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ビニース・ザ・ウィール -反逆少女と宝石令嬢-  作者: 悠葵のんの
第三章《fly me to the sky blue sky》
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第57話『舞い散る火花、焼き付く瞳』

     ♰


 式典会場となる『テアトルム』の外周を囲うように咲く白桜の群れ。

 その一角で、アプステラ魔術学院三年生の女生徒――シルワは、まず一本の白桜の樹根を急速成長させ、隣の木と接続。

 それを繰り返して次々に樹根を連結していき、やがて一つの魔力ネットワークが完成したところで、それを会場地下を伸ばした。


 すべてはラルエット・マルシャンの爆破魔術、その魔術式の外枠を構築するため。

 それこそが、無力な自分が友人にしてあげられる、せめてもの行いだった。

 会場にいる生徒や教師に被害を与えてしまうことなど厭わない。


 むしろ彼女は、あるいは()()()()()()()は、それを望んでいた。


 だが――一陣の風が吹く。

 それはどこか遠くから流れてきたモノというよりも、まるで。

 突如目の前で発生したつむじ風のようだと、シルワは感じた。


 舞い散る花びらは、弄ばれる己を嘆いた桜が流す、涙の雨か。

 あるいは――少女を飾る薄化粧か。

 はたまた――招かれざる剣客のための花道か。


 白桜の花びらがシルワの視界を覆う。

 それは本当に、瞬きをするのと変わらない、刹那の暗転。


 その白い闇の中に――――鈴の音を、聞いた気がした。


 夢幻のように、水面に浮かぶ月のように、不確かで神秘的な残響に誘われ。

 シルワの視界を覆う目蓋はなびらは、一秒にも満たず開かれ(ついらくし)た。


「――――――――」


 花吹雪の中――クロヴィス・ヴェルタ―が佇んでいた。


 息を呑んだ。目を見張った。

 音もなく現れて、地に落ちる花びらを切なげに見送る彼の姿に、圧倒された。

 

 赤みがかった黒髪。火花が焼き付いたような瞳。着崩した制服に、汚れた靴。

 外見からは何となく粗暴そうな印象を受ける、がしかし。

 実際に身に纏う雰囲気は、凪いだ水面を思わせる、澄み切った静寂。


 浮かんだ言葉は死神――否。

 この世界において死神とは、死した生命を月へと導く存在。

 であるならば、この予感に相応しい言葉は。

 かの魔導具パルマティア、腰に携えた一振りの刀に相応しい肩書きは。


 差し詰め――――死刑執行人。


「この前は悪かったな。あんな安い挑発でも、ホントは乗ってやりたかったんだぜ」


 桜の群れに目を向けたまま、クロヴィスは言う。

 この前とは数日前、彼が隣人の代わりに女子寮を訪れたときのことを指していた。

 罠にかけた白髪の魔法使い。その関係者がさらに問題を起こせば、その評判はさらに失墜する――そう考えたシルワが彼を煽る一幕があったのだ。

 しかし彼はそれに乗らなかった。

 否、乗れるはずがなかったのだ、と現在のシルワはそう結論している。


「あら、勝ち目があったの? 落ちこぼれのヴェルタ―くん。魔術の実技試験を一度もクリアできず、突っかかってきた生徒たちとは喧嘩三昧だとか。君ほどの問題児だと、調べるのが簡単で助かるわ」


「問題児ねぇ……こっちは必死に、ナメられないように生きてるだけなんだけど」


 シルワから視線を外し、しみじみと呟くクロヴィス。

 それを好機と見たか、魔術師は付近の桜の樹根を操り、剣客へと向かわせた。

 たかが木の根。しかしそれは魔力を受けて急成長し変質。

 鋭く研がれた槍の如く、人体を貫くのも容易い威力を有している。


「――――」


 瞬間、剣客は引き金を引いた。

 本来刀身を納める鞘にはあり得ないはずの機構、そのトリガーを。

 発砲音とガラスの割れるような音が響き、剣客の足元に円形の魔術式が展開された。

 ガコンと、次弾が自動装填される音が続く。

 まだ動作は終わらない。重心は低く、取られた構えは居合のモノ。


 予感させる光景は抜刀術――人体を一つの砲台に見立てて放たれる、最速の一線。


 達人であれば、解放された刃は文字通り一瞬の内に目標を割断し、そして納刀までを完了する。

 だがクロヴィスのそれは、およそ達人の域に至っているとは言えなかった。

 せいぜい素人に毛が生えた程度。彼は刀使いではあるが剣士ではなかった。

 しかし忘れてはならない。このヘリオスレッタには、そのようなお粗末な剣技を格上の領域にまで引き上げる、魔の法則が存在することを――!


