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ビニース・ザ・ウィール -反逆少女と宝石令嬢-  作者: 悠葵のんの
第一章《星を追いかけて》
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第3話『寮の伝統的指令』

     ☆


 アプステラ魔術学院第二女子寮――『ストレリチア』。


 色鮮やかな赤い瓦屋根が目を引く三階建ての建物で、中学の頃に林間学習でお世話になった宿泊施設を思い出す古めかしさながらも、校舎に負けず劣らずの広さを誇る施設だ。


 アプステラは、山奥にある初等部のみ、立地の都合上で全寮制とされている。

 逆に言えばそれは、中等部に上がってしまえば敷地外にある実家などから学院に通うこともできるということ……なのだが。


 しかし、入学を決める転生者のほとんどがこの世界では根無し草といっていい。


 ゆえにこの第二女子寮では、独立した寮を持つ初等部と大学部を除いた、中高等部の女生徒――その半数近くが居住しているとかなんとか。


 実家があるヘリオスレッタ生まれの生徒だって、残ることを選ぶ生徒がいないわけじゃないからね。


 計六学年分の生徒の受け皿となりつつ、さらに私のような入寮希望者てんせいしゃが不規則的に増えることを考慮すると、やはりこれだけの広さが必要なのだろう。


 本校舎がL字の建物であるのに対し、こちらはコの字型の構造。

 それを南北で三学年ずつ仕切る形になっているのだと、説明を受けながら。

 私たちは北棟一階、その突き当たりの部屋に到着した。


「さ、どうぞ!」


 コゼットさんが扉を開けて、中にお邪魔する。


「どうかな。飾り気のない部屋だけど結構いいでしょ?」


「……そうですね。とても落ち着いていて、私は好きです」


 汚れのない白い壁。頑丈そうなダークウッドの床。

 壁際にはそれぞれ左右対称となるように学習机、本棚、寝台が並んでいて。

 共用だと思われる埋め込み型のクローゼットも一つ。


 コゼットさんの言う通り、必要最低限の物だけを取り揃えたこの部屋は、確かにどこか禁欲的で、飾り気はないかもしれない。

 けれど、旅先でふらりと立ち寄った宿のような空気感があって、それが私には心地よく思えた。


 その雰囲気を、コゼットさんも敢えて崩したくないと思ったのだろうか。

 彼女が使っているとみられる机の上や棚はシンプルで、私物らしい私物は見当たらない。

 いくつかの分厚い蔵書と、それらをひとまとめに収納できそうな革製のトランクが床に置かれているだけだ。


「――――」


 なんて、思考と足音を静かに、室内全体へと響かせていると……。


「あれは……?」


 まだ誰にも使われていない、これから私が使うことになる、左側の学習机。

 その卓上に、手紙のような何かが置かれているのを見つけた。

 私は視線でコゼットさんの物かと尋ねてみると、彼女はにやりと、犬歯を見せるような少し悪戯げな笑みを浮かべる。


「おやおやー、早速誰かが置いてったみたいだねー。マリモてだから見ていいよ、それ!」


「そうなのですか? では、失礼して」


 手に取ってみると、それは手紙というよりも、招待状のカードのように思えた。

 軽くのり付けされてふたつ折りになっていたそれを、丁寧に開く。

 紙上には、メッセージが一文だけ。



 ――『ベルナデット・M・ロードナイトを誘い、昼の茶会に参加しろ』。



 そう、書かれていた。


「これは……」


 手紙でも、ましてや招待状でもない。

 これは私に宛てられた――指令書だ。


「アプステラの寮には、ちょっとした伝統があるって、聞いたことない?」


 勘付いた私が声を漏らすと、コゼットさんからそんな質問が飛んできた。


「……あります」


 ちょうど今朝、朝食の席でキリエから聞いたばかりだ。

 彼女は寮生ではないから詳細までは知らず、何となくそういうことがあるとしか言っていなかったけれど……。


「学期の途中で入寮する生徒は、何か頼まれごとをするとか」


「うんうん、それがそうだよ。これはいわば入寮のテスト!」


「テスト……?」


「――寮とは学院がそうである以上に縦社会。上級生と下級生の間には年功序列っていう魔法じゃないけど魔法みたいな、目には見えない力関係が存在している。

 それをどう使うかは人それぞれ。でも、どこにでも人使いが荒い先輩は存在していて、そんな荒波に揉まれることで、下々の後輩たちもやがては先輩という力を手にしていく……そんな社会と同じフカーイ仕組みができちゃってるわけ。

