第4話『高等部一年生・マリモジュナ』
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「――マリモジュナです。今日からよろしくお願いします。音の響きが気に入っているので、ぜひ苗字でマリモと呼んでもらえると嬉しいです」
いつもの文言を加えた無難な自己紹介を済ませ、軽く頭を下げる。
「よろしい。最後列の空席に座りなさい」
「はい」
担任教師であるレイヴン先生――かなりダンディな初老のおじさまだ――に促されて教壇を降りた私は、前世で通っていた高校の視聴覚室のような、階段型の教室を縦断する。
「…………」
なんていうか、好奇の眼差しがすごい。
レイヴン先生がとても厳格そうな教師だからか、声を潜めての内緒話などは起こっていないものの、その分無言の圧力というか、とにかく視線が熱い。
思わず冷や汗が出るほどだ。
この世界の性質的に、編入生という本来あまり遭遇することのない存在は、しかしそう珍しいものでもないはずだけど。
私の場合、やはり例の噂が出回っていることが大きいのだろう。
――校舎裏の森を、白い桜に変えてしまった。
今朝の通学路の会話を思い出す。
ならばこれも、変えてしまった私が負うべきモノ、なのだろう。
私は己に注がれる視線のすべてを受け止めるように、胸を張って前を向いた。
すると。
「――――」
熱視線を放つガラス玉の中に、ストロベリー色の微笑みを見つけた。
彼女と目が合う。
それは本当に、一瞬の出来事だった。
私が階段を一段上がり、次の段差に足をかけるまでの、ほんの少しの交信。
けれどそれだけで、いつの間にか浅くなっていた呼吸が、元の調子を取り戻していた。
「ではいくつか連絡事項を伝える。まず、来週に予定されているアプステラ創立百周年を記念した式典演説の会場についてだが――」
レイヴン先生の言葉を背中で受けながら、教室の一番後ろの列に到着する。
空席になっているのは――と左右を見比べると、窓際のほう。
今度は、まるで火花が焼き付いたようなバーミリオンの瞳と、視線が重なった。
一秒、二秒、瞳の持ち主である男子生徒と交わす沈黙があってから。
「あっ、どうぞ! すぐ片付けるんで……!」
思い出したように、彼は机の上に散乱していた教科書やノートを整理し始めた。
赤みがかった黒髪。裏表のなさそうな真っすぐな眼差し。耳には無骨なイヤーカフ。……もう少し俯瞰して見てみると、後頭部には結構な寝癖が付いていて、制服も着崩しているというか、しゃっきりはしてない感じで。
思うに、ちょっとばかりだらしない性格のようだ。
……うん。変に気を張らずに済む、良き隣人みたい。
「よろしくね、お隣さん」
片付け、というより荷物の幅寄せが終わったところで、席に座って挨拶をする。
「ど、ども。俺、クロヴィス・ヴェルターです。クロヴィスって気軽に呼んでもらえたら……!」
「クロヴィスね、覚えたわ。こっちもマリモと呼んで。敬語もいらない」
「え? いやいや、そんな失礼なことできませんよ……!」
戸惑った様子で両手を挙げ、遠慮のポーズを取るクロヴィス。
「失礼って……年上だけど、遠慮する必要はないわ」
「え? 年上?」
――そう。基本的に高校一年生の年齢といえば十五歳だが、私は現在十六歳。
順当に考えれば、私はこの教室に居る生徒たちより一つ年上になる。
というのも、この学院は魔導に関する知識量に応じて、編入学できる学年が変わる制度が存在しているのだ。
で、そっち方面の知識はからきしな私は、前世では高校二年生だったとかそんなことは関係なく、この高等部一年生のクラスに振り分けられたのである。
おかげで私は年上にして後輩にして同学年という、だいぶ微妙な立場なのだけれど、それも学院側の配慮、そして様々な懸念に対しての折衷案だろうことは窺えるので、特別不満があるわけでもない。
素人がいきなり最前線に投入されても授業にはまずついていけないだろうし。
かといって全員を初等部からやり直させるなんてことをしようものなら、何歳も年上の人と同じ教室にさせられる子供たちはたまったものじゃないはず。
それならと、編入組だけ隔離するようなことをすれば、内部組に合流することが難しくなり、同じ敷地内にいながらも孤立し、対立に繋がるかもしれない。
……いえ、対立については結局、少し違った形で起きているみたいだけれど。
ともかく学院は、入学を決めた時点で本人のやる気はあるものと判断し、等種を跨がない最低限の学年の上下だけ行い、授業だけでは埋まらない溝は個別指導でサポートしていくという方針を取っているわけだ。
……そもそもの話。
このようなシステムが存在するのは、この世界における転生の性質が原因である。
ヘリオスレッタへの転生は元の魂、同じ形の身体、連続した記憶を引き継ぐ。
要はここでの転生とは、別の形に生まれ変わるという意味ではなく。
一度死に、別の世界で二度目の生を手にすることを意味しており、その実態は異世界への転移に近い。
よって転生者は、この世界に根無し草として迷い込む。
そこで市民によって騎士団支部に案内されれば、ひとまず身分証の発行とひと月は身の振り方を考えられる支援金の受け取りができるのだが、反対に言えばそれが尽きるまでには、この世界でどうするか人生設計を立てなければならない。
だから、比較的若年層が多いらしい転生者の多くは、アプステラ学院をとりあえずの航路に定め、次の入学式を待たず編入学に踏み切る。
そうすれば学生という身分を。
制服という衣を。学食という食を。寮という住を。
異世界で生きていくために必要なモノを――手に入れることができるから。
ついでに学生生活という、途切れたはずの青春もね。
そういった流れで、具体的に一年でどれだけの数が編入するのかは分からないけれど、現在のここの生徒の半数近くは、転生者なのだとか。
――閑話休題。
「私、本当に大層な立場ではなくて――むしろ多かれ少なかれ迷惑をかけてしまうと思うから、ちょっとだけ大目に見てもらえると助かるわ。……そう考えると、私のほうが敬語を使うべきよね」
「い、いえ……俺も別に敬語なんざいいですけど…………は、あ……?」
自嘲する私にクロヴィスは曖昧に首を傾げて。
そして何とも言えない雰囲気のまま、会話は終わった。
ふと前を向くと、レイヴン先生がこちらの様子を窺っていたのだ。
挨拶は済んだかと問われているのだと悟った私は、小さく頷いた。
すると先生はコン、と合図をするように足音を立て、教卓の前に移動した。
お目こぼしの時間は終わりね。
「――では、授業に入る。一限目は予定を変更して基礎の復習とする。内容は魔法と魔術の相違点。この世界で魔法が使える理由についてだ。ヘリオスレッタ生まれの生徒には良い再確認になるだろう。全員教科書をしまえ。ノートをとりたいものはとって構わない」
さあ、いよいよ始まる。人生初の魔導に関わる授業が――。




