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ビニース・ザ・ウィール -反逆少女と宝石令嬢-  作者: 悠葵のんの
第二章《to dress, un-dress and, re-dress》
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第28話『屋根裏部屋での会話』

     ☆


 放課後になってお屋敷に戻ると、トワルさんの指導のもと、昨夜から今朝の間にかけて使わせていただいたあの客室を清掃しようという話になった。


 というのも帰りの馬車の中で、ベルナデット様からラフィーネさんにある命が下されたのである。

 マリモジュナに使用人部屋を用意するように――との、正式な命が。


 そんなわけで、お引越しが決まった私は、最後に自分の手であの客室を綺麗に整えるべきだろうと考えていたのだけれど。

 それが室内清掃の教育をするタイミングを窺っていたジスティさんたちの目に留まり、小一時間ほどみっちり、水回りの掃除からベッドメイキングのやり方などを学ばせていただく運びとなったのだった。


 ――時刻は午後六時。掃除を終えて後腐れなく客室を去った私は、使用人用の階段を上がり、屋根裏の通路に来ていた。


 そう、屋根裏だ。

 階下に使用人用の個室があると聞いていた私は、てっきり半地下のほうに部屋が割り当てられているのだと思ったのだけども、ジスティさん曰く『防犯上の観点』や『庭師とシェフの部屋はそれぞれの主戦場に近いほうがいい』などの理由が重なったことで、女性陣が屋根裏部屋に、男性陣が半地下部屋にそれぞれ居を構える形になったらしい。


