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ビニース・ザ・ウィール -反逆少女と宝石令嬢-  作者: 悠葵のんの
第二章《to dress, un-dress and, re-dress》
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第52話『ロードナイトの罪』

     ☆


 胸を、抑えていた。

 主人が誘った屋敷の地下室。目の前に広がる光景。

 部屋の中心にある寝台に置かれた、黒い棺。

 その蓋は開かれていて、白い明かりのもとに晒されている。

 薔薇色の、輝石の、断片。

 どうしようもなく――美しかった。

 それらは所々、砂場に積み上げられた石くれのようにバラバラだったけれど。

 ゆえにこそ、技術も装飾も必要としない美の極致が、そこにある。

 これは、なに――?

 大きさがどうとか、形がどうとか、発色がどうとか、透明度がどうとか。

 もはやそんな次元じゃない。この美しさは魔的だ。魔性だ。

 正気を失わせるほどの、目を眩ませるほどの眩しさが、実体としてそこにある。

 一つの存在がそのすべてを懸けて輝き尽くしただろう一瞬が、永遠に続いている。

 怖い。恐ろしい。脊髄に氷柱でも捻じ込まれたように、寒くて震えが止まらない。

 こんな、こんなモノが、存在していいのだろうか。

 どう例えればいいのか。カニバリズム、近親相姦、そういった自然と嫌悪感を覚えるようプログラムされるタブー、それに近い。

 それが現実に目の前にあって、私の感性がそれを美しいと感じていて。

 こんなモノを見てしまったらもう、美しいなんて言葉を肯定できない。

 美の終着点。己の星に向かって走り続ける者の行き着く先がこんなのなら、到達できないほうがよほど幸せだ。

 美しいモノなんて好きになれない。美しくないモノにこそ真に価値がある。

 己の醜さを抱き締めろ。己の醜さを愛してみせろ。己の醜さにこそ意味を見出せ。

 それでもなお美しいモノに手を伸ばしてしまうのが、人という生物だとするなら。

 それに到達しないことこそが――守らなければならない最後の一線なのだ、と。

 踏み越えてしまったモノを見て、どうしようもなく、涙が溢れそうになる。


 だから――胸を、抑えていた。

 正気を保つために。痛みを堪えるために。

 そして精一杯、全身全霊を懸けて、受け止めるために。


 私はきっと、これを理解することはできないだろう。

 だけど、あの輝きの向こう側で――誰かが叫んでいる。

 慟哭ではない。もっと温かくて、背中を押してくれる、祈りのような声。

 それがギリギリ、受け入れることはできずとも、受け止めて、その存在を認めることはできると、思わせてくれる。

 だから――。


「私も……詳しくは知らない。知りたくもない。だがロードナイト家の先祖は、自らの身体を宝石化する魔法を習得し、その血と共に継承してきた。

 いや、あるいは……案外この血の起源は魔族にあるのかもな。

 いずれにせよ、ロードナイトの人間を素体としてできた宝石は質が最上級であることは言わずもがな、さらには魔石としても使える代物でな。

 傾国の美人、なんて言い回しがあるが、宝石化したロードナイトもそのように扱われてきたそうだ。男も女も、子供も大人も、魔術師も魔法使いも関係なく、ロードナイトの者でさえ魅了し錯乱させる――『致命的で運命(ルージュ・)的な破滅の赤(ファタール)』、と。

 ロードナイト家の歴史には、大きく分けて三つの特異点が存在する。財産を築く下地となった鉱山の購入資金。家格を押し上げるきっかけとなった上流階級との交流。そして法改正によって富裕層に課されることになった莫大な相続税が引き起こした財政危機からの脱却と、現在まで続く安定。――そのすべてに、宝石化したロードナイトが使われてきた。

 ……分かるか? つまりロードナイト家は、家族を奇跡の宝石などと嘯いて売り捌き、実質貴族と揶揄されるほどの地位と名誉、財産を築き上げてきた――どうしようもなく罪深い一族なのだ」


