殿下直伝、身の程知らず撃退法が「イチャイチャ」とはこれ如何に。
私、エイヴリルの婚約者、クレイグ王太子殿下は容姿端麗、文武両道と非常に優秀且つ、皆のあこがれの的となるようなお方だ。
そんな彼の婚約者となったのは幼い頃。
しかし王立学園へ入学するような歳になっても尚、クレイグ様に言い寄る女性は減らなかった。
クレイグ様がどれだけ断ろうと、彼女達は理由を付けて彼に接触しようとする。
それと同時に、私への陰口や嘲笑をわざと聞こえるような場所で囁くようになった。
私は相手にしていなかったし気にも留めていなかったのだが、クレイグ様はどうやら気掛かりだったようだ。
そんなある日の事……。
「流石に、これ以上野放しにするわけにはいかない」
休校日。
クレイグ様との王宮の茶会で、私はそう告げられた。
「貴女は気にしていないというが、侯爵令嬢という高貴な身分である上に未来の王太子妃でもある貴女がが軽んじられている現状も、そしてその状況を上手く捌けていない私に疑念の視線が向けられるのも好ましくはない」
「……左様ですか。畏まりました」
クレイグ様のお言葉にも一理あると思った。
「では、具体的にはどのように?」
私にも手伝える事があればと思っての問いだったのだが、クレイグ様は神妙な面持ちのままこう答えた。
「イチャイチャしよう」
「…………はい?」
「イチャイチャしよう」
聞き返したとて聞こえる言葉は同じ。
なるほど、私の耳がおかしくなったのではない。
クレイグ様の頭がおかしくなったようである。
喉を通りかけていた紅茶が逆流させなかった自分を褒めてあげたいと思った。
「……クレイグ様?」
こほんと咳払いをし、クレイグ様の提案をやんわり否定しようとする。
しかし彼は尚も真剣な様子で続けた。
「私と貴女の婚約は政略的なもの。国の為のものだ。しかしそれ故に、他者からは聊か淡泊な関係に見えてしまっていたのも事実なのだろう。だからこそ、何名かの女性は未だ私からの愛情を期待するのだと思った」
そう。彼の言う通り。
私達はイチャイチャするような関係ではない。
この婚約に愛はない。それが分かっているからこそ……私は、幼い頃から秘めている想いを隠し通してるのだ。
だというのに。
「明日、早速決行する。優秀な貴女であれば私の期待に応えてくれると信じている」
……彼はそんな無茶な事を言った。
***
「……な、何をなさっているのですか」
翌日。
そんな声を絞り出したのはチェルシーという伯爵令嬢だ。
彼女はクレイグ様に言い寄る女性の一人であり、彼女の後ろには数名の取り巻きも経っている。
今は昼休憩。
私とクレイグ様がいつも通り二人でお昼を取っている最中にチェルシー様は現れたのだが……
私は今、クレイグ様の膝の上に座っていた。
そして抱き寄せられたまま、食事を彼から分け与えられている。
最近巷で流行っているロマンスファンタジーの中でも特に人気だという、「あーん」とやらのシチュエーションである。
勿論彼の指示。私から何か進言した訳ではない。
「何、とは? 愛しの婚約者との昼食を楽しんでいるだけだが」
「い、いとし……!? で、殿下とエイヴリル様の間に愛などないはずでは――」
「愛がない……? 一体誰がそんな事を言いだしたというのだ? 私達は昔からこうして互いを想い合うような関係だが? そうだろう、エイヴリル」
いいえとは言えない。
クレイグ様の期待に応えるのが彼の婚約者である私の役目だ。
「ええ、勿論」
私はそう言いながらクレイグ様の体にすり寄り、頬に口づけを落とす。
「ッ、な――」
そして、チェルシー様を見据え、嘲笑う。
「日頃、私はクレイグ様に学園など人目に触れる場所ではこのような事を控えましょうとお伝えしておりました。だって、クレイグ様が私にだけ見せてくれるようなお姿を、他の方に見られたくはありませんでしたから。……けれど」
私は意図的に目を細める。
聊か目つきが悪い方だという自覚はあるので、恐らくはチェルシー様達を怯えさせる程度の眼力は発揮できていた事だろう。
彼女達が一斉に顔を強張らせた。
「愛しのクレイグ様に集る虫が身の程知らずばかりともなれば……多少わからせて差し上げなければならないでしょう?」
チェルシー様達の顔は真っ赤に染まり、それから悔しさや惨めさからか、目に涙をためて、逃げるように去っていったのだった。
***
「これでよろしいですわね」
チェルシー達が去って言った方角を眺めながらエイヴリルは深く息を吐く。
それから膝の上を離れようとしたので、クレイグはそれを抱きしめる事で阻止した。
「……クレイグ様?」
「まだ不十分だろう」
「え? しかしこの事はきっと噂として出回るでしょうし、皆認知するかと……」
「だが一度きりでは、私達の企てを悟られてしまう可能性だってある。今後も続行すべきだろう。それとも」
クレイグはエイヴリルの顎を持ち上げ、自分の方を見るよう促す。
そして整った顔で彼女を覗き込んだ。
「――私とこういう事をするのは不快か?」
エイヴリルは両目を静かに見開いた。
それから観念したように小さく息を吐き、すぐにクレイグから顔を背ける。
代わりに彼の膝の上に留まりつつ、彼女は背をもたれさせてきた。
「そのような事、ある訳もないでしょう」
「……そうか。ならば問題ないな」
「ええ、問題ございません。全く」
淡々と答えるエイヴリル。
彼女が顔色を殆どかえないのも、この抑揚がない話し方も昔からのもので、周囲の者はそれを『可愛げがない』などと評する事もある。
しかし……クレイグにはそう囁く者達の気持ちがどうにも理解できなかった。
赤く染まった耳の縁を視界に捉えながら、クレイグは静かに微笑む。
(彼女は……この滅茶苦茶な提案をされる本当の理由も、理解していないのだろうな)
じんわりと広がる、心地よい胸の温もり。
それを抱えながら、クレイグはエイヴリルから目を離さずにいるのだった。
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