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ビニース・ザ・ウィール -反逆少女と宝石令嬢-  作者: 悠葵のんの
第二章《to dress, un-dress and, re-dress》
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第34話『金曜日のディナー』

      ☆


 夜が訪れた。予定通り四名のお客様を『プティ・シムティエール』にお迎えし、滞りなく、そして階下の住人たちに休む暇を与えることなく開始した夕食会。


 昼間の慎ましやかな雰囲気から一転して、豪奢な晩餐会場となった階上のダイニングルーム。


 私は給仕係のひとりとして、早速アミューズ――お通しと形容したらクーペさんにやんわりと修正された――を、続いてオードブルの配膳を遂行。


 時折振られる会話にお答えしつつ、そろそろ次の品の準備をとラフィーネさんに目で指示されて、今一度、使用人用の階段で階下に舞い戻る。


「――――」


 キッチンに足を踏み入れる。

 するとそこは、上品な談笑と心地良い食器の音色に満ちていた階上とは反対に、普段以上に賑やかな調理の音と、幾層にも重なった香りが五感を刺激する、何とも圧倒的なステージだった。


 リズムを刻む洗練された包丁。食材を香ばしく焼き上げるフライパン。真冬の吐息よりも力強く白い湯気を立ち上らせる鍋――そのステージの上を踊る二人に、華やかな一夜の土台を支える二人に、私は声をかけることも忘れて、ただただ見惚れてしまう。


 しかし、この一分一秒の隅々まで集中し尽くし、己の技術と信念を存分に注ぎ込む料理人たちは、それを許さない。


 この手で描き上げた絵画が日の目を見ないことを、断じて許さない。


 料理という作品は作り上げた瞬間ではなく、それを誰かが食べて、喜んでもらえたときにこそ初めて完成するものだと、彼らは理解しているから。


「マリモ、これスープ! 冷めないうちにさっさと上に持ってっちゃって!」


「りょ、了解……!」


 まるで戦場に立っているかのような、切迫した声を放つプラン。

 その熱気に当てられ、私も気合いの入った声が出た。


 プランがキッチン中央のテーブルに置いたのは、なんだかカレーでも入っていそうな、ソースポットらしき容器だった。

 もちろん中に入っているのは、先ほど彼女が言っていたようにスープだ。

 容器を慎重に持ち上げると、濃厚かつクリーミーに香り立つマッシュルームスープの匂いが、私の鼻先をくすぐった。


 ……ぐ……これは中々に、食欲が刺激される……。


 いけない、いけない。気合いを入れたばかりでしょうが。

 しっかりしろ。私もきちんと自分の役割を果たさないと。


 気持ちを落ち着けるように踵を返し、階段に向かう。


 だがその道中、堪えきれず壁掛けの時計を一瞥して計算してみたところ、このままいけば階下の夕食は普段よりも一時間以上遅くなる可能性が脳裏をよぎった。


 しかも次は魚料理、さらにメインディッシュと強敵が続く。

 その事実に一瞬くらっときたが、まあ成す術はないので心を強く持つしかない。


 とにかく気を張り詰めて、何とかお腹の音が鳴らないよう耐えないと……いや、お腹の音って一度気にし始めると、その緊張で内蔵が動いて余計に鳴り易くなるとどこかで聞いたような……ということは気にしないように気を付けて――って、その時点でもうお腹に意識が向いてしまっているわけだからもうアウトじゃない……?



「――おやおや、肩に力が入りすぎてないかな? マリモちゃん」



 優しく茶化すような声。

 階段を上がろうとしたところで、私服姿のライナさんと遭遇した。

 晩餐会が始まってから姿が見えなかったので、クーペさんの指示で温室の野菜を追加調達でもしているのかと思っていたけれど、どうやら外出の準備をしていたようだ。


「うん、いい香りのスープだ。お腹、空いちゃうね?」


「正直……かなり空いています」


 図星を突かれて恥じ入るように少し目を逸らしつつ、そう答える。


「はは、素直で結構。大部屋に昼間の残りのパンがあるから、お腹が鳴りそうだったら摘まんじゃっていいよ。オレも給仕のときはそうしてるんだ」


「え……ありがとうございます……! 助かります……!」


「それは良かった。代わりと言ってはなんだけど、こんなときにオレが外出することは内密にお願いね」


 片目を閉じて人差し指を口元に立てるライナさん。

 やたらとキザな、けれど似合っているポーズに私が何度か頷くと、彼はじゃあね、と軽く手を振って裏口のほうへと歩いて行った。


 料理が冷めないよう気を遣ってくれたのか。

 あるいはライナさんのほうも急いでいたのか。

 とにかくそんな短いやり取りを終えて、急ぎ階段を上がる。


 ダイニングルームの一つ手前の配膳室に入り、そこで棚からレードルを取り出して……と。


 よし、準備完了。第三陣出発だ――!


