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ビニース・ザ・ウィール -反逆少女と宝石令嬢-  作者: 悠葵のんの
第三章《fly me to the sky blue sky》
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第55話『式典当日』

     ☆


『ラルエットは馬車への襲撃で、私の左目に施された自律防御術式、その弱点を見抜いたはずだ』


『ベルナデット様の防御は、その周囲の人までは守れない、ですね?』


『そうだ。これは三層構造でな。

 まず宝石を眼球に偽装する最下層。そして単純な盾として役割を持つ最上層。

 その間にある問題の中層は、宝石の光を跳ね返す性質を利用した、反射術式が刻まれている。

 当初は偽装を偽装するために組んだ術式だったのだが、これが相当な反射性能に仕上がった。ゆえに後から、鞘としての盾を見繕ったのだ。よほど密着でもされない限り、反射は私以外を傷つける剣になり得てしまうからな』


『そしてラルエットは、お茶会や馬車で見せた以上の威力を、魔術に込めてくるはず』


『ああ。あとは私を狙うだけで、究極の二者択一を迫れるわけだ。自律防御を解くか解かないか。前者では反射した爆風や衝撃が観客席を襲い、後者では間違いなく私は木っ端微塵となる。それにヤツは意図していないだろうが、左目のことも露呈するだろう。

 さあ――マリモ、君はどうこの盤面にどう挑む?』


 七月七日。火曜日。朝の六時。昨夜の会話を思い出しつつ、いつもより早く学院の制服に着替え、階下に降りる。

 使用人用の出入り口。その手前の横壁に、ライナさんが背を預けて立っていた。


「おはようございます、ライナさん」


「うん、おはようマリモちゃん。ついに決戦の日だね」


「はい。大学部の生徒も式典会場に?」


「いいや、現地に行くのは高等部と中等部だけだよ。立地的に遠いから、ほかは中継って形。もっともオレ個人って話なら、もちろん行かせてもらうけどね」


 どこかとぼけた様子のライナさんに、私は言う。


「あなたは――ラルエットがミリエルホームに居ることを知っていたのではありませんか? さらに言えば彼女と直接話をして、最後通告の機会を与えた」


 思えば、あの馬車襲撃には引っかかる点があった。

 自分の名が伝えられた頃合い――その言い方はまるで、ライナさんが情報を持ち帰ったことを、予測ではなく事実として知っていたかのようだ。正体がバレたからこそ姿を晒した、とも解釈できる。


 ラルエットは父親の罪と心中することを既に決めていた。

 ベルナデット様を、その他の大勢を巻き込んで。


 ならばあの最後通告には、果たしてどれほどの意味があったというのか。


 防御術式の弱点を確認するだけなら、姿を晒すという危険を冒す必要はなかった。

 それでも彼女がそうしたのは、無駄と分かってなお発されたSOSであるのと同時に、ミリエルホームを存続させたベルナデット様の想いを知ったからではないのか?


 そしてそれを彼女に伝えられた人は――。


「……まあね。って言っても、横の繋がりが強い庭師として、いろんな屋敷の使用人経由で方々に探りを入れていたのは本当。報せが届いたのが金曜のことでさ」


 もう少し早かったら連日連夜お酒を飲むこともなかったのにね、とライナさんは笑って、言葉を続ける。


「いやはや驚いたよ。学院の生徒を保護してるっていうから久々に帰ってみたら、話に聞いてた外見の子が居てさ。で、ちょっと鎌をかけたらビンゴ。

 因果な話だよね。まさか彼女がベルナデット様と同じくミリエルに流れ着いていたなんて。でもおかげで彼女は最後の交渉チャンスを行うことを決め、そしてそれはベルナデット様に発破をかけることに繋がった」


「すべては主人のため、ですか」


「濁り曇った宝石は、研磨して輝きを取り戻させてあげないと、だろ?」


「…………」


 大切な人を思っての行動――だとしてもそれは褒められたやり方ではないだろう。

 しかし、ラルエットが最後の理性を振り絞ってベルナデット様と会話を行ったのは、彼女の最後の一歩にライナさんが待ったをかけたからだ。


 すべては結果論でしかない。けれどベルナデット様は答えを取り戻し、そして今、その手はラルエットに伸ばされようとしている。


 それはあの場面がなかったら成し得なかったモノ、だと思うから。

 元々そんな権利もないけれど、私は、否定の言葉も肯定の言葉も返さなかった。


「君にも忠告しておくよ。この世界には――命を諦めてしまった者にのみ降りかかる災いが存在しているんだ」


「―――――――――え」


 どくん――と、鼓動がリズムを崩して、全身が強張った。

 覚えがあったから。

 その、死への誘惑を捨てきれぬ者に対する、冷たい視線と声色に。


「あ、あなたは……まさか――ッ」


 眉間に力が入り、身構えるように半歩下がり、ライナさんの顔を見上げる。


「うん? 君、もしかして……」


 対するライナさんは少し驚いた表情をしてから、思索を巡らせるように視線を泳がせ、そして消去法で可能性を潰していくことで出した結論に、やはり驚いたような、微かに上擦った声を発した。


