第42話『かつての被害者と加害者』
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正面玄関に向かう道すがら。応接間からある程度離れたところで。
私たちはどちらからともなく……足を止めた。
「……やれやれ。信頼を取り戻すのは骨が折れるな」
素直に落ち込んだ様子で嘆息し、前髪を掻き上げてお屋敷の天井を仰ぐラザリオ・ミラー。
以前はブルーグレーの地毛――ヘリオスレッタ生まれの人の地毛は多彩である――に紫色のメッシュを入れていたが、今は染め直しているようだ。
がっちりとオールバックにセットされていた前髪も下ろしており、ホスト風の雰囲気を纏っていた彼はどこへやら。
今では、清潔感のある新進気鋭のビジネスマンといった具合だ。
黒縁の眼鏡を掛けているのも相まって、前とはだいぶギャップを感じる。
……いや、思えばベルナデット様の眼鏡姿にも似た感想を抱いた。
もしかしたら単に眼鏡好きなのかもしれないな、私。
「先代の不始末だけならともかく……まったく、自棄になんてなるものじゃないぞ、マリモジュナ」
「ええ、心の底から同意するわ」
「おいヘリオスレッタ的相槌はやめろ。実感がこもりすぎなんだよ。不幸マウントを取るな転生者」
「……あなた、そんな情緒不安定だった?」
商談の手応えがいまいちで、ささくれ立っているのかもしれない。
「そういうそちらは、随分とメイド姿が様になっているじゃないか。僕が言うのもなんだが、また騒動に巻き込まれるとはご愁傷様だな」
「本当にあなたが言うのも何なのよね……。まあ、元気そうでよかったわ。退院もすぐにできたみたいだし」
気を失っている間に屋敷が炎上(物理)して、それなりに煙を吸ったはずだ。
火事による外傷はなかったとはいえ、それだけでも一酸化炭素中毒になる可能性や、有害物質や高温ガスによって気管や肺にダメージを負うということも充分にあり得た。
だからこうして、彼が無事に再起して奮闘している姿を見ていると、本当に安心する。
商談の失敗後に思うべきことでは、ないかもしれないけれど。
「……そういえば入院中、あの神父のことで騎士団の事情聴取を受けたぞ」
「聴取って――もしかして機関のこと?」
「機関? なんだ、中二病か? さすがの僕も公的機関に対して空想を押し付けるような真似は……はっ⁉ まさか黒歴史でさえも非転生者より格上だと言っているのか⁉」
「テクニカルな受け取り方ばかりしないでって……違うから」
なんだか前よりも転生者に対する当たりが強いような。
いや元からこんなものかもしれないけれど……今はとにかく怒りを原動力にして生きているのだろう、と良いほうに解釈しておく。
「話を戻すが、まさか彼が殺人鬼だったとはな。信じられないような気もするし、あの食えない人物像から見れば、妙に腑に落ちた感もある。
人殺しでありながら教義による救済を説き、告解室で懺悔に耳を傾け、僕の寄付品をきちんと孤児院に渡していた。……ああ。彼は確かに、そういう人間だ」
「寄付品といえば、お米を渡していたわよね」
「あれは過ちから生まれた、数少ない正しい選択だったな。騎士団の話ではあれもきちんと、神父が懇意にしていた孤児院へと渡ったそうだ。
確か――ミリエルホームといったか」
「ミリエル――?」
突如として降ってきたパズルのピース。
それは、その名前は、これまで推測の域を出なかった、ベルナデット様とあの神父の接点を証明する共通項だ――。




