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ビニース・ザ・ウィール -反逆少女と宝石令嬢-  作者: 悠葵のんの
第一章《星を追いかけて》
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第8話『隣人との和解』

     ☆


 先生が職員室へと戻り、教室が活気を取り戻す休み時間。

 ある生徒は中断されていた雑談を再開し。

 ある生徒は友人を訪ねて別のクラスへ。

 そしてある生徒は授業の予習、もしくは復習をしていた。


 否。それは復習というより、ただ尾を引いていたと言うべきかもしれない。

 教室の最奥。私とクロヴィスの間には、どことなく気まずい空気が流れていた。

 当然だ。さっきのはちょっと、タイミングが悪かった。


「その、さっきのことだけれど……」


「別に、気ぃ使って嘘言われるよりはいいですけどね。当てつけみたいなタイミングだとは思いましたけど」


「…………」


 理解はしているが腹に据えかねてもいる。

 そんな物言いに、返す言葉は見つからなかった。


 意図せずだが彼の期待を裏切り、そっけない態度を取られていた矢先のあれだ。

 あの判定は自分に対するちょっとした仕返しなんじゃないか――そう思われるのは、分からない話でもなかった。


 特に彼は議題に結構入れ込んでいたし、どんなに合理的な言葉でも、言うべきタイミングを間違えれば不合理な攻撃としか思われない場合もある。

 理不尽かもしれないが、しかし結果として、隣人との国交はさらに断絶しかかっていた。


「――首尾は順調ですか?」


 机の端からにょきにょきとピンク色が生えてきた。

 ルカだ。どうやらお悩みの気配をキャッチして来てくれたらしい。


「……お茶会のほうは上々よ。ベルナデット先輩の了承はあっさりいただけたし」


「わお、良きですね! 授業のほうはどうです? さっきいい感じでしたよね?」


「あれはその場で出ていた意見から判断しただけだから。まだ基礎知識を覚えるので手一杯。知識という点を得ても、知恵という線にはまだ繋げられてない感じよ」


「なるほど……ふむぅ、わたしがお助けできたらいいんですが……」


「気にしないで。こうして休み時間を割いて会いに来てくれるだけで、充分気が楽になっているわ」


「えへへ、どもです……」


 青春履行委員会せいしゅんりこういいんかいの副委員長という多忙な立場にある彼女が、何でもないように笑って話し掛けてくれる――その心遣いだけで、私は本当に助かっている。

 ただ、ルカとしては、もう少し手応えが欲しいのか。


「でもせめて、隣の人が気に掛けるぐらいしてもいいと思うんだけど、ねぇ?」


 ストロベリー色の瞳がちらりと、隣のクロヴィスを刺した。

 しかし彼は変わらず。


「つーん」


 見事につーんとしてる。声にまで出してる。


 まあ隣の席だからといって、フォローを無理強いして良い理由にはならない。

 独りで努力してもいずれ限界は来るだろう。

 だけどまずは、そこまでやってみないと、よね。


 とりあえず今は忍耐の期間だ――と、私が決意を新たにしたところで。


「……はぁ~! すみませんマリモさん、もう我慢できませんよ! これは!」


 突如としてルカが、不満げに結んでいた口を開いた。

 そのまま彼女は一列前の席に入り込み、座席に膝を乗せ、ぴんと背筋を伸ばし、同じ目線かつ真正面から――クロヴィスと向かい合った。


「あのさ! まぁだ不貞腐れてるつもりなのかな、クロちゃん?」


「クロちゃん?」


 呼ばれた側の反応はなかったが、間違いなくクロヴィスのことだろう。

 もしかして仲いいの? と首を傾げると、ルカは小さく頷いた。


「腐れ縁なんです、実は。わたしが入学してからずっと同じクラスで。だから何度も見てきたんです。年上への期待と反発心がないまぜになってるせいで、一度すごいと思った人にはとことん心酔して理想を押し付けちゃうせいで、そのうち勝手に裏切られて勝手に傷ついてるところ」