「ははっ――嘘だろ、あの神父が君に教えたのかい? ……ああ待って、そう警戒しなくていい。オレはなんていうかな、成り損ないっていうか、色々あって縁が切られた立場なんだ。《《それ》》が存在することを知っているだけで、何もする気はないし、そもそもできない」


「そう信じたいですが……なぜ神父がそうだと?」


 私は針穴に糸を通すような慎重さを以て尋ねる。

 なぜ神父が組織に属していたと知っているのか。

 そして私にそれを教えたのが、なぜ神父だという推測を立てられたのか。

 この問いには、そんな二重の意味を込めた。


「彼は『転生者狩り』で逮捕された。組織の理念さえ知っていれば、それだけでピンと来るだろ? そして君は彼の逮捕に協力した。言い換えれば接点を持っていた。そりゃあ内部の人間が外部に情報を漏らすなんて、普通はあり得ないことだけど、最後に残ったものが真実ってやつさ」


 ライナさんは本当に、自分は組織とは無関係で無害な立場であると訴えるように、そう答えた。その冷静さの裏には、誤解させた自分の立場をはっきりさせたいという確かな意思が感じられる。


 じっと、ライナさんの目を見る。

 普段から軽薄な印象が付きまとっているせいか、妙に胡散臭いところがあるけれど……嘘は言っていないと直感が囁いている。気がする。


 そもそもさっきの忠告は、同時にライナさんにとっての動機でもある。

 指針を失ったベルナデット様の精神状態は、長らく芳しい状態ではなかった。

 そしてライナさんはそれを感じ取り、その行く末を憂い、大切な主人が例の組織に目をつけられないようにと動いたのが今回だとするなら。


 それは少なくとも、彼が組織の理念に反していることを示している、か。


「…………はぁ」


 私は跳ね上がる鼓動を落ち着けるように、そっと息を吐いた。

 なんということだ。ライナさんが例の組織と関わりを持っているなんて。


 ――いや、先ほどの言葉を信じるなら、既にその縁は断ち切られている。

 だからこそ彼は孤児院であるミリエルホームに居た、という流れでいいのかな……?


「……ベルナデット様やラフィーネさんもご存知なのですか? その、ライナさんのことや、その存在のことは」


 そう問いかけると、ライナさんは小さく首を振ってから、多少声を潜めるようにして答える。


「いや、君だけだよ。その存在の認知も含めてね。《転生者狩り》の標的になったということは、君は既に一度、その災いと接触したということだ。だから老婆心的な、ちょっとした忠告のつもりだったんだけど」


 なるほど。私がその背景を知っていたために変に反応してしまったが、逆に言えばそれさえ知らなければ、本当にただの忠告だったわけだ、さっきのは。

 

「……交通事故のようなものとはいえ、すごく心臓に悪かったです。てっきり私、お前を見ているぞ、って感じの警告を受けたのかと……」


「それはごめん。けどオレだって、これでもかなりびっくりしてるよ。あの神父には何かあると思っていたけどさ。ふぅん……話したい人だったのか、君だから話したのか、どっちなんだろうね?」


「さあ……というか私としては、ライナさんが過去に縁を持っていたというのがまだ引っかかっているのですが」


「まさしく人に歴史あり、だろ? ま、機会があったらそのうちね。少なくとも、おめでたい日の朝にする話じゃないから」


 ライナさんは誤魔化すように笑って言った。私も頷く。


 いずれにしても新しく分かったこともある。

 ライナさんの動機から推察するに、組織は転生者だけでなく、この世界に長く根付いている人でさえその対象にすることがある。


 ということは――私がそう感じたように、組織もまた目を付けているのだろうか。


 ラルエット・マルシャン……自ら破滅の道を行こうとする彼女に。

 そうであっても不思議じゃない。だって、今回の起点の一つである倉庫の火災は、きっと組織が仕組んだモノなのだから。


「ラルエットを助けるために、力を貸していただけませんか?」


 ベルナデット様の使用人としても。そして、組織の理念に反する者としても。

 協力して彼女を止められるのではないかと思い、そう提案する。

 が、ライナさんは逡巡するまでもなく、首を横に振った。


「ごめん。それはできない」


「彼女と何か取り決めを?」


 ラルエットに最終通告の話を持ち掛けたときに、もしかしたら彼女側から条件を出された可能性、というのがぱっと浮かんだが、ライナさんは否定する。


「そうじゃない。ただ、もし相手が殺意を持って襲ってきた場合、オレは加減ができない。これは能力じゃなく意識の問題だ。ずっと昔、そういう風に育てられたのさ」


 ゆえに、敵であれ味方であれ、誰一人死者を出さないように立ち回らなければならない私とは、協力できない……か。

 もどかしそうに、しかし確かな決意を滲ませて、ライナさんは言う。


「オレが手を出すとしたら最後の最後、君が失敗したときだ」


「……でしたら、そうならないことを祈ります」


「祈るって何に?」


「私自身の選択に」


「うん、いい答えだ」


「……だけどやっぱり、あなたにも」


 この人も自らの何かに抗っている、一瞬だけど今、そう感じた。

 そしてその祈りはきっと、私に届いているはずだ。

 ライナさんが見せてくれた景色を思い出しながら、私は学院へと向かった。


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