 この世の終わりを告げるような、重苦しい声。

 私は浅い息を繰り返してから、ベルナデット様に尋ねた。


「……宝石化したロードナイトの方々は、生きて、いるのですか?」


「いいや、生きてはいない。あるのは宝石が宝石であるために必要な要素と、自身を宝石化する際に『永遠』に閉じ込めた祈りだけだ。あの日聴いた母の声は血の共鳴、あるいは君のような鋭い感受性が拾い上げた、祈りの残響でしかない」


「残響……」


「ゴーストの囁きとでも言うべきかな。あるいはダイイングメッセージが分かりやすいかもしれないが――しかし宝石化は死ではないため適切ではないだろう」


「死んで、いない?」


「無論、生物学的な話で言うなら死亡している。粉砕して塵にして海にでも撒けば、消滅する、とも言える。肉体という器が最終的に惑星に融けるという点では普通の人と変わらない。だが魂はどうか? 君はヘリオスレッタの月が冥府だという話は?」


「知っています。この世界で死者を火葬するのは、立ち昇った煙を目印として、死神が魂を迎えに来るからなのだと、そう聞きました。だから土葬を希望する人には居心地の悪い世界だとも」


 あの神父から聞いた話を思い出しながら言うと、ベルナデット様は片側の頬を釣り上げた。苦笑するように。皮肉げに。


「そうだ。ああ、私も同じ言い回しを聞いた。きっと同じ人が、ミリエルの子供たちにそう語り聞かせているところを……。

 それで言うと、だ。宝石化したロードナイトの魂に死神が訪れることはない。宝石化した時点で惑星に融けてしまっているのか、あるいはあれこそが魂の物質化であるがゆえに管轄外となっているのか、答えを知るには実際に会って訊く以外あるまい。

 とにかく事実として、その魂が月の冥府に連れていかれることはない。天に召されず地上に残り続けるため、宝石化したロードナイトは、本当の意味での死に到達できない。だから永遠なのだ――この光は」


 それはまるで、星のように。

 遥か彼方で輝き尽くした光が、今を引き延ばして、ずっと届き続けている。

 いつか、惑星の終わりと共に消えゆく、そのときまで。


 ベルナデット様はそっと、棺に手を伸ばす。

 納められているというにはあまりにも粗雑な、そうせざるを得ない――母であるはずの、大小様々な宝石の破片たちへと。

 それは間違っても、宝物に触れるような手つきではない。

 白い明かりの下、寝台に横たわる遺体に触れるような、指先に伝わる熱の無さに怯える手つきだった。


「月の冥府の先には、何があるのだろうな。楽園か、地獄か、輪廻転生か。ヘリオスレッタに生きる誰もが知りたがっている。だが、どう足掻いてもそれらに到達できないロードナイトは――」


 自ら虚無に落ちる自殺と、何が違うというのか。

 いや、違うはずだ。

 だって宝石化したロードナイトは、その虚無にすら、到達できない。永遠に。


「生から切り離されたあともこの世に金を生み出し、他人に使われ続け、死を悼まれるどころか、死の抱擁を受けることもない、永遠の奴隷だ。そんなの――あってはならないだろう。

 与えて、与えられて。そうやって世の中は車輪のように回り、希望も絶望も、どこかで差し引きはゼロになるものだと思っていた。けれど違った。それを維持するために。あるいはそれ以上の何かを欲したがために。これほど残酷な、車輪に押し潰されるモノを生み出していたなんて……あまりにも、穢れた生き様だ」


 そこで言葉を区切ってから、振り返り、自らの足元を見つめるベルナデット様。


「……私は父を問い詰めた。ロードナイトの祖先はなぜ身内を売ってきたのか。保身のためか。財産のためか。地位が、名誉がそんなに大事か。あるいは復讐か。愛憎か。貴様もそんなもののために――自らを妻を、私の母を、叩いて砕いて売り渡して金にしたのか、と。

 ……父は、私の足に縋りついて、泣きながら赦しを乞うた。何度も、何度も何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も。きっと溜め込んだ罪悪感がそうさせたのだろう。かつて語った高潔な矜持はどこへやら。赦してくれとしか言わないその惨めな姿に、私は怒りを覚えて。やがて、すべてがどうでもよくなって――」

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