 これがお屋敷によっては逆だったりするそうで、

 実際に女性使用人の寝室が半地下に割り当てられていたロードナイト本邸では、冬の地下はとにかく寒かったんだよねぇ……と、ジスティさんがぼやいていた。


 ああそれと、屋根裏は屋根裏で、雨漏りしたときは真っ先に犠牲になるんだけどね、とも。


「――――」


 こつん、と冷たく響くタイルの床を踏み鳴らす。

 控えめに光を放っている壁掛けのランプ。病院を思わせる白塗りの壁。左右に並ぶシックな木製の扉。


 私の部屋は、四角い窓のある突き当たりの右側だ。

 ひんやりしたドアノブに手を掛けて、扉を開ける。


 すると、覚えのある甘い香りが、ふわりと鼻先を撫でた。


 なぜか明かりが付いている室内。そして窓際に佇む金色の人影。

 その正体は――。


「ベ、ベルナデット様……⁉」


「おっと、あまり大きな声を出さないでくれ。私がここに居ると知られては、ほかの使用人たちが落ち着かない」


 せり上がってきた声を抑えられなかった私に対して、眼鏡姿の主人はそっと人差し指を立て、そう呟いた。


「……し、失礼いたしました……ですが、どうしてこちらに?」


「なに、少し用があってね」


「はあ……あ、よろしければどうぞ、そちらの椅子をお使いください」


「ああ、悪いな。……今朝から思っていたのだが、やけに板に付いているというか、順応が早いよな、君」


 言って、一つしかない備え付けの椅子に座るベルナデット様。

 私もベッドに腰を落ち着ける。すると。


「部屋は気に入りそうか?」


 何気なく飛んでくる質問。

 しかし私はそれで、ベルナデット様に気を取られて部屋の感想がすっかり後回しになっていたことに気付く。


 改めて、室内を見回す。

 広さは客室の半分ほど、といったところか。

 家具は必要最低限で、清貧という言葉が似合いそうなこの雰囲気は、私が入居するはずだったあの寮の部屋にそっくりだ。


 つまるところ……。


「その表情、気に入ってくれたようで何よりだ」


 よほど気に入ったのが顔に出てしまっていたのか。

 微笑ましそうに笑うベルナデット様に釣られて、私も笑顔を浮かべる。


「はい。客室も素敵でしたが、性に合うという意味ではこちらのほうがとても落ち着きます。屋根裏部屋はまるで秘密基地のようでロマンがありますし」


「同意するよ。実のところ私も同じことを考えていた――というより、かつて実際に、本家の屋根裏部屋をリエッタとの秘密基地にしていたことを思い出してね」


「リエッタ……さん、ですか?」


 聞き覚えのない名前が挙げられたので、尋ねてみる。


「ジュリエッタ・セルヴィール。ラフィーの妹だ」


「……妹さんが、いらっしゃるのですね。なんでしょう、ちょっと意外です」


 それは単に妹がいるという事実だけでなく、あの使用人の鏡のような、威厳と誇りに満ちた方の生身の部分を覗いたがゆえの感想だった。


「それに私のクラスメイトでもあるぞ。灰がかった青色の髪を襟首のあたりで切り揃えて、毛先をこう、外側にハネさせている女子を見かけたことはないか?」


「――ああ、はい」


 昨日の、ベルナデット様をお茶会に誘うため、三年生の教室を訪れたときのことを思い出す。

 あのとき話した先輩が、きっとそうだ。

 なんて偶然だろう。まさかラフィーネさんの妹と既に会っていたとは。


「機会があったら挨拶しておくといい。本人は腐らせているが、中等部の頃に『個人指導員ハンドラー』の免許を取得している稀有なやつでな」


 ――『個人指導員ハンドラー』とは、いわばアプステラ流の非常勤講師制度のことだ。


 詳しくは知らないが、要は私のような魔導の基礎を構築できていない編入組と、初等部からの内部進学組の間に、どうしても生じてしまう知識や経験の差――それを埋めるため、放課後などにマンツーマンで指導を行い、素早く学院に馴染めるようにするための制度と理解している。


 確か大抵の卒業生や研究棟に進む人は持っている資格と聞いたが、それでも中等部の段階で免許を取得しているというのは、とんでもないことじゃないか。


「基本的な質問には当然答えられるし、もし君が自身の素養を深掘りしたいということなら、例えば君の扱う魔法を魔力属性や学術的観点から分析してアドバイスすることも可能だろう」


「それは……ラフィーネさんに似て、とても頼もしい方のようですね」


「そう言う割には、あまり芳しくない反応だな?」


「いえ、そんな。もしご指導いただけるのであれば、大変光栄なことだと思います。ただ私の魔法――と言っていいのかも分からないあの力は、その属性や性質がどういった枠組みに入るのか、非情に曖昧で」


 私自身、『個人指導員ハンドラー』制度を利用することを考えなかったわけではない。

 実は今日の昼間、魔導具の申請書を受け取る際に、レイヴン先生から勧められもしている。

 

 それでも個人指導にあまり前向きになれない理由としてあるのが、私にはあの力が、他者の指導でどうにかなるような領域を逸脱しているように思えるからだ。


「そうなのか? 校舎裏の森を桜に変えたという話だけを聞けば、まあ理屈は分からんが植物系統、即ち地属性に類するものだと推測するが。

 ……もう少し具体的に訊いても? 案外、現象やそれに至るプロセスを一つ一つ切り分けていけば、答えが見えるかもしれない」


「なるほど……」


 思えば昨日、私がガゼボで見つけた手がかりを、その魔術的知識で繋ぎ合わせてみせたベルナデット様だ。

 話してみれば基礎的な分析だけに留まらず、適切な指導者や、同じ系統の力を持っている人に心当たりがあるかもしれない。


 魔術学院の先輩の知識をお借りするつもりで、私はある特定の条件下で使えるのですが、と前置きした上で話してみた。


「私の魔法は――――」


 するとベルナデット様は。

 ゆっくり目を見開いて、それから眉をひそめて。

 そして最後には、何もなかったように真顔になった。


「この話は聞かなかったことにしよう」


「えぇ……⁉」


「魔的法則というある種の奇跡が存在するこの世界に居ながらも、その力に特異性を覚えた君の感覚は、ズレていなかったということさ」


 なんだかベルナデット様も混乱しているのか妙に迂遠な言い方だけれど、つまり魔の世界に触れて間もない素人の私が自分の力を過大評価してしまっているなんてことではなく、あれは魔の世界にあっても正しく常識外れのモノ……なのか。


