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ビニース・ザ・ウィール -反逆少女と宝石令嬢-  作者: 悠葵のんの
第二章《to dress, un-dress and, re-dress》
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第29話『使用人流儀――ジスティとトワル』

     ☆


 七月一日。朝五時。

 清掃用の制服に着替えを済ませて、部屋を出る。


 まだ点灯している壁掛けランプの明かりと、窓から射し込む朝焼けとが重なった、昼夜が混在しているような幻想的な廊下。

 その終点で、ヘッドハウスメイドのジスティさんが私を待っていた。


 今朝は昨日と同じでハウスメイド業務に勤しむことになっている。

 業務開始の時間が三十分ほど早いのは、単にこれが本来の時間だから。

 昨日の朝の時点では、なんだかんだまだ気を遣われていたというか、私がどれだけ使用人をやることに対して本気なのか、その熱意にどれだけ身体が動くのかを試されていたのだろう。


 実際、朝食の給仕という名目でベルナデット様による面談も行われたのだし。

 だから晴れて使用人として雇われた以上、今日から正規の時間で勤めるというわけだ。


 ちなみに流れとしては本日も、朝は清掃、昼は侍女、夜は夕食の給仕とキッチン周りのお手伝いと、数時間ごとに役職が切り替わることになっている。


 土日はまた変わるようだが、平日はもうこのシフトで固定と聞いたので、各種全力投球。

 早く仕事をマスターして、よりお屋敷の力となれるよう頑張るぞ――!


 ……なんて、意気込んだのは良いものの。


「――いいかマリモ。ハウスメイドの仕事の基本はな、自分の腕を伸ばしたときに手の届かない物には触らないことだ。てのも例えば、棚の上の物を取るときや窓掃除のとき。背伸びをしたり梯子を使わなくちゃいけない場合は、急いでいたとしても落ち着いて誰かほかのメイドを頼るんだ。無理して荷物を落とすとか、怪我をするとかさせるような事態は絶対に避けなくちゃならない」


「なるほど……!」


「これはアクシデントを減らして仕事をスムーズに進めるため、マリモ自身の安全のため、そして何よりそれぞれが果たすべき役割に踏み込まないためのルールだ。マリモは特に小柄だから気を付けといてくれ。身体的特徴で仕事の制限をされるってのは窮屈だろうが頼むよ。

 ま――でもやっぱり、そういう仕事はベルナデット様が学院に行ってる昼間に済ませるから、一緒に留守にするマリモまでは回ってこないんだけどな。平日は」


 ジスティさんはそう言って、乾いた口を潤すようにカップに口を付けた。


「な、なるほど……」


 階下の大部屋。気合いに反して予定よりずっと早く仕事を終えてしまったハウスメイド組は、そこで朝食が始まるまでの束の間を、のんびりと過ごしていた。


 まあ……考えてみれば、だ。

 これまで二人でも充分間に合っていたところに、さらに人手が加わったのだから、こうして暇ができるのは当然のことなのよね……。


 これで季節が冬だったら暖炉の掃除とかもやるらしいが、今は七月。

 大広間にある大きな柱時計やシャンデリアの掃除は業者に任せているらしいので、一下働きが下手に手を出すわけにもいかず。


 加えてジスティさんの言うように、朝清掃は昼の本番を見据えた簡易的なもの。

 なので覚えることも比較的少なく、この一時間足らずで一通り習い終えてしまったし……キッチンで何か手伝えることはないかと尋ねてみたが、向こうは向こうで手は足りていると言われてしまって。