 鯉口が切られた、そのとき。鞘内部から新たな炸裂音が轟いた。


「ふッ――‼」


 かくして解き放たれし白刃。刹那に咲いた紅の火花。

 バーミリオンが見定めし目標へ今、剣閃は神速を以って刻み込まれる――‼


「な……ッ⁉」


 先端から真っ二つに切断される樹根の槍。驚きの声は当然、シルワのものだ。

 落ちこぼれという前情報から想像できるはずもないその結果に、あるいはそこに込められた理念に、彼女はひどく動揺した。

 自らを抱き締めるようにして、目を細めるシルワ。


「今の……なるほど。落ちこぼれなりに知恵を絞ったわけね。それはパルマであり外付けの魔力。要は予めストックした魔力を、術式を刻んだ魔石にでも炸裂させて、一時的な強化バフを得ている。そして炸裂した魔力を火薬代わりにして再点火、超速の剣技が生み出される。つまりそれは、刀身を弾丸のように撃ち出すという意味での――銃刀ガンブレード


 ほぼ無意識のうちに口から零れ落ちる分析の言葉。


「そんな意味不明な魔的科学……どうせあの天才(ロマンチスト)に作ってもらったんでしょうけど……でも」


 それがある程度、思考を整理させたところで再度、彼女は原初の疑問に立ち返る。


 でも――そんな道具も、技も、授業で必要になるわけがない。

 戦う相手もいないのに戦闘技術を磨くなんて、正しく異常者の行いだ――と。


 シルワの魔術も結局は、将来的に植物に関わる仕事――それは研究者だったり、あるいは安易に幼い頃の夢を追い掛けて花屋というのもある――に着くために、磨いたモノの応用でしかない。

