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ビニース・ザ・ウィール -反逆少女と宝石令嬢-  作者: 悠葵のんの
第二章《to dress, un-dress and, re-dress》
55/64

第54話『利己的利他主義を以て――当然です、私の主人よ』

     ☆


 ――左目を、宝石に変化させた。

 そう告白したベルナデット様は、自らの顔の左半分に手を翳した。


 すると魔術式が浮かび上がり、まるで金庫の錠が開かれていくように、機械的な音を発しながら稼働しては消えていく。

 魔術式の展開ではなく、その逆。既に展開されていたものを解除したのだ。


 秘封がほつれ、露わになる宝石令嬢の素顔。

 その左の眼に収まっていたのは、確かに眼球ではなかった。


 ロードナイト。中でも特別に鮮やかで透明度が高いモノを、インペリアル・ロードナイトと呼ぶそうだが、ベルナデット様のもまさにそれだ。


 人体の内側をどこまでも美しく飾り立て、光を通して映し出しているような――そんな破滅の赤が埋め込まれている。


 あるはずのモノがない違和感と、ないはずのモノがある異質感。

 それらを纏う、人と芸術の融合……。


「私はこの左目の所有権を担保にして金を借り、事業の準備を進めた。宝石に関わる事業だ。ロードナイトの名を利用できたからな。だが先人たちと同じやり方はできなかった。目ぼしい鉱山は既に買い取られていたし、独立した立場である以上、既存のルートは使えない。しかしそのおかげで、新たなアイディアを思いついた。

 この左目の――模倣品を作るという発想だ。私は、私個人に仕えることを決めた職人たちと共に、それに取り組み、そして驚くべき成果を手にした。本物さえも凌駕しかねない偽物を生み出したのだ。君も知っての通り、私はアプステラに人工魔石を提供しているな? そうだ。あれらはすべてこの左目が基になっている。鑑賞目的だけに留まらない絶対的有用性――それが私のイミテーションにはあった。美しく、経年劣化せず、人工の魔石という唯一性が。

 あとの話は簡単だ。ミリエルの存続を図りながら、アプステラに宝石を提供し、それを起点として業界への参入を果たし、財を成して、今に至る。そしてミリエルへの本格的な援助ができるようになってからも、私は利己的に金を集め続けた」


「それは、どうして」


「どうして、だろうな。忘れてしまった。体裁を保つために、父のもとで暮らしていたときと同じ生活を送るためかもしれない。あるいは、この世界に撒かれたすべてのロードナイトを買い戻すためだったかもしれない。実際この『小さな墓地プティ・シムティエール』に納められているのは、そうして取り戻した欠片の一部だ」


 ベルナデット様は胸ポケットに無造作に入れていた金縁の眼鏡を掛けた。

 すると魔術式が構築されて、その左目が、あるべき姿を取り戻していく。

 そう、あるべきではない姿を覆い隠すかのように。

 どうやら、いつものあの眼鏡は魔術式の調整機のような役割を果たしていたらしい。


「だがともすれば、それは私の意思ではなかったのかもな。私は結局、かつての罪人たちと同じ道を歩んでいる。それはつまり、どこまでいっても私はこの血の永遠性に縛られているということだ」


「……過ちを犯した人の子供が、同じ過ちを繰り返すとは限りません」


「ぜひともヘリオスレッタを生きる人々に聞かせたい言葉だ。しかし少なくとも、ロードナイトにはあるのだ。そのような指向性が……」


 幽鬼めいた足取りで、ベルナデット様はロードナイトの納められた棺の傍に寄り、そして何かを見下すように、視線を下げた。


 彼女が何を見ているのか。そんなの決まっている。

 かつてその足元に跪いて赦しを乞うたという父の姿だ――固く握られた拳を見て、そう直感する。


「――消えない怒りが、今でもここにある。父を、自ら説いた矜持を裏切った者たちを、それを信じ心を預けた愚かな自分を、赦せないでいる。

 なぜならそれが、この血の宿命だからだ。宝石化という罪への後悔、矜持を曲げた者への怒り、傷つくことを約束された人生――先人たちが自らの血に込めた呪いが、永遠となって私の身体を形作っている。

