卵焼きとアイナメの味噌汁
紫メッシュ先輩に連行されるように四階までの階段を登る果々子。怖いよぉ怖いよぉ……
促されて入ったのは、生活感の無いベッドとローテーブルだけの部屋だった。
「相変わらず殺風景な部屋やな」
「ミニマリストと言って」
出迎えたのはショートボブのタチバナ先輩。
「今、培地の目が離せなくて寮は風呂入りに帰るぐらいだし。あ、どうぞ座って」
勧められた座布団の前をみて、果々子はあっと声を上げた。
ローテーブルに生協の買い物袋が乗っている。果々子の物だ。
えっと、洗濯室で手伝った時、台に置いて…… 置き忘れた事すら忘れていた。
ありがとうごさいますの声が出る前に、「ここでおあがり」と言われた。そんなぁ……
上級生の部屋で知らない二人に囲まれて食事? 嫌だそんなの喉を通らない助けて……
と、「開けて~~」の声がして、メッシュ先輩が扉を押すと、大きな盆を持ったタマ先輩が入って来た。
ふわっと甘い香り。ローテーブルにデンと置かれたのはおにぎりと卵焼きの大皿、蓋付き椀の味噌汁。
「厨房使わせて貰った。はい座って、食べよ食べよ」
先輩たちは勢いで果々子を座らせ、いそいそと箸を回す。味噌汁は四つあって当たり前みたいに果々子の前にも置かれた。
あれよあれよという間に、皆での食事が始まる。
「風呂、すいてるかな」
「さっきの騒ぎで皆 足が止まったからね。今が一番ラッシュじゃない?」
「じゃあもう、すべて終了後でいいか」
「おかあさんが、今日は零時までボイラー消さないでくれるって」
「ありがたい」
おにぎりを元気にパクパクする先輩がたと差し向かいで生協の惣菜パンをかじる果々子。やっぱりまだ居心地が悪い。
「温い内に飲みぃや」
勧められてやっと味噌汁の蓋を開けた。
――あっ!
海の香りとアイナメの頭。
「お、当たりやな」
「アブラコ、美味しいよね」
「おかあさんが、遠山ちゃんはお魚きれいに食べる名人だって誉めてたよ」
「卵焼きも、ほら」
メッシュ先輩が椀の蓋にふっくらした卵焼きを置いてくれる。
椀に口を付ける。
寮母さんの、変わらない優しい味。
染み渡る。ずっと、強ばっていた、腹を立てていた、不安だった……
「えっ」
「れもん、何やった?」
「やってない、うち何も泣かすようなことやってないっ」
「遠山ちゃん……」
涙がほろっと落ちていた事に気が付いて、果々子は慌てて袖で顔を覆った。
「ちがっ、これっ、すみま……」
三人の上級生はさすがに戸惑った様子でおにぎりからおかかが落ちそうになっている。
な、何か喋らなきゃ、食事を明るく再開できる何か、言葉っ。
「おいしすぎて」
三人は糊付けが剥がれるように肩を下ろして笑った。
「そらそうや」
「卵焼きも食べてぇ。わりと上手く出来たんよ」
「こっちのおにぎりもお食べ」
ショートボブ先輩の名は橘 七都、理系の院生で普段は研究棟の方に詰めている。学生課でアルバイトのような事もやっていて、たまにああいう雑事(面倒事)を言いつかる。
紫メッシュ先輩の名は瀬戸 れもん、タマ先輩は柚ノ木 珠。二人とも四回生だが、タチバナ先輩とは上下を感じさせない友達口調だ。
三人は口々に、寮母さんズの料理がいかに素晴らしいかで盛り上がる。果々子は聞いているだけだったが、独りで抱えていた苦いかたまりが撹拌されて溶けて行く気がした。
盆が空になると、タマ先輩が持って部屋を出ようとする。厨房で洗うのだろうかと、果々子も立とうとした。
「別の時なら手伝って貰うけれど、今はこのままここに居て、ね」
言ってタマ先輩は出て行った。
そういえば、何でここへ連れられたのだろう。通達って忘れ物の事? それとも、これから何か言われるのかな。




