第7話『討論と流儀』
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三限目の授業は、前半の十分が魔力の個性とも言える属性について。
そして残りの四十分が、魔石という代物の有用性をもとに、今後来たる人工魔石の普及――そこから予測される問題とその是非についてを、生徒間で議論し合うというものだった。
「つまりだ! 一般人が魔石を使うようになれば生活は便利になる。石に魔術式を刻む代価が既存の魔術師の利益にも繋がる。おまけに魔術を使いたくても使えない人なんかはその夢を叶えられる。――魔石は結局、魔導具を一般化した家電製品で、人工なら性能も限られてるんだから、何も悪いことはないだろ!」
人工魔石の普及肯定派を率いるクロヴィスが、力強く声を紡ぐ。
決めるときは決めるタイプなのか、眠気に身を任せていた一限目の彼の姿は、そこにはない。
否定派のまとめ役を買って出た男子生徒――ハイネに徹底抗戦の構えだ。
対するハイネは涼しげな表情のまま、それを迎え撃つ。
「人工魔石の普及は神秘の氾濫を起こすだけじゃない。魔石は予め刻み込まれた術式を行使する。一般人でも発動可能だ。大人でも子供でも、手軽にな」
「子供が怪我するって? 仮にその可能性があっても、たとえばライターだって誰でも手に入るけど、誰もが放火魔になるわけじゃないし、大人が管理できれば――」
「さらにその問題点は、魔石に何の術式が書き込まれているか、一般人には判断できないところにある。見た目はライターでも、威力が火炎放射器並みだったら? 手に入れたときは中身とラベルが合致していても、すり替えることだって容易だ。見た目はただの宝石なのだから。
何より人工魔石は個人の産物だ。製作者、提供者の人格を問わず、現状はまだ管理できる体制が整っていない。人工魔石のレシピを公開するか、政府や騎士団と何かしらの協力関係を結ぶことが必要だ。
線路を引いてその上を歩くか。歩んだ道を均して線路とするか。
安全を優先するなら前者が望ましく、魔術への理解を深めやすいと思う。魔術という概念や魔術師への迫害に繋がりかねないことは、避ける必要があるだろう」
太陽が雲に隠れたせいか、仄暗くなる教室内。
影の中にあっても輝いて見えるコバルトグリーンの瞳を、ハイネは真っすぐにクロヴィスへと向けている。
「…………」
それを彼は今まで気丈に見返していたが、ついに言葉を失ったようだった。
「――そこまでだ。全員、元の席に座りなさい」
「はい、先生」
ハイネが返事をして静かに席に戻り、続くようにクロヴィスも不貞腐れた足跡を響かせて、どさっと、背もたれに背中を強打する勢いで席に着いた。
「ではマリモ。これまでの話を聞いて、君はどう思った」
「え――?」
レイヴン先生に名前を呼ばれて、とっさに顔を上げる。
「君を見物人の席に置いたのは、この教室で最も第三者の立場に相応しいと判断したからだ。よってこの授業の総括として、どちらの主張により納得があったか判断してもらいたい」
「……はい」
と、返事をしたはいいが、これは困ったことになったぞ。
隣で不貞腐れているクロヴィスを横目に見て、逡巡する。
「……納得できたのは、否定派の主張です。一定の論理を保ってリスクを明瞭にした否定派の主張と比べると、肯定派は感情が強く出過ぎていました。説得力の高さを比べるのであれば、この場における天秤は否定派に傾くと、私は思います」
「よろしい。この授業では伝える力と読み取る力を養うことを目的の一つとしている。それを踏まえればやはり、否定派の意見をまとめ上げたハイネに軍配が挙がる。マリモの指摘にあった通り、肯定派だった者は客観的視点を意識するように。
とはいえそれは、持ち味の感情を切り捨てろという意味ではない。いつの時代も最後に人を動かすのは感情だ。討論も、政治も、ときには裁判でさえ、その結果は感情に左右される。想と理、どちらを欠いてもいけないのだ」
「……はん、結局口が上手いやつが得する世の中ってことだろ……」
「人が人を動かす――変化を与えるということは、自身の感情が他者を乗っ取るということではない。相手の立場になって考え、信じ、訴え、善も悪も超えた相互理解を果たしたときこそ、それは初めて成されるモノなのだ」
「…………」
善も悪も介在しない相互理解――それが人を変える、か。
多くの生徒を、その人生を見てきただろう立場から放たれるその言葉は、なんていうか、すんなりと私の心に入ってくる。
「この授業を通して様々な立場、価値観に触れ、自分の中の曲げたくても曲げられないモノの手触りを覚えるといい。そうして獲得した誰にも譲れない流儀は、たとえ針路を見失った暗闇の海だろうと突き進めるチカラをもたらしてくれる。
そして――それでも嵐に飲まれ、自分の舵を手放してしまったときは、また別の誰かの流儀が道を示すことだろう。
生きることは変わり続けることでもある。譲れないモノが袋小路に辿り着いた際に現れる選択肢。それを矛盾と断じ清廉潔白を目指すもよし、変革を望み清濁併せ呑むのもよし。
諸君らがどのようなコウカイをするのか、私たちは常に観測している」
――――アプステラは、海。
何となく、面接のときに学院長がそう言っていたのを思い出した。
風に吹かれ、波に乗り、流され沈み、けれど絶えずもがき、泳ぎ、乗りこなすことができたのならば、掛け替えのないモノを与えてくれる。
……ここはそういう場所だと。
だとすればレイヴン先生の言葉はまさしく、不確かな航路を往く子供たちを導く、あるいは見守っている灯台の光だ。
死に方を見失い、生き方を模索している今のマリモジュナにとって、きっと必要なモノを示してくれている。
「話が長くなったな。では、授業を終わる」
ぱたん、とバインダーを閉じる先生。
それは授業の終わりを告げる、もう一つの鐘だった。