 ゆえに私は規定された不変から逃れられない。何かを変えたいと思っても、変えられないのだ……」


 ベルナデット様は棺に寄りかかるように、寝台の上に身体を預けた。

 縁に手を掛けるその様は、まるでいつかその中に入る自分を思い描いているかのようで。


 その瞳に投影されている姿はきっと、人ではなく宝石。

 ロードナイトの不変性が、運命が、最後は己にそうさせるのだと。

 もしかしたらそれは、足元に跪いた父親の懇願によってそうなるのではないかと。


 そんな根拠のない残酷な予感が渦巻いているのだと、細められた眼から思わされる。


「だから、もういい。運命が立ちはだかるならば、現状維持を選ぶ。私はマルシャン一家を助けない。ラザリオ・ミラーを信じない。君との契約もここで断つとしよう。

 それによって何かが終わると言うのなら、それを喜んで受け入れる。そうして試してやろう。私がまだ、冥府へのチケットを持っているのかどうかをな……」


 微睡みに落ちるような微かな声。

 そうしてベルナデット様は己を閉じるように、瞳をとざしたのだった。

 ――だけど。それは違うはずだ、と。私は一歩踏み出した。


「……あなたは、失う痛みを恐れているだけです。だからただ利己的な生き方に流された。血の呪縛を盾にして、他者と深く関わらないように生きようとした」


 おそらくはそこがラルエットの誤算だった。

 彼女はある意味でベルナデットという人間を信頼していたのだ。

 この方が本当に利己的な人間で、そして自身の利益に繋がることを証明できれば、周囲の目など気にせず、感情ではなく利益を優先すると。父にチャンスを与えるはずだと。


 だけど、この方の心は、失う痛みに慣れておらず。

 赦さないことで、拒絶することで、傷ついた己を守ろうとしていた。


 それが本来は傾かないほうへと、天秤を傾かせた。

 人は論理だけでは生きてはいけないから――痛みを遠ざける現状維持を望んだ。


 それを自らの利己的だとしてしまった。

 それをロードナイトの永遠性だとしてしまった。


「でも生きている以上、人は失うことから逃れられない。だからその痛みはどうしようもなく、あなたが生きている証明で。決して閉ざしてはいけないもので……」


 変えたくても変えられない――ロードナイトの血に宿るという、そんな永遠の性質が本当にあるのかどうか、私には分からない。

 それでもひとつだけ、はっきりしていることがある。


 ベルナデット様は――大切なことを忘れてしまっている。


 あなたが本当に歩むべき運命。自ら生じた、その想いを。


「あなたが自らの行いに自信を持てないのは、手段と目的を取り違えてしまっているからに過ぎない」


 倹約を美徳としながらも多くの使用人を抱え、中流を自称しながらも上流と蔑んだ父親と同じ生活水準を保っている、その矛盾は。

 傷つかないための利己ではない。

 理想の愛を説いた信仰ではない。

 ノブレス・オブリージュという矜持ではない。

 それは、それより以前の――あなたの選択なのだ。


 ……あなたは自らを偽物だと言った。ならば私は、それ以上の紛い物だ。


 ただただ自由であった幼少期。

 懺悔の機会を求めたあの瞬間。

 愛されることに固執していた、あの頃。

 他者を観察する癖も、他者に見られる姿も、他者と関わる術も、誰かに愛されるために組み立てた虚飾でしかなかった。


「だけど――それでも確かに、築けたモノはあった。たとえどこまでも利己的な行為だったとしても。あなたに助けられたとき、私はあなたが偽物と卑下するものに、何者にも代えがたい光を見ました。助けることを選択したあなたのその魂に――輝きを見たのです」


