XIII
「ほう、そなたが……」
玉座に座る白髪の老人――ローデンハイム国王エルドラン6世を前に、フェルディックは跪いていた。
ローデンハイム城、謁見の間――。
フェルディックがローデンハイムに到着した夜のことだった。
「話には聞いておる。面を上げよ」
フェルディックは、国王に促されるまま、面を上げる。
エルドラン国王の身の回りのものは、法衣から玉座まで、何でも金や価値ある宝石の装飾が施されていた。それは、国王の持つ圧倒的な権力と、その生まれの違いを象徴しているかのようだった。
「名はなんと申す」
エルドラン国王は、やさしくも威厳のある声で言った。
「フェルディック……フェルディック・ブライアンと申します」
「……ブライアン……まさかとは思うが……」
エルドラン国王は喉を鳴らす。
「フェルディック、そなたの父の名はなんと申すか」
「はい、それは……」
フェルディックは、聞かれるがまま。素直に答える。
「クロウスター・ブライアンでございます」
父の名を聞いて、驚いたのは国王だけではなかった。フェルディックの噂を聞きつけて集まったらしい、大勢の貴族達も、声を上げた後、ひそひそと話し出した。
何の反応も示さなかったのは、衛兵達だけだった。
「やはり、クロウスター卿の息子であったか」
エルドラン国王は独り、納得したような口調で言った。
「なるほど、それならば頷ける……」
エルドラン国王が父を知っているかのような反応を見せるので、フェルディックは驚いた。
「――もしや、国王様は父をご存知なのですか?」
失礼だと思いつつも、父のことを知りたいという衝動を抑え切れなかった。
エルドラン国王は人懐っこい笑顔で笑った。
「国王でよい、フェルディック・ブライアン」
フェルディックは、恥ずかしくなって顔を伏せた。こんなことなら、礼儀作法の一つや二つ学んでおくべきだった。
国王は続ける。
「そなたの父君、クロウスターとは年齢こそ離れておったが、共に戦い、真に仲間と呼べる数少ない同士であった」
懐かしさに浸るように、エルドラン国王は視線を遠くへやった。
父さんが……そんな立派な人だったなんて……。
母からいつも聞かされていたが、国王の口から直接言われるのとでは、まるで違う。父が偉大な人物だったと、重く心に伸し掛かってきた。父の背中など見たことも無かったが、今ではそれが、はるか遠くに感じられた。
「――ところで、フェルディック・ブライアン。そなたは何故、ローデンハイムにやってきたのだ」
「はい、それは……騎士団への推薦状を頂いたからです」
「ほぅ……では我が国の騎士団へ入隊するというわけか。それは頼もしいことだ。あのクロウスターの息子が入隊したとなると、他の団員達にも良い刺激となろう」
エルドラン国王は頷くと、ふと何かに気が付いたような様子で、話を続けた。
「しかし、話によるとそなたは一人でここまでやってきたと聞いておる。普通なら、推薦者は国から使者を送る手はずになっておるのだが……」
王の疑問に、フェルディックの気が重くなる。
「はい、実は……推薦を頂き、私めも馬車で移動することとなりましたが……」
昨夜のできごとが蘇る。使者が二人、運転手のおじさんを含めて三人が死んだ――。
とてもよい知らせとは言えない……。
できれば話したくない。しかし、聞かれては素直に答えるしかなかった。
フェルディックの歯切れが悪くなる。
「途中……休憩にと寄った小屋が……運悪く……レッドキャップの棲みかだったのです」
言い終えた後、エルドラン国王の顔が険しくなり、貴族達はざわついた。
「では、国から使わした使者は――」
フェルディックは再び顔を伏せて、告げた。
「残念ながら……」
それを聞いたエルドラン国王は、急に無口になった。貴族達のざわつく声だけが、しばらくその場を支配した。
「……フェルディック・ブライアンよ……」
ようやく口を開いたエルドラン国王の声は、重々しい。
「残念だが……そなたを敵前逃亡の罪で、極刑に処さなければならない」
「……え?」
突然のことで、エルドラン国王の言葉が理解できなかった。言葉の意味が理解できた時、それを否定しようと心が動いた。
「な……なぜですか!?」
フェルディックは立ち上がって、理由を王に問う。極刑とはつまり、死刑のことだ。いくらなんでもそれは酷すぎる!