 いえ、あれの起源というか出所を考えれば、むしろ納得ではあるが……。


「しかし、あの桜の森を元の姿に……か。まあいい。横道に逸れたが、そろそろ本題に入ろう」


 ああ、そうだった。

 言われて思い出したが、主人は用事があったからこの部屋に来たのだった。

 話を逸らす、いや逸れた話を戻すことで話題を変えたベルナデット様は、封筒を取り出した。


「受け取りなさい」


「は、はい……ええと、中を確認してもよろしいでしょうか?」


「もちろん」


 了承を得てから封筒の中身を覗いた。

 中に入っていたのは、数枚の紙幣だった。


「……お金……? まさかお給料ですか?」


「まさかも何もないし、受け取れませんと言いたげな顔をするんじゃない。今後、毎日渡す物だぞ」


 遠慮いたします、と言いかけたのを先んじて封じられる私。

 主人は悠然と立ち上がり、普段の超然とした雰囲気を身に纏って、私の肩にそっと手を置いた。


「君はちゃんとした使用人として、私に仕えてくれるのだろう?」


「それは……はい……」


「ならば雇用主として対価を支払うのが私の務めだ。分かってくれるな?」


「…………」


 ……ああ。きっと、こういうのをカリスマというのだろう。

 人の心を惹き付ける言葉と所作を併せ持つ、人の上に立つことを求められる人。圧倒的捕食者。そんなすさまじい煌めきに訴えられてしまえば、私に選択肢などあるはずもない。


 それに、このお給料はきっとお心遣いでもあるのだ。

 昼食の一件で私の手持ちがないことを知り、入学したばかりの学生が、それも転生者が、そう多くの財産を保持しているわけがないことを見抜いたがゆえの……。


「……ありがとうございます、ベルナデット様。頂戴いたします」


 本当に、その慧眼と洗練された建前の使い方に心の底からの敬意と感謝を込めて、私は頭を下げた。


「うむ。それから机の上の物はラフィーからだ」


「ラフィーネさんから、ですか?」


 目をやると、机の上にはチューブタイプの小物が置かれていた。

 目を凝らしてみたところ、それは無香料のハンドクリームのようだ。


「外で侍女として振舞う以上、それにうら若き乙女としても、手荒れのケアは重要だからな。現物支給の範疇とはいえ、あとできちんと礼を言っておくといい。ラフィーは厳しいが、かといって優しさを持ち合わせていないわけではない」


「はい、ベルナデット様」


「よろしい。では、私はこれで失礼するよ」


 そうして用事を済ませた主人は、屋根裏部屋をあとにした。

 優雅な嵐のように、ただ静けさだけを残して。


 ……時計を見る。

 ああ、私もいかないと。そろそろ夕食の時間だ。

 確か予定だと、今朝に続いてラフィーネさんと共に給仕に参加。

 その後に階下で夕食をいただいて、お皿洗いを手伝い、自由時間となっている。


 自由時間には予習復習を兼ねた課題消化をするとして。

 職務関係なく明日も五時には起きていることを考えると睡眠時間は……うーん。

 よく何もしない人は曜日感覚がなくなるみたいな話を聞くけれど、それとは真逆の状況でも時間感覚が変になりそうね……。

 忙殺という言葉をこれ以上なく体現しそうな勢いだ。


 でも、心も体も無理をしている感じはまったくない。

 むしろ生きがいのようなもの、久しく忘れていた生きる力のようなものが、私という存在の奥底から溢れてくるように思う。


 これが、幸せ――なのだろうか。そうだと、いいな。


 でも、それとも……。


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