 まだ亜麻色の髪だった頃の私に、キリエが同じ光を見たように。

 ――それは遥か彼方。時の檻の中に、置き去りにされた記憶。

 けれど私はそれを信じて、あの星を見上げて、ここに立つ。


「私は祈りを込めて、誰かのために自らの心に従って、あるいは抗って、生きている。それを言葉で表すとすれば――」


 理想を。流儀を。そして今、三つ目のピースをここに示す。


「――『利己的利他主義』。それが今のマリモジュナを動かすモノ」


 それが私の、祈りと美学を結ぶ言葉――。


「そして、あなたは自らのために、誰かに与える生き方をしている。即ちそれは――『利他的利己主義』。その二つは似ているようで、重なり合わないようで、しかし同じところに行き着くものです」


 林檎の例え話だ。


 反対の性質を宿した行いだとしても、そこにどちらを見るかは相手次第。

 ベルナデット様の利己的な行いは、私にとっての利他的な行いだったのだ。


 かつての私がそう、思われたように。


 そうだ。あの頃の私でも成せたことはあったのだ。

 自由に生きていたあの頃。無意識に誰かの自由を踏み潰していたあの頃。

 けれどそんな無鉄砲な姿でも、勇気づけられると言ってくれた人たちがいた。


 それがあんな結末に行き着いてしまったのは、私が自分を閉ざしていて、分かり合うことを諦めていたから。


 だけど今は違う。それはひどく身勝手な祈りだけれど……利己的利他主義を、あるいは利他的利己主義という言葉を以て私は、過去の私を――そしてベルナデット様の生き方を否定するモノに抗う。


 既に死を経験している私が、死への誘惑を捨てきれないように。


 私たちは、互いが絶対に理解できない極点を経験したという意味で、重なり合う部分があるのだから――あなたが過ちだと言った過去を、光と共に映し出そう……!


「――私はあなたの鏡で、あなたは私の鏡だ。

 思い出してください、ベルナデット様。あなたの本当の、傷つかないためじゃない利己的な願いを。あなたは自らの過去を語る中で、答えに手を掛けていた。

 どうして実質貴族と揶揄されていた生活を、再びここに築いたのか。

 どうしてご自分の左目を代償に支払ってでも、あの孤児院を存続させたのか。

 どうして幼き日のあなたが、お腹を空かせた使用人にクッキーをあげようと思ったのか――!」


 その左目は、あなたが否定したロードナイトの宿命に対して、自ら選択を刻んだ結果ではないのですか。

 だからその時の祈りが、今でもあなたの左目で残響しているのではないのですか。


 私はベルナデット様を見上げた。その足元に跪いて。

 うまくできているか分からないけれど、精一杯、幸せそうな笑顔を作って。

 そうして、スカイブルーの瞳と視線が交わる。


 私がベルナデット様を見ている。ベルナデット様が私を見ている。



「――――――――――――――――――――――――――――――――――」



 それは長い、とても長い沈黙だった。

 ベルナデット様は過去を振り返るように天を仰いで。

 それから棺に納められたロードナイトに視線をやって。


 そして最後に、目の前に跪いた私を見下ろした。


 再び重なった視線は、心が溢れて零れて伝わるような。

 繋がるような、溶け合うような、そんな感触があった。

 

「……与えてやりたかった。傷ついた私を守ろうとしてくれた、あの温かい場所に。私に尽くしてくれる者たちに」


 哀れに思えた階下の住人。見下していた使用人という者たち。

 何も持たないはずの人々。それでもその身を献げる愚者たち。

 搾取される奴隷。車輪に押し潰される弱者。

 それを見ていられなかったから、手を差し出した。


「けれど、私の手には仮初めのモノしかなくて……」


 罪で築かれた家格。使用人から捧げられた美しさ。他者に説かれた矜持。

 そう……何も持っていないのは、本当は『私』のほうだったのだ。



 ――眩い宝石を見た。

 光があるから輝くのではない。輝くために光がある――そんな宝石を。



 幸せそうに笑ったあの顔に、『私』には無い輝きを見て、そう気付いた。

 だから欲しかった。自分だけの何かが。『私』にも何かを与えることはできる。その輝きを宿すことはできるはずだと、強く想った……が、しかし。


「想うだけでは叶わなかったから、永遠に手を伸ばした。本物を望みながらも、父と同じ本質を持っている己を嫌悪しながらも、それでも多くを求めた。すべてが欲しかった。利己的に生きてきた。それはすべて……すべて……、――――そうだ」