「よいか、フェルディック……。国の使者が殺されたのを知って、逃げてきたとあれば、余は王として裁かないわけにはいかぬのだ。それが、騎士団に推薦された者であれば、なおさらだ」
エルドラン国王は、貴族達にちらりと視線を投げると、再びフェルディックを見据えた。
「……わかるな?」
「そ……そんな……」
騎士団に入るためにここまでやってきたのに、罪人として牢に捕らえられるなんて……。
お先真っ暗な将来を目の前に突きつけられて、フェルディックは愕然と膝を突いた。
そんな……母さん――!
息子が罪人として裁かれたと知ったら、母は悲しむだろう。そして、名誉あるブライアン家の血筋を自分が汚すことになるのだ。
感傷に浸るまもなく、エルドラン国王は衛兵に残酷な指示を出した。
「連れて行け」
衛兵が動いた。
フェルディックは、視界の定まらない目で、一点を見つめていた。
二人の衛兵が、フェルディックの両脇に手を掛けた。
その時だった――。
「王よ! どうかお待ちください!」
どこからともなく、男の大きな声がした。
誰も予想しなかった展開に、その場がしんと静まり返った。
貴族達を掻き分けて、現れたのは――頑丈なプレート・アーマーを身に纏った50代くらいの男だった。
彼はフェルディックの前までやってくると、エルドラン国王に跪いた。
「この青年、フェルディック・ブライアンを推薦したのは私めにございます」
それを聞くと、エルドラン国王は独り言のように呟いた。
「そうか……ゲイル……そなたが……」
「エルドラン国王よ、どうかお聞き届け願いたい!」
謁見の間に響き渡る大きな声で、ゲイルと呼ばれた男は言った。
「彼に、今一度、名誉を挽回する機会を与えてはいかがでしょうか!」
一体どういうことだと、貴族達がどよめいた。しかし、エルドラン国王が視線をやると、再び静かになった。
「この国の法をまだ知らぬまま、訳も分からず牢に入れられてしまったのでは、余りに酷というもの……」
「ふむ……しかし、それだけでは罪に問わぬ理由にはならぬぞ」
「分かっております。だからこそ、今一度彼に、名誉を挽回する機会を与えてはいかがでしょう」
ゲイルは繰り返し言って、話を続ける。
「西の町フーズベリに、死者が夜な夜な蘇っては、人をさらうという奇妙な話を耳にします」
ゲイルは立ち上がる。
「騎士団が国を離れるわけにもいかず……だからといって、このまま放っておけば、フーズベリの民は、我が国へ不信感を抱きましょう」
ゲイルは王に訴えるように、両手を広げた。
「フーズベリは我が国の食料を支える大切な農業地です。どうかこの件を、彼に任せてはいかがでしょう」
ゲイルの提案に、エルドラン国王は喉を唸らせた。
「しかし、それで民は納得するか?」
「もちろんですとも、今や街中どこへ行っても、その話を知らぬ者などおりません!」
「では、解決できなければどうする?」
「その時は、この話を提案した私めも騎士団長として責任を取り、彼と同じ死刑台に立ちましょう!」
ゲイルの言葉に貴族達が驚きの声を上げたのはもちろん、フェルディックもその言葉には驚いた。
彼が騎士団長だということ――何故自分のために同じ罰を受けると宣言したのか――いくつもの驚きが同時にやってきて、もう何がなんだかわからない。
「……よかろう。騎士団長である貴行がそれほど覚悟したこととあれば、認めぬわけにはいくまい」
エルドラン国王の言葉に、ゲイルは跪いて頭を下げた。
「はっ!」
「ただし――、貴行は国にとって大切な人物である。罪は牢で償え、命を粗末にするでない――」
さらに頭を深く下げるゲイル。エルドラン国王は頷くと、続いてフェルディックに視線をやった。
「さて、問題は……」
ゲイルも立ち上がって、フェルディックへ視線をやった。それから彼は、フェルディックにしか聞き取れないくらいの小さな声で、言った。
「フェルディック……やってくれるな?」
フェルディックに選択の余地などなかった。断れば迷わずあの世逝きだ。心の中ではまだ納得もできていないし、何が起こっているのかも全くわからないが、取るべき行動は一つしかない。
フェルディックは頷く。
「はい、やらせてください……」
立ち上がって、エルドラン国王を見据えた。
「必ずや解決してみせます!」
堂々と宣言したフェルディックだったが、その態度とは裏腹に、胸の内は不安でたまらなかった。