「うるせーなぁ、俺以外のやつが俺のこと分かったように言ってくれちゃってさ」


 長い付き合いだからこそ言える言葉。

 しかし誰にでもフレンドリーなルカにしては踏み込んだ指摘に、クロヴィスは身体を逸らしたまま不機嫌そうにぼやいた。


「そうだけど、さぁ」


 それでもルカに引き下がる兆候はない。むしろ追撃態勢のようだ。


「自分でも分かってるのに、何回も同じこと繰り返してるでしょ? それが嫌なんでしょ?」


「んぐ……」


「ならこの辺りで一度、試しに変えてみない? ガッカリするって分かってるのに期待しちゃうの、すごく辛いし、そもそも相手に失礼すぎるし」


「……言ってることが正しいのは分かるけどさ……」


「正論で追い立ててるのを抜きにすれば、だけどね」


 自虐的な笑みを浮かべるルカ。


「クロちゃんが本当に、それがいいって選んでるなら、もう何も言わない。でもね、もしもまだ、そうじゃないなら――」


 ――自分も相手も辛くない方法を、もうちょっと探してみたっていいじゃん。


 途切れた声の先には、そんな言葉が続いたように思えた。


 ルカのそれは、もしかしたら助言の枠を超えた押し付けなのかもしれない。

 でも、それでも彼女は伝えることを選んだ。

 そこには私への気遣いとクロヴィスを慮る気持ちが、確かに籠められていて。


 それを彼も感じ取ったのだろう。

 クロヴィスは怒るでもなく顔を上げ、遠くを見るように窓外へと視線を流した。


「――人ってそんな、変われるものなのかな」


 それは否定とも肯定とも違う。

 誰に宛てたわけでもない、純粋な問いかけだった。

 ふと零れた何気ないその呟きは、しかし。

 私にとっては、とても壮大で、けれども身近なテーマで。


「分かるわ。私も人に……ううん、自分に何度も失望してきたから」


 ……思わず、自嘲が零れてしまった。

 クロヴィスはきっと、待っているのだろう。

 自分の中の自分ではどうしようもない聖域に踏み込んでくれる誰かを。


 それまでの自分がガラリと変わるような。

 灰になるまで熱く燃え上がる恋のような。


 ――そんな、運命との出会いを。


 無論、頭のどこかでは分かっているんだ。

 結局は自分でどうにかするしかない。

 むしろ開き直って、それを自分らしさにしてしまうのが大抵で、それで良いことなんだって。


 ……でも、だからこそ納得できない。

 体のいい嘘で諦められない。なぁなぁで妥協になるのが怖い。

 それゆえに求めてしまうのだ。


 自分だけではもう、どうすればいいか分からないから。

 自分とは違う誰かなら、自分の中からは生まれない、特別な答えを持っているはずだ――と。


 そうしてこの人ならと期待して。

 そうじゃないと分かった途端、冷めていく熱があって。


「でも」


 知っている。


「上手くやれているって勘違いして、取り返しのつかない間違いも犯してしまったけれど」


 そうだ、私は知っている。

 その苦悩を、摩耗を、罪悪感を、そして何よりも。


「――変えられたことが、あったから」


 そんな奇跡みたいな出会いが本当にあることを、知っている。

 それは誰にでも有るとは言えない。

 だけど決して誰もが手に入れられないわけではない。

 それを私は、この身を以て証明した。してしまったのだ。

 その事実を、無かったことにはできないから。


「だから、クロヴィスがそう信じるなら、きっと変われると私は思うわ」


 ルカの言葉と合わせて。

 私の経験が彼にとっての『鏡』になれたらと、そう言い切った。


「……別に聞いてないし、ダルいですよ、そういう自分語り」


「ぐっ――⁉」


 惚れ惚れするほどばっさりだった。


「そ、そうよね……うん……」


「そんな! わたしはそうゆーの分かりますし、好きですよ!」


「……ありがとう、ルカ」


「はぁ。転生者ってみんなそういうところあるよな。ほら、ヘリオスレッタ的発言ってやつ? 一回死んだ経験がそうさせるのかなぁ」


 ヘリオスレッタ的――それは転生者の思考の傾向、言い換えれば悪癖のことだ。

 何かの拍子でスイッチが入ると、途端に自分の過去を相手に投影して訳知ったような態度を取る、みたいな意味だったはず。


 正式にそういった名称が付けられているわけではなく、いわゆるスラングのようなものだと認識しているが、かくいう私も『前世持ちのそういう悟った目をするところが気に喰わない』と言われた経験がある。