 さて、どうしたものか。

 どうにもキャパが余ってしまった。

 肩に力を入れ過ぎた分、その発散先が迷子になってしまった感じだ。


 いや、第一に私は学生なのだから、本分を疎かにするべからずと自習でもするべきなのだろうが……部屋に戻るほど切り替え上手でないというか。

 今以上に効率重視で時間を切り詰めていくと、経験上あとが怖い。


 というわけで今はじっと席に着き、ハウスメイドの仕事論を拝聴しながら、サーヴァントベルが鳴らないか気にかけているわけだが。

 しかし、よくよく考えなくても、ベルナデット様のご用件はお目覚めの際にラフィーネさんに伝えられるので、呼び出しを受けることはまず無いのであった。無念。


「……マリモはあれだよなー。彼氏とかできたら尽くすタイプ。悪く言えばダメ男製造機」


「なぜ悪く言い直すんですか……」


 冗談冗談、と笑うジスティさん。どうやら落ち着かない様子の私を茶化す、ツッコミ待ちのからかいだったらしい。


「まあ使用人向きではありますよね。今ではニッチな職業ですし。よほど献身的だとか、お力になれたらと思うご主人様がいるとか、そういうのがないとやっていけないですから」


 ふむ……私は使用人の歴史に詳しいわけではないけど、それでもその職に縋らざるを得ない時代というのはあったはずだ。


 それに比べるとヘリオスレッタという異世界は、未開拓の部分が多い一方で、主導権を転生者が握っているだけあって価値観はわりと現代寄り……だと思う。

 だから探せば仕事なんていくらでもあるし、資格が必要なら勉強させてくれる制度もある。


 つまりこの世界で使用人を雇うということは、生活を快適にしている以上に、贅沢をしているという側面が大きいのだろうし、使用人側もトワルさんの言うように相応の理由がないとやらない職業なのだろう。


「ちなみに、お二人はどのような理由で、使用人として働くことを選んだのですか?」


「んー……わたしは運が良かったからかな。こっちの世界に来て、とりあえず仕事探すかってなってたときにちょうどこのお屋敷の求人広告を見つけてね。

 使用人については漫画や小説で見た程度の知識しかなかったから、実際に働くとギャップで折れそうになるかもとは思ったけど……ベルナデット様は素敵な方だし、この人に選んでいただけるのなら、覚悟決めてこの道を選ぼう、みたいな?」


「ほうほう……」


 というかトワルさんって転生者だったんだ、と内心驚く。

 ああでも、思い返してみれば私が転生者かどうかもわざわざ聞かれることはなかったし、派閥ができている学院内が例外なだけで、普通はあまり触れないのがマナーなのかな。


 誰だって思い出したくない過去の一つや二つはあるものだけど、その点で言えば、転生者は死の記憶っていう引力――明確な地雷を持っているわけだし。


「あたしは家系だなぁ。我が家は昔からロードナイトのお家に仕えてきたんだよ」


「ラフィーネさんもそうなんですよね」


「まあね。小さい頃からラフィーと一緒に本邸に努めていてさ。使用人やめるって選択肢は、ないこともなかったけど、なんかあいつと楽しくつるみ続けてたら今に至るって感じだな。でも不満はないよ。ここは待遇悪くないし、本家じゃ授かれなかった使用人名も頂けたし」


「使用人名ですか?」


「ロードナイトの伝統さ。『ジスティ』とか『トワル』ってのは精鋭だけが賜る芸名っていうか、二つ名とか称号のほうが近いか。プティエールは人数が少ないから全員貰ってるが、本家じゃそれを目指して切磋琢磨するような、一人前の証だったんだよ」


 へえ、なんだかダブルオーセクションみたいな話だ。

 ……ん、ちょっと待てよ。

 そうなると、このお屋敷で本名を名乗っている使用人って、私だけ……?


「――で、マリモちゃんは?」


「え?」


「マリモちゃんは、どうして使用人として働くことを選んだのかな?」


 ああ、と頷いて私はトワルさんの質問に答えようとした。

 だけどその矢先、鍵束の揺れる音がして。


「おはようございます」


「おはようございます、ラフィーネさん」


 現れたラフィーネさんに起立して挨拶したところで。


「はいはいはい先輩方ぁ、お待たせいたしました~。マリモ、運ぶの手伝って」


「あ、うん」


 と今度はプランに呼ばれ、そんなこんなしているうちに朝食が始まった。

 そしてその頃にはとっくに別の話題が台頭していて、私の返答は有耶無耶になってしまったのだった。


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