 《《持っている者だから与えるのではなく》》。

 《《与えるために持っている者で在りたかった》》。

 それは、つまり、だから。



「――私は、誰かのために損をできる人であるために、貴族然と生きているのだ」



 それが、答えだった。

 なんて傲慢。なんて不遜。なんて醜い、自己満足の押し付けなのだろうか。

 嗤うしかない。嘲るしかない。けれどそれが答えであり、『私』だったのだ。

 与えることを失うことと、痛み傷つくことだと定義するならば。

 それは傷つかないための利己性ではなかった。

 それは自ら傷つくことを定めた利己性だった。

 だがその想いは矜持によって上書きされ、矜持と共に、いつの間にかこの手をすり抜けていた。


「失うことを覚悟していた。しかし喪失に直面した実際の私は、その痛みに耐えられなくて。どうしたらいいか分からなくて。拒絶してしまった。怒りや憎しみを覚えることで、赦さないことで、自らを守ろうとした」


「それでもあなたは、願った通りの道を歩んでいた。このお屋敷がその証明です。永遠性があると言うなら、そこに込められていたのはロードナイトの呪いではなく、あなた自身の願いだ」


「だが……そんなこと、今さら気付いたところで何になる……?」


 震えた声で、ベルナデット様は吐露する。

 言葉にしてしまえば、世界に知られてしまえば、心を引き裂かれるほどの残酷な手段で、大事なモノを穢され貶められるのではないか――そんな不安に怯えるように。

 小さな灯りが揺れる地下室で、鏡に呟くような、微かな独り言を。


「……私の過去だけではない。この数年で、非転生者わたしたちは転生者の持ち込む現実を知りすぎた。魔法という奇跡が存在する世界でも、夢という夢は根こそぎ狩り尽くされてしまった。

 世界はいかに他人を笑うか、笑われないかで。理想論を現実に持ち込むことを強さと呼ぶ時代は、きっと訪れる前に終わりを迎えた。

 私たちは誰が敷いたのかも分からない、本来の意図から逸れた責任、常識、倫理観に縛られ過ぎた。いつか自分の首を絞めることになると気付かないまま、他人の首を絞め続けた。

 だがそれが今の現実で、普通なんだ。それに抗って歩まなければならないのが、私の永遠だとするなら……怖くてたまらない」


「…………」


「私は、私たちは……赦せるのだろうか? 罪を。裏切りを。抱いた憎しみを別の誰かに押し付けてしまう、この気持ちの、その先に辿り着くことが――」


「分かりません」


 私は涙を流すように、無力に打ちひしがれるように、そう答える。


「でも、たとえできなかったとしても――墜ちないようにもがき続けることはできる。私はそう信じています」


「そんなもの……理想論だ……」


 私は頷いて、そっとベルナデット様の手に触れる。

 その指先はとても冷たくて。

 だから私の手でも、多少なりとも伝えられる熱があるのだと分かって。

 少しだけ、安心した。


「……マリモ。君にとって理想とは、空想とはなんだ……?」


「現実には絶対に勝てないモノ。時として一瞬で打ち砕かれてしまうほどに脆いモノ。だけど、それでもと――祈りを込めるモノ」


 ああ、と納得したように、ベルナデット様はゆっくり目を見開いた。


「……そうか。君の本質は否定なのだな」


「否定、ですか?」


「君はそれを出発点として自己を革命し、善悪や現実、運命といった目の前に立ちはだかるものに抗っている。

 言うならば君は――反逆者だ。だがそれは、形ある敵との戦いではないがゆえに、誰からも認められない。あまりにも優しく、惨めな……反逆……」


 憐憫と羨望を込めたスカイブルーが、私を射抜く。


「見てみたいよ。いつか君がどこかに辿り着くのか。もしそうなったら、どうするのか。君は理想の永遠を望むのか、それとも――」


 ベルナデット様の言葉はそこで途切れ、私もまた、何も言うことができなかった。

 私の反逆とは、すべての流れに逆らって、その場に留まるために戦って、そうやってあらゆるものの中間地点を維持するだけで、結局どこにも辿り着けないものなのではないか――一瞬、そんなことを考えてしまったのだ。