 あのときとは状況が違うけど、それでもクロヴィスの指摘はまさに図星。

 これしかやり方を知らない自分が不甲斐なくて、私は目を伏せる。

 そんなときだった。


「ルカ居るー? ちょっと来てくれなーい?」


 教室の入り口から、ルカを呼ぶ女子生徒の声が響いた。


「えっ、今?」


「今! わりと急ぎ目ー」


「と言われましても……」


「行ってあげて。なんだかすごく困ってそうだし、副委員長の出番じゃない?」


「それはそうですけど……でもこっちも大事ですし……ぐぅぅぅ」


 自分から話を切り出した手前、中途半端な形で離席したくないのだろう。

 ルカは心配そうに私とクロヴィスを交互に見やった。

 すると、その視線を払いのけるように手を振って、鬱陶しげに彼は言う。


「さっさと行ってやれよ、ルカ。こっちは……大丈夫だから」


「クロちゃん? ――うん、分かった。すみません。ちょろっと行ってきます!」


「ええ。いってらっしゃい」


 律儀に一礼をしてから、たたたっ、と足早に遠ざかっていくルカの背中。

 それを見届けた後、私は改めてクロヴィスのほうへと向き直った。


 今しがたの彼の大丈夫という言葉。

 それは字面だけを見れば、ルカを追い払うための口実に思えたかもしれない。

 だけど実際の彼の、逡巡しながらも寄りそうような、落ち着いた声は。

 それはどんな形であれ、彼の中で結論が出たことを予感させる色をしていた。

 だから。


 再び机に肘を突いて、窓の外を眺めるクロヴィス。

 四角く切り取られた空には、一陣の風が運んできた、桜の花びらが舞っている。


「あの桜」


 思い出すように、クロヴィスが呟く。


「あの白い桜――すごく綺麗だと思ったんです、俺。それで、そんな魔法を使ったアンタも、すごい人だと思った。隣の席になれたのが、なんか嬉しかった」


「うん」


「だけど実際は全然素人っていうか、ホントに大したことなくて。なんか語尾わよだわ系だし、小学生にも年寄りにも見える妙な雰囲気してるし」


「そ、そう……率直な意見、感謝するわ……」


「そしたらなんで俺じゃなくてアンタなんだろうって……全部がバカみたいに思えて、いやな態度取っちゃって。だからその、うまく言えないですけど、とにかく」


 ゆっくりと、クロヴィスがこちらを向いた。

 これまで白い陽射しに照らされていた彼の顔が、逆光で暗影を帯びる。

 薄闇の中、見つめ合った彼の目。

 その、火花が焼き付いたようなバーミリオンの瞳は、一瞬の光が刻んで残す何かを諦めない、強い意思を宿していた。


「――すみませんでした」


 真っすぐに、謝罪を口にするクロヴィス。


「そんな……これは……」


 とっさに、否定の言葉を言いかけた。

 これは元から謝るとか謝らないとかそういう話ではないのだから、と。

 さっきは私とルカで二対一の構図を作ってしまったし、それはあまり褒められたことではないから気にしないで、と。

 言おうとしてしまった、けれど。


「これは俺のケジメです。もう一度自分を信じて、変われるか試すために」


 続いたクロヴィスのその言葉に気付かされた。

 私の自惚れた思考こそが何よりも、彼の選択を冒涜する行為なのだと。


 ゆえに、静かに……私も頭を下げる。

 彼の想いに敬意を、相応の意義を示せるように。


 過去、現在、未来を区切る、終わりにして始まりの、鐘の音が響くまで――。


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