかへ吹き飛んでしまっていた。

 あいつが幸せなら、それでいい。そう思えるようになったいた。

「でも……。あいつの子だっていうのなら」

 アザレアは、ぼんやりとドアを見つめながら、続けた。

「何があっても、私が、必ず守ってみせるわ――」

 ゲイルにではない。

 自分自身に、言ったのだ。

「……彼を……頼んだぞ」

 そう呟くゲイルの声に、重みを感じた。

 わかってる。

 私が、あいつから居場所をもらったように。

 今度は、私が彼に居場所を与えなきゃいけない。

 それが……あいつの想いを繋ぐことになるのなら……。

 暫くの間。

 二人は、ぼんやりとドアを眺めていた。

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