 世界が切り替わるように階下の喧騒が遠ざかり、階上の淑やかな談笑が響くダイニングルームに私は再び足を踏み入れた。


 素早くラフィーネさんのチェックを受けてから、スープの配膳を開始する。

 丁重に、優雅に、それでいて瀟洒な一挙手一投足を意識しながら、まずはベルナデット様のお席の隣に立つ。

 そうしてポットを近づけ、お取り分けをしていただく。


 その最中のことだった。

 隣席に座る、上品なラベンダー色のドレスに身を包んだルキア寮長から、囁くように声をかけられたのは。

 

「……ああ、マリモちゃん。また貴女の話をしていたのよ。いい仕事ぶりねって。お屋敷でやっていけているか、なんて心配は杞憂だったみたいで何よりだわ」


「お気遣い、痛み入ります」


 心配に対する感謝と、それを払拭できた幸いを込めて、短く返す。

 今回の来訪が、お屋敷での生活に私が馴染めているか心配だという心配が発端であることを考えれば、その憂いを払えたこと、そして私に仕事を教えてくださった使用人方に少しは報えたという事実が、とても誇らしかった。


「ふふ。まるで別れの挨拶のような雰囲気だが、まだまだ給仕のたびに話を振られるぞ。覚悟しておけよ、マリモ」


 ベルナデット様は小さく笑いながら、スープを取り分け終えて、レードルを戻した。

 次はルキア寮長のお席だ。


「せっかく来たんだから、やっぱり世間話もしたいじゃない? そう思っているのは私だけではないはずよ。ねえ、セレナちゃん?」


 寮長は少し前屈みになって、私を挟む形で隣の席を見た。

 そこに座っているのは、おそらく不慣れな晩餐会に対する緊張を和らげるために、手に取ったグラスをゆっくりと揺らしていたセレナ先輩。


「え……ええ、はい。聞かせていただけるのでしたら、ぜひとも」


 先輩は、突然三年生のお二方に視線を向けられたことで多少の動揺を見せたけれど、すぐにいつもの穏やかを取り戻して、そう返事をした。


 花を優しく照らす陽射しのような温かな笑顔だ。

 身に纏っているパステルイエローのドレスと相まって、まるで向日葵畑で微笑む可憐なお姉さんのようで、素敵だなと思う。


 ……いえ、ついその包容力全開の雰囲気に年上っぽさを感じてしまうけども、実際のところは私と同い年なのだけれどね……。


 体格のせいで幼く見られがちとはいえ、私もせめて年相応ぐらいに思われるような余裕を身に着けたいものだ、としみじみ思う。


「ふむ――未だ調査途中である例の一件についてもそうだが、マリモの様子に関しても何も伝えられていないことは、私も気にかかっていた。学院で接触できない以上、君には随分と心を砕かせてしまっただろう。こうして機会を得たからには、少しでも安心してもらえたらと思うよ」


 それはセレナ先輩への心遣いであるのと同時に、会話に応じなければならない私を大目に見てあげるようにと、言外にラフィーネさんに伝える意図も含まれていた。


「それで、お屋敷での生活はどう?」


「とても充実した日々を過ごしております。建前ではない実際の使用人として学ばせていただくことを認めてくださったベルナデット様、私を受け入れ多くの知識や経験を示してくださる使用人の方々には、感謝してもしきれません」


「何ともマリモな返答だな。そういう君らしさにこちらも良い刺激を貰っているよ」


「……あらら。なんだか今回の件が解決したあとも、契約が続きそうな雰囲気じゃない?」


「寮長としては見過ごせないかな?」


 冗談げな寮長の言葉にベルナデット様も軽口を返す、が。


「いいえ、むしろ寮長として果たすべき責任をベルナに任せてしまっているのだもの。もし二人がそう望むなら、私にそれを止める権利はないわ」


 さらに返答した寮長の言葉は、声色こそ変わらないものの、思いのほか真面目な口調だった。


 真剣というほど重い表情でも、研ぎ澄まされた声色でもない。

 けれど寮長として、負った責任や立場をとても自然に、そして厳かに感じさせる言葉だ。


 それを受けたベルナデット様は、寮長を、それから私を一瞥して。


「まあ安心したまえ。マリモを屋敷に縛り付けるつもりは一切ないよ」


 己の中に引いた一線を、さらりと告げるのだった。



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