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ビニース・ザ・ウィール -反逆少女と宝石令嬢-  作者: 悠葵のんの
第一章《星を追いかけて》
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第2話『待ち構えていたルームメイト』

     ☆


 今年で創立百年を迎えようという、アプステラ魔術学院。

 その敷地は、ヘリオスレッタ中央都市の東西南北に分かれている地区のうち、北区のおよそ三分の一を占めている。


 それは都市内で占有されている土地の中でも随一に広く。

 学院はその七割を教育機関として、豊かな自然に囲まれた山中に初等部を。

 切り拓かれて整備された中心部に中等部と高等部を。

 かつて建造された威風堂々たるお城を再利用する形で大学部を設立。

 そこに併設する形で、残り三割の敷地を様々な研究機関に割り振っている。


 そして、先ほど私が通った由緒正しい雰囲気の門扉もんぴは、各種校舎の付近に一つは設置されている校門の中で、もっとも中高等部に近いものだ。


 校門を抜けるとすぐに緑鮮やかな森に出迎えられ、石垣と呼んでいいのかも分からない、膝のあたりまで切り石を積み上げた、カントリーロードのような細道をしばらく進む。


 そうして五分ほど歩いていくと景色が開け、英国のパブリックスクールを思わせる、ゴシック様式建築の建物が見えてくる。


「――――」


 ――あれが、今日から通うことになる校舎だ。


 L字型の建物を二つ並べる構造をしていて、その手前側が高等部、奥側が中等部になる。


 校舎の前には、用がなくても立ち寄りたくなる優雅な噴水庭園があり、そこから左右に分かれた道を進んでいくと、それぞれ男子寮と女子寮に行くことができる……だったかな。


 時刻は大体、朝の七時半頃。

 揺れるループタイと、赤く煌めく宝石の数々。

 登校中の生徒たちの波に、私はさりげなく合流を果たした。


 ……これで無事、初日から遅刻なんて事態は避けられそうね。

 キリエの気遣いに感謝しないと、と私は安堵の息を漏らした。

 束の間だった。



「――ねえ。あの白い髪の小っちゃい子、例の噂の、じゃない?」



 雑踏。朝の挨拶と何気ない雑談がそこかしこで囁かれる中で。

 まるで狙いすましたかのように、その声は私の耳に入ってきた。


「え? ああ、キリエ様のご友人だっていう?」


 ……さりげなく目線をやる。

 どうやら声の主は、左斜め前方に居る二人組の女生徒のようだ。

 本来はネクタイとして支給されるループタイを、それぞれアクセサリーっぽく使っているのが特徴的で。

 そういう使い方もあるんだ、なんて変に感心しつつ……平然を装って、やけに聞き取れてしまう会話の受け皿となる。


「やーそれもそうだけど……! それだけじゃなくてほら、自分の入学祝いに校舎裏の森を白い桜に変えてしまったって、魔法で!」


「えぇ、そうなの⁉ わたしまた委員会が何か変なことしたのかと思ってた。っていうかあの子、魔法が使えるんだ⁉ えー、協会ウチに来ないかな?」


「前世持ちでキリエ様と仲がいいならまあ、無理じゃないかなぁ……惜しいけど」


 こういうの、カクテルパーティー効果って言うんだっけ。

 大勢が話をしている中でも、自分のことや興味のある話題であれば聞き取ることができるという現象。脳がパンクしないための、無意識の取捨選択のこと。


 いや、どちらかといえば、これはただの自意識過剰なのかもしれない。

 私の中にある罪悪感が、過敏に反応したというだけの――。


「…………」


 私は少しずつ歩を緩め、前髪の隙間から、目立たないように件の森を覗いた。

 校舎の奥。そこには確かに、以前の萌葱もえぎ色の面影など一切残っていない、雪の欠片がそのまま花びらになったような白桜はくおうの群れが存在感を放っている。


 ……あれのために、私は学院の門を叩いた。

 自分の力を正しく扱えるようになるために。

 ひとりで立ち上がり、森を元に戻すために。


「なんて、意気込んではいるけれど……」


 道の途中でぽつんと一人取り残された私は、思わずぼやいてしまう。

 ……いつの間にか、立ち止まっていた。

 白状してしまえば、はっきりとした目標の裏に、不安がないわけではない。


 これまで一度も学んだことのない学問をやろうというのだ。

 内部進学組とは単純に九年の差ができていることになるし、四月に入学してきた一年生でも、既に二か月ちょっとの差が生まれている。


 ……やっていけるだろうか。


 既知とは真逆の未知。確定に対する不確定に、期待を覚えないこともない。

 けれど、いざこうして現実が追い付いてみると……やはり少なからずの不安を覚えてしまう。

 そうして、おもむろに空を見上げた。そのときだ。


「――あなた、マリモジュナ?」


 不意に、背後から名前を呼ばれた。

 振り返って辺りを見回すと、道の脇の木陰こかげのほう、女生徒が立っていた。


 きりっとした顔立ち。肩口で切り揃えてハーフアップにしたダークオレンジの髪。髪より鮮やかなクロムオレンジの瞳。学院の制服が黒を基調としていることも相まって、全体的にアンニュイな感じが強く出ており、なんだか中性的な美青年といった印象を受ける生徒だ。


「何かご用でしょうか?」


「いきなり声掛けちゃってごめんね~。私はコゼット。あなたを寮に案内したいと思って待ってたんだ!」


 コゼット――そう名乗った彼女は、その大人びた外見にしては少し意外な、はつらつとした声と身振り手振りをしてそう言った。

 けど、彼女が笑顔を浮かべるたび、乾燥でひび割れたような唇の傷が、ちょっと痛そうだ。


「寮に? 確か寮長から、案内は放課後の予定だと」


「あーそうなんだー? だったら邪魔しちゃ悪いかな? でも私、長い間ずっと一人で部屋持て余してたからさー。やっとルームメイトができるって聞いて浮き足立っちゃって!」


「ということはコゼットさんが私の?」


「そ! これからよろしく! ねね、まだ時間あるでしょ? なら私らの部屋、ちょーっとだけ覗いていかない? その鞄から飛び出してる明らかに重そうな辞書とか、置いていったほうが絶対楽だしさー?」


 私が放課後に部屋に持ち込むつもりで詰めてきた荷物を指摘し、コゼットさんは両手を後ろで組んで背を屈め、下から覗き込むようにしながら提案してくる。

 何となく断りづらい、愛嬌のある仕草だ。


 さて、どうしたものか。


 せっかくキリエが時間の余裕を作ってくれたのだから、職員室に直行したいというのが本音ではあるが、しかし同時に、寮という集団の中で生活していく以上、変に断って壁を作りたくないのというもまた本音。

 同室なら余計、融通を利かせてあげたい――し、それに。


 ……よし、答えは決まったわね。


「遅刻しない範囲で、でしたらぜひ」


「ほんと⁉」


「はい。お願いします」


「やった! ありがと! じゃあ急いでゴーゴー!」


 コゼットさんは私の手を取り、軽やかに一歩踏み出した。


 優しく引かれて伸びる腕。釣られて自然と動き出す足。

 私はコゼットさんの指先の感触を手のひらで確かめながら、早過ぎず遅過ぎもしない足取りで、噴水庭園を横切り女子寮へと向かう。


 首元で揺れるループタイに、胸を叩かれながら。

 彼女の手首や腰の辺りを、さりげなく観察しながら。


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