 けどね、途中から入ってきた生徒は、その工程をすっ飛ばしちゃう。でしょ?」


 ああ、と納得する。

 確かに今の私は、このストレリチア寮内での中学三年分の下積みをしていないくせに、既に北棟の地位を獲得していることになるわけだ。


「だからこれは下積み中、もしくはそれを乗り越えた寮生からのお茶目な悪戯であり、マリモを寮の一員として認めるためのテストなんだよ!」


「……なるほど」


 私としては、後輩をいびったり使いパシリにするような趣味はないと主張したいところだけど、お互いのことを何も知らない現状では説得力など皆無に等しい。


 だからこれは悪戯であり、同時に親切でもあるんだ。

 素早く寮に馴染めるように、伝統にしたがって既成事実を作ってね、みたいな。


「説明終了! 最後に同室のよしみで一つ助言させてもらうとね? テストクリアに時間制限はないけど、やっぱり手早く済ませたほうが評価は高いんだ。もしできそうな指令内容なら、今日これから挑んでみて。それで達成できたら、もうみんな文句なしに認めてくれるから、絶対!」


「……そう、ですか。そこまで言うのでしたら……頑張ってみます」


 我ながら曖昧な返事だった。

 というのも、助言して鼓舞までしてくれたコゼットさんだけれど、そこには明らかに急かすような強引さが含まれていた。


 もしかしたら同室という立場上、なるべく早く達成してほしい内情があるのかもしれない。


 一方で私としては、未だ授業に対する不安を拭い切れていないので、そちらに注力したい気持ちが大きいのだけれど……。

 まあ、こうなったら仕方がない。

 郷に入っては郷に従えというし、腹をくくって挑戦してみるとしよう。


「じゃあそろそろ行こっか。遅刻しちゃまずいんでしょ?」


 片目でウィンクして時計を指差すコゼットさん。

 見たところ時間にはまだ思いのほか余裕があったが、彼女としてはもう案内するところはない――というより、むしろこの指令書を私に読ませることこそが、きっと本来の目的だったのだろう。


 テストの内容が、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』だったことから推察するに、彼女は何らかの手段で指令書の一文を知り、今朝のうちに私に伝えたいと考えた。


 ゆえに、部屋の案内を口実にして、私をここに連れてきたというわけだ。


 けど……たとえ建前だったとしても。

 こうして部屋を見ることができて、初日にはまず使わないだろう重い辞書も置くことができたのだ。

 それはきちんと感謝しないと。


「案内ありがとうございました」


 だからお礼をして、最後にちょっとした質問だけして、部屋を出よう。


「ところで、忘れ物はよろしいのですか?」


「忘れ物――? あはっ、別に何もないよ。急にどうしたの? もしかしてマリモってお母さん気質だったりー?」


「いえ、会ったときからループタイをしていなかったので、てっきりそうなのかと。早とちりでしたら、すみません」


「……ああ、あれ? 実は留め具の宝石が壊れちゃったから、ちょっと今、修理に出してるんだよねー。ってなわけで大丈夫だから――」


「あの」


 ――もう行こう、と。

 あと一秒もすればそう口にしていただろう彼女より先に、私は言う。


「困ったことがあったら、頼ってもいいですか?」


「え? まあ、よっぽど面倒なことじゃなかったら、いいかもね」


「ありがとうございます。コゼットさんも何かあったら話してください。力になれるかは分かりませんが、話すだけでもぜひ」


「頼もしい言葉をどうも。……さ、行くよ」


 軽く流すように言って、私を連れ出すコゼットさん。

 その声に、先ほどまでの活発さは感じられなかった。


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