XI
フェルディックは、ゆっくりと覚醒した。
ニ、三度、瞬きをして、視界が晴れると、そこには見たことのない石造りの天井があった。
何故、自分はこんなところにいるのだろう――。
たしか……レッドキャップと出会って……馬に乗って――。
記憶は、そこで途切れていた。まだ頭がぼんやりとする。
「気が付いたようだな」
フェルディックは声のする方へ首を曲げる。堅い表情をしたおじさんが、楽な姿勢で椅子に座っていた。
「あの……ここは……」
「ローデンハイムの兵舎だ。馬が、気絶した君を運んできた」
フェルディックは、ローデンハイムと聞いて、心の中でひとまず安堵した。
「気分が良くなったら、話を聞こう。それまで、休んでいるといい」
「いえ――もう大丈夫です」
とても寝ている気にはなれない。
フェルディックが上体を起こすと同時に、若い男が、ドアを開けて部屋に入ってきた。
「フランクさん、お昼買ってきました」
彼は手にした紙袋を、嬉しそうに見せびらかす。
「今日は運が良いです。ほらこれ! クラリスの限定、太陽の美味しさいっぱい職人の干し葡萄パン!」
彼は紙袋をテーブルの上に置くと、起きているフェルディックに目を向けた。
「おや、気が付いたようですね」
「ちょうど今、目覚めたばかりだ」
「それは良かった。――君、目覚めたばかりでお腹が空いただろう? 運がいいね。今日は美味しいパンを買ってきたから、遠慮せずに食べるといい」
彼は笑顔で、紙袋の中身を取り出そうとする。――それを、フランクが止めた。
「待てベン。目覚めたばかりですぐに食欲があるとは限らん。彼の意見を聞くべきだ」
どうかね、といった風にフランクはフェルディックに目を配らせる。
「あ、あの……ええと……」
フェルディックは言葉に詰まる。なんだか、答えにくい――。
「フランクさん。彼に答えを求めるのは酷というものです。こういう場合、遠慮しちゃって言い出しにくいものですから」
「そうか?」
「そういうものです」
ふむ……と、フランクが喉を鳴らす。
「ところで……君、一体何があったんだい? 馬に乗ったまま気絶する人なんて、滅多に拝めるものじゃない」
「はい……それは……」
フェルディックが事情を説明しようとした矢先――お腹の虫が空腹を主張した。お腹が空いているとは思ってもいなかったが、体の方は正直だったらしい。
恥ずかしそうにお腹を押さえるフェルディックを見て、二人の表情が和らいだ。
「急ぐこともあるまい。何があったかは、食事をしてからゆっくりと聞こう」
「ええ、それが良いです」