 ならばあれは、この平和な時代で、一体どこに行き着くものだというのか。

 騎士でも目指しているのか。魔獣が跋扈する都市外へと旅立つつもりだろうか。

 分からない。どうも違う気がするという予感めいたものだけがある。


「なんだっていうのよ……‼」


 シルワは眼前のイレギュラーに得体のしれぬ嫌悪感を覚えながら、それでも自らを奮い立たせるため、魔力を奔らせた。

 再びクロヴィスを襲う樹根。

 彼もまた引き金を引き、神速の抜刀を以て、それを切り裂く。

 けれど、クロヴィスの武器がその刀一本であるのに対し、シルワの樹根は桜の木の数だけ存在する。

 納刀をして再度引き金が引かれるまでの、ほんの僅かな間隙。そこを突いて、


「うぉ⁉」


 地中に潜行していた樹根の一本が、クロヴィスの片足に巻き付いた。

 すかさず抜刀し切断、後退するクロヴィス。

 だがそのとき既に、シルワの目的は達せられていたと――突如として身体を襲った倦怠感に、彼は察する。


「魔力吸収か――しゃらくせぇ!」


 シルワは植物を急成長させることができる。それが周囲の植物から生命力を吸収しているならば、同じ理屈で他者から魔力を奪い取れるかもしれない。

 中々レアな芸当ゆえ可能性は低いが、鎌を掛けるという意味でも、クロヴィスは浮かんだ可能性を叫んだ。

 そして、にやりと得意げに笑う彼女を見て、僅かな焦りが走る。


「そうよ。あなた自身の魔力が減れば、外部からの補給は焼石に水ってやつ。結構養分にさせてもらったから、もうおしまい、じゃない?」


「……かもな。けど先輩、アンタは一個、勘違いしてる」


「何を――ッ、ぐ⁉」


 突如として自らの身体を駆け抜けた異変。

 思わず膝を突いたシルワは、奥歯を噛み締めながら、自身の手元に目を落とした。

 なんだ。これはなんだ。一体全体、なんだというのか。

 この――血管の中に針が流し込まれているような、鋭い痛みは⁉


「あ、ッ――が、ぁぁぁああ⁉」


 冷や汗が止まらない。喘ぐように突き出した顔。

 ぽたぽたと地面に流れたのは、汗でも涙でもなく、鼻血だった。


「なん、なの……ッ、これぇ……⁉」


「――俺の魔力が逆流してるんだ、植物から」


 クロヴィスは言葉を続ける。


「確かに俺はストックした魔力――《魔力弾倉パトローネ》と、術式を刻んだ魔石を使ってる。逆に言えばそれしか使ってない。俺は俺の魔力を一切使用してない」


 そう、クロヴィスは借り物の魔力、借り物の魔術式、借り物の神刀を以て、超速で打ち出される刃を、根性で抜刀術に昇華させているに過ぎない。

 たとえば騎士が近接魔術戦をするとき、身体能力を強化して剣を振るう。

 しかしクロヴィスの場合はその反対。

 身体はそのままに、武器という外付けの能力を魔術で強化しているのだ。


 剣を使い捨てる騎士に対する、身体を使い潰すクロヴィス・ヴェルター――。


 ゆえに彼にとっては、元から使わない魔力を奪われたところで、多少の倦怠感こそあれど、致命的というほどの意味はなかった。

 無論正道で考えるならば、魔力吸収というのは奪った魔力を自らの燃料に転用するのがセット。相手の力が増す分、面倒極まりない魔術だ。

 が、しかし。


「忠告しておくよ、先輩」


 ことクロヴィスの魔力に限っては、全く予想外の効果を発揮する。

 今、シルワが膝を突いて鼻血を流しているように。


「俺が実技試験に合格できない理由はただ一つ。魔力を使えないからだ。それは別に、『魔力弾倉パトローネ』っていう反則のドーピングをしないと魔術が使えないからじゃあない。俺の魔力は励起した途端、それが文字通り――刃になるんだよ」


「何を……言って……?」


「俺の魔力は地水火風から外れた特殊属性――刃、なんだとさ。だからそれで魔術を使おうとすると、その性質によって術者は内側から身を切り刻まれる。今のアンタみたいに。おかげで俺は試験のたびに死にかけるし、最悪課題そのものを破壊しちまうから、秤に乗せられねぇってわけだ」


