XII
ローデンハイム城下町の市場は、人々の熱気で賑わっていた。
大陸中から集められた新鮮な食材がずらりと並び、鍛冶屋は熱い鉄を打ちつけ汗を拭う。――裏路地では、怪しいフードの人物が、毒々しい色の薬を客に売りつけていた。
チゲは果物屋のおばちゃんの目を盗み、リンゴを抱えて、猛スピードで飛んで逃げた。
十分に高く飛んだ後で、おばちゃんの怒声が小さく聞こえた。
「まったく、ニンゲンの世界は面倒でやス」
チゲは呟いた。あんなに沢山食べ物があるのに、一つ取ったくらいで怒るなんて……。
それから、適当な家を見つけて、煙突にリンゴを置いた。
チゲはリンゴを前に立つと、うれしそうに鼻を鳴らす。大きく息を吸い込むと、リンゴはみるみる腐っていった。
果物の精気をたっぷり吸い込むと、チゲは満足そうに、ぷはぁと息を吐き出した。
「よーし、ミナギッテきたでやス!」
つややかな肌が、真昼の太陽光に反射して眩しい――。
食事を終えたチゲは、また空中を飛んで、人々の波を見下ろした。
「ウーン、アニキィ……どこいったでやスか……」
フェルディックを追いかけて街に入ったはいいものの……彼がどこに連れて行かれたのかさっぱりわからない。
当てもなく飛んでいると、木箱をお立ち台にして、紙をばらまいている男が目に付いた。辺りには人がさらに集まっていて、なにやら騒々しい。
――さあニュースだ! なんと、あの恐ろしい怪物レッドキャップから、生きて帰ってきた青年がいるそうだ!
――なんだって、あのレッドキャップからか!
――ウチの主人はアイツに殺られたのさ、忌々しいっ!
チゲは、声の中から聞き覚えのある言葉を復唱する。
「レッドキャップ……青年……」
チゲはうなるように考えると、何かひらめいたように、ポンっと手を叩いた。
「アニキに間違いないでやス!」
よかった……アニキは生きていた。チゲの顔に自然と笑みがこぼれる。
木箱に乗った男が続けた。
――それだけじゃない! そのことに関心を持った王が、今夜、その青年を城に招くらしい!
観衆がどよめく。
――王が招待するんだ、さぞ豪華な褒美を取らせるに違いない!
――まったく、そんなことより王としてやることがあるだろうに!
彼らは、口々に自分の思いを吐き出したが、チゲにとってはどうでも良い。
「アニキは……城に行くんでやスね……」
夜になってから城に行けば、フェルディックと会えるかもしれない。チゲの心に希望の光が差し込んだ。
その時だった。
チゲは、人気のない通りを歩く女性に、目を奪われた。
彼女は、胸元を露出させた大胆なローブを纏っており、スリットからは片方の足だけがすらりと伸びている。
「ウヒョーッ!」
チゲは、挑発された本能をむき出しに、その女性へと急降下した。
口から垂れるよだれよりも早く、目指したのはそのふくよかな胸の谷間!
その隙間に入れたなら、さぞぷにぷにして気持ちがいいに違いない!
想像と現実の感触の違いを確かめようと、目標の眼前まで迫ったその時――チゲの背中に衝撃が走った。
「グベェッ!」
チゲは、彼女の手刀によって、地面に叩きつけられた。痛い……痛すぎて涙が止まらない……。
痙攣して伸びているチゲを、女性は摘み上げる。
「あら――こんなところでインプなんて、珍しいわね」
服装通りの色っぽい声で呟くと、彼女はもう片方の手で指を鳴らした。
小さな爆発音と煙が上がったかと思うと、次の瞬間には、籠が突然現れ、チゲはその中に閉じ込められていた。
「悪魔なんて滅多に手に入らない素材だわ……これは面白そうね……」
彼女は不敵に笑うと、籠を手にぶら下げて歩き出す。
チゲは、激痛が支配する頭の中で、思った。
――アニキゴメンヨ……あっしは、この美人さんに煮て焼かれてしまうでやス……。
頭の声とは裏腹に、チゲは、期待に胸が高鳴るのを感じていた。