第47話『馬車襲撃』
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七月六日。月曜日。式典前日の放課後。
普段通りにベルナデット様、そしてラフィーネさんと共に、馬車で帰路に着く。
向かいの席に座るベルナデット様。
ライナさんの調査報告を受けてから、その表情は憂いを帯びている。昨夜の夕食も、今日の朝食、昼食も口数は少なかった。
けれどそれでも、悩ましげに窓外へと向けられるその瞳は、初めて会ったときと変わらず、屋上通路で見たときと変わらず、綺麗な空色で美しいままだ。
写真で切り取ったように。永遠を宿しているかのように。
……馬車は走る。
遅くもなく早くもなく。いつもと同じ道を、いつもと同じ時間で。
窓の外。四角く切り取られた景色は、個性と引き換えに統一感を獲得した、都市全体で一つの芸術を織りなす北区の街並み。
だからだろう。いつも通りの風景の中に異物が混じると、まだこの世界に来たばかりの私にさえ、本当にすぐに、分かるものなのだ。
例えば新しくオープンした洒落た飲食店。
例えば路地裏に開かれた怪しげな占い場。
例えば街路樹の影から馬車を睨みつける――ラルエット・マルシャン。
瞬間、想起される言葉たち。
『このラルエットって子、お茶会のときに目視したんだよね? ベルナデット様の左目に施された防御魔術が展開されるところを、さ。なら少なくともあと一度、彼女は本番前に仕掛けてくるよ。――もしオレがベルナデット様を本気で殺すなら、確実にそうする』
『馬車が襲撃される可能性、ですか。ええ、マリモは鋭い勘を持っていますからね。どうぞ心配は無用です。もしもの際はお嬢様の安全を優先で。私もいざというときはそうさせてもらいます』
「――――、」
来た、と思考するより先に、脳を貫く鋭い電流。
マリモジュナが白を獲得したことにより目覚めた、現代社会を運営する上で人が封じた野性的な危機関知能力――あるいは運命の氾濫と共に失われた、周囲を揺らす神性の波を関知する能力が、告げる。
こちらに向けられた悪意を。一秒後に起爆されるラルエットの魔術を。
「ご無礼を――!」
私はその場で立ち上がり、強引にベルナデット様の腕を掴んで引き寄せた――それと同時に、お腹の底まで響く炸裂音が響き渡る。
場所は後方の右車輪――なんて考える隙もなく、内部では車体を構成していた木の破片が散弾のように私たちに迫り、平行して車輪を失った馬車は速度をそのままに傾き始める。
「――ッ、」
私は勢いのままに身を翻し、木片を背中で受けるべく、ベルナデット様と位置を入れ替えようとした。が、そのとき既に展開されている魔術式。
それはベルナデット様の左目を中心に、襲い来るすべてを防ごうと傘が開かれる。
あのお茶会のときと同じように。
――そして傘は、内側への雨の侵入を防いだとしても、その勢いや衝撃を殺すものではない。
キーン、と不愉快な耳鳴りがあらゆる音をかき消す。
ならば状況は、目で見て確かめるしかない。
車内に差し込む斜陽。それはさらに傾いて、傾いて、やがて天窓のように上から、内部に光を取り込む。
「――――、」
扉が無かった。馬車の左側の扉。
そして、それに最も近い位置にいた、ラフィーネさんの姿も――。
私自身に怪我はない。ベルナデット様の傘が守ってくれた。
だがおそらく、その範囲は極々限定的だったのだろう。
密着していた私はともかく、その外側にいたラフィーネさんには、本来の爆風と木片に加えて、傘が受け流してしまった衝撃までもが降り注いだのだ。
「――ッ、――ぐ‼」
爆発からここまで約三秒。
私はベルナデット様の身体を抱きかかえ、馬車内のどうにか原形を保っている箇所を足場に、脚力を使って強引に脱出する。
そうして横倒しになった車体の側面に立ち、眼下に視線を向けた。
御者と馬の姿は見えない。
良かった。緊急時の規定通り、即座に馬と車体を繋ぐハーネスを外し、共々に退避したのだろう。
ならばこの車体を動かすのは慣性のみ。
爆発の後押しを受けたのか速度自体は高いが、じきに止まる。
そしてここは人通りが少ない道だ。
それは即座に騎士団が駆けつけないようにという、向こう側の狙いでもあるのだろうけれど、結果として――巻き込まれる人はゼロで済みそうだった。
「しっかり掴まって、私を離さないでください」
車体が石畳を、石畳が車体を削り合う音が響く中、進行方向に街路樹が迫ってきたため、私はベルナデット様にそう告げ、車体から飛び降りた。
なんとか着地。そして、息つく暇もなく、相対する。
正面、距離にして十メートル先の地点。
夕暮れの世界の影に潜む――暗燈色の爆弾魔と。