「は、はぁ? その理屈はありえない! だって、炎使いは火だるまにならない! 水使いは溺死しない! 私だって、身体の中から枝が突き出てくるようなことはない!」


「んなの俺が知りたいっての……。まあなんか、俺の師匠の知ってる人が似たような体質らしくてさ。夏休みの自由研究の課題にするつもりだとは言っとくぜ。

 ――そういうことだからよ! 死にたくないなら、それ以上魔力使うなよ!」


「ちぃッ、だったら……‼」


 シルワは全魔力を回し、周囲の樹根すべてを総動員してクロヴィスを攻撃しにかかった。

 それは忠告虚しくというよりも、その忠告を加味したがゆえの――早期決着の構えだった。


「諦めが悪くて思いきりがいい先輩だな!」


 クロヴィスが吠える。彼自身、そういった戦法は嫌いではなかった。

 だから今度こそ乗ってやれると思った。ゆえに模索した。勝利の術を。

 そして即座に導き出された答え。

 それは樹根を操るシルワの反応速度を超えて、ゼロ距離まで詰めることが必須。


 ――迫りくる樹根の波。

 クロヴィスは人差し指に力を込める。

 イメージは陸上。百メートル走のスタート直前。構えは自由型。

 合図は今――自らの手で‼


「――――ッ!」


 トリガーが引かれ、『魔力弾倉パトローネ』が炸裂、魔術式が展開する。


 そしてクロヴィスは鯉口を――切らない。


 一度目の炸裂。これはいわば待機状態にあるのだ。

 十秒持続し、その間に鯉口を切ることで二つ目の魔術式が起動、解き放たれた魔力がもう一度炸裂し、解き放たれる刃を加速させられる仕組みになっている、ゆえに。


 その一連のモーションには、ちょっとした小技が存在する。


 最初に足元に展開される魔術式。

 それは二つ目の術式に転用するべく、同じ効果――加速能力が付与されている。

 これがどういうことかというと。つまり、トリガーを引くことで突入する待機時間中に抜刀をしなかった場合。

 クロヴィスは十秒間、高速移動が可能になるのだ。


 白桜の群れに隠れる魔術師の影を、一陣の風と共に暴き出した時のように――。


「――――」


 相手の反射速度を超えるためには、意識の外側を突かなければならない。

 そのように判断したクロヴィスはまず、樹根を足場に移動、跳躍を繰り返し、シルワを飛び越えるようにして《テアトルム》の壁面、その頂上まで上り詰めた。

 シルワは当然、自分のもとへ来ると構えていたために、その姿を捕捉しきれずにいる。

 一瞬の静寂。

 青空の下――クロヴィスは学院の敷地を、世界を、もっと遠くを見渡した。


「――すぅ……、……はぁ――――今なら辿り着けるかもな、【勇敢】の果てに」


 スクイーズ・ザ・トリガー――柄に手を掛け、抜刀体勢に移行する。

 さらにそこから、魔力が炸裂している鞘の中。

 解放の時を今か今かと待ち侘びる、折れること無きその刃に、クロヴィスは残った自らの魔力を惜しまず注ぎ込む。


「ッ――、」


 励起された魔力は当然、先例であるシルワ同様に彼の内側を傷つける――が。

 彼が一体どれだけ、この痛みと付き合ってきたことか。

 全身の血管が千切れる感覚。それを真正面から受け止め、たった一刀に己のすべてを載せる。

 その程度、クロヴィス・ヴェルタ―からすれば、至って普通のこと――。


「さあ、行こうか」


 生命の危険信号がもたらすクリアな思考。それはまさしく止水の境地。

 静かに呟いた刀使いは、力強く壁面を蹴り上げた。『魔力弾倉パトローネ』の魔力をすべて移動に使い、そこに落下速度も加わる。

 その身は墜ちる流星の如く。

 鼓膜を震わせる風切り音。眼球に吹き付けるマナの暴風。

 その向かい風の中で姿勢を保ったまま、ただ一点――割断すべき目標に専心する。


「――上⁉ ――このッ‼」


 壁面を蹴り上げる音に反応して、シルワが迸る紅を捉えた。

 しかしその時点でもう、残された選択肢は、迎撃ではなく防御の一つのみ。


 だが彼女は迷わない。全力以上に魔力を回し、樹根を網目状にかき集め、何層にも配置する。それは苦肉の策だった。しかしそれでも築かれたのは堅牢な城壁。一般的な高等部の学生が習う魔術であれば、突破を許すことなどあり得ない盾を、彼女は完成させたのだ――だから、そう。この場合、相手が悪かった。


 斬るということの極致を宿すモノを前に、斬らなければならない獲物を差し出すのは、愚策も愚策でしかない。

 浅く息を吐いて、剣士は己が瞳に焼き付くように、紅い火花を咲き散らせる。


「――一刀いっとう残華ざんか――ッ‼」


 叫び唱えられた呪文。

 鯉口が切られ、閉ざされた道を開拓する一刀が今、解放される。


 一筋の陽光、鮮紅の影。


 それがシルワのもとに射し込む頃。

 樹根の城壁など、須臾の間に切り裂かれていた。

 そして彼女の瞳に刻み込まれた紅の一閃は、そのまま視界の端を駆け抜けて。

 シルワの背後に着地するクロヴィス。彼は即座に踵を返して距離を詰め、先輩のがら空きの首元に、そっと刃を添えた。


「……そん、な……」


「ホントなら峰打ちとか、ちょっと首絞めて気絶させるんだけど。どうせもう動けねえだろ?」


 シルワは防御に徹した。クロヴィスの居合に恐れを抱き、全力以上の力を込めた。そのせいで彼女の身体には刃の魔力性質がさらに逆流し、その内側は深手を負った、というのがクロヴィスの経験に基づいた見立てだった。


「大人しく降参するなら、すぐに保健室連れてってやるよ」


「……分かったわよ……」


 シルワは両手を上げた。

 彼の推測は正しく、これ以上は命に係わると直感が囁いていた。

 ゆえに彼女は、ラルエットに心の中で謝罪しながら、降参を申し出た。


「ったく……結構斬っちまったな、桜……好きだったのによ……」


 そクロヴィスは、いつもより少しだけ楽にできた呼吸で、そっと溢した。


「まあでも、感謝しますよ、先輩。俺の魔的法則はこんな風でしか使えない。それでも腐らないよう磨いてきたけど、こんなんじゃ将来は木こりにでもなるしかないなって思ってた。けど――木を切り、道を開拓するってのも、案外悪くないかもな」


「……あっそ」


 ――次の、瞬間だった。


「――ッ、⁉」


 逆流した魔力による損傷とは違う痛みが、シルワを貫く。

 ぼやけていく視界。遠ざかる意識。自分が自分ではなくなる感覚がシルワを襲い、そして――。


「は? あ、おい⁉ 何やってんだ馬鹿! 死にたいのか⁉」


 その声はもう、シルワに届かなかった。

 彼女は中断されていた魔術を再開する。

 何のためかは分からないけれど、ラルエットのために魔術式の構築を手伝わなければならない。

 その意識だけに支配されていた。


「俺の声が聴こえてないのか⁉」


 クロヴィスの魔力を吸っている白桜が、シルワの身体が、悲鳴を上げながら、死への階段を上り始めた。


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