 幸せを、この手に取り戻したいと思っている。

 だけど同時に正しくないことを、繋がらないことを、不幸を不幸のままに愛して受け入れることを大切だと思う気持ちも、私のどこかにはあって。


 そんな私がどこに向かうのか。果たして終点はあるのか。見当もつかない。

 だけどあの日。私は私に、生きることを赦した。

 ならばせめて、あのときの祈りを嘘にしないよう、羽ばたき続けるしかないのだ。

 それがたとえ、ただ墜ちないだけの、飛ぶことには届かない行為だとしても――。


「――――――――」


 ベルナデット様が立ち上がる。

 正された背筋。翼のように広がるミルキーブロンドの髪。外された眼鏡。破滅の赤に抗う、スカイブルー。

 強い決意を身に纏った、その超然とした佇まいは、まるで。

 ベルナデット様の心が私の中に流れ込んだように。

 私の決意もまた、ベルナデット様の中に溶け合ったかのようで。


「マリモ、礼を言う」


 笑みが浮かべられる。一瞬の自嘲と、それを飲み込む不敵で穏やかな笑みが。


「私は答えを取り戻したよ。君がそれを鏡のように映し出してくれたおかげだ」


「私が居なくても、あなたはきっと思い出したはずです。だってあなたの中には、幼い頃からずっと変わらずにいた、変わらないようにと戦っていたあなたの姿が――確かに在ったのですから」


「……そうだな。だが、今このときに君がいたから、間に合うモノがある」


 白い指先が、私の頬に触れる。


「――矜持はとうの昔に打ち砕かれた。信仰は現実を前に崩れ去った。そしてマリモ、私の鏡である君も、遠からずこの手を離れていくだろう」


 頬を撫でた指は、髪を撫でるようにして遠ざかって。


「だが私は、もう二度とこのプライドを見失わない。ノブレス・オブリージュでも隣人への愛でもない。この傲慢こそ――私がロードナイトの血に贈る永遠だ」


 引き寄せられた手は、自らの胸を抑えるように、拳を作った。


「傲慢という傷、傷という研磨、研磨という痛みを以て、私は私自身が生きていることを証明し続けよう」


 決意を胸に。ベルナデット様は再び私を見下ろす。

 お互いが何を言うべきかは、これ以上ないほどに分かり合っていた。


「マリモ、私は演説完遂による名誉が欲しい。それは次への足掛かりになるからだ。そのためにはラルエットの会場爆破を防がなければならない。やってくれるな?」


「あなたがそれを望んでくださるのであれば、それは私の望みにもなります」


 与えるためには、求める者がいなければならない。

 求められるためには、与える者がいなければならない。

 ゆえに主人は告げ、侍女は頭を垂れる。


「ならば、ベルナデット・マドレーヌ・ロードナイトが命ずる。

 マリモジュナ。使用人として、最後の時まで、その身を私に献げ尽くせ」



「イエス――マイ・レディ」



「そして私も誓おう。あらゆるモノを利用し手中に収めるハッピーエンド――それを君に与えることを」


 差し出された手を掴んで、私は立ち上がった。


 それから階段を上がって部屋に戻ると、開け放たれた窓から、月が覗いてた。

 青白い月。それはとても甘くて冷たい、綺麗な地平線。

 思わず、月が綺麗ですね、なんてキザな台詞を呟いてしまったけれど。

 私もベルナデット様も一度だけ、届かないモノを見つめて羨むように笑ってから。


 ――その美しさに、背を向けた。


 部屋を出る。

 行き先はダイニングルーム。

 理由は本当、なんてことない。

 生きている以上はお腹が空くものだから。

 だから今夜もいつも通りに、夕食の給仕をしよう――――。


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