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ビニース・ザ・ウィール -反逆少女と宝石令嬢-  作者: 悠葵のんの
第二章《to dress, un-dress and, re-dress》
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第27話『空中回廊での昼食』

     ☆


「淑女たるもの、秘密の花園の一つや二つは知っていないとな」


 そう言われてベルナデット様に案内されたのは学院の屋上……というか校舎の角と角を結ぶ通用口、と言えばいいかも分からない、とにかく石造りの欄干と申し訳程度の屋根がある、空中か海上にでも浮かんでいるような気分になる通路だった。


 校舎の角にそびえる塔。その螺旋階段を上った先の踊り場に置かれた椅子を二脚拝借し、通路に出て中央部まで運ぶ。

 これで即席のピクニック会場の出来上がりだ。

 かくして私は、ベルナデット様と共に一息ついたのだった。


「それにしてもマリモは力持ちなのだな? まさか一人で運んでしまうとは思わなかったよ」


「恐縮です」


 ――と、平然と返事をしたものの。

 私も内心では、自分で披露した身体能力に驚いていた。


 いや、ひたすらに困惑していたといっていい。

 椅子運びのこともそうだけど特に食堂の一件だ。

 元々、運動は得意なほうだったと思う。

 でもそれはあくまでも、学校の体力測定で、小柄な体格のわりには、クラスでも上位のほうだった――というだけで。

 あんな達人じみた動きができたわけじゃない。


「…………」


 おもむろに広げた右手を、おもむろに握る。

 転生して魔力炉心が活性化した人は、その影響で髪や目の色が変わるという。

 それと同じように身体性能も変化する、ということなのだろうか。

 実際、この白い髪も後天的にこうなったのだから、マリモジュナの変革そのものは確実に起きていると言えるけど……。


 ……まあ自分で自分の身を守れるのは悪いことではないし、むしろ強化された身体能力が使用人として働くのに役立つなら良いことではある、か。


『――奴隷としてしっかり教育してもらいなさいね』


 不意に思い出した言葉。

 それを頭の片隅に置きつつ、私は少し移動し、椅子の半分を空けた。

 そこにハンカチを敷いて、昼食のサンドイッチセットを広げるためだ。


「む……それは」


 私がハンカチを取り出そうとしていると、ベルナデット様が訝しげに言った。

 疑問に思ったのはきっと、ポケットに入りきらずに顔を出していたこの封筒のことだろう。


「また妙な指令書を受け取った、なんて言わないでくれよ?」


「ふふ、ご安心ください。これは魔導具パルマティアの申請書です。食堂に向かう途中で、レイヴン先生から渡されたのです」


 その場面を再現するように、私はサンドイッチをベルナデット様にお渡しする。


「あぁ、どうもそんな気がしないのだが、マリモは入学二日目だものな。使いたいパルマはもう決まっているのか?」


「まだ特には。杖や箒などは王道で良いかなとも思うのですが、それらを使っている自分の姿が、あまりイメージできなくて」


「君のような人は大抵そうだと聞くよ。まあ、当分はその宝石を使ってくれ。……ところで、マリモはいつこちらの世界に?」


「――――」


 たまごサンドに齧りついたまま、口が固まる。


「ん、どうかしたか?」


「ええと……」


 視線を左上から右下のほうへ泳がせながら、大慌てで記憶を手繰り寄せる私。


「六月の……二十、一日に……来ました。はい、この世界に」


「はあ……なかなかどうして、妙な言い回しをするな? ほんの十日前のことなのに、まるで随分と昔のことを話しているかのようだ。ヘリオスレッタの共通言語にはまだ慣れないか?」


 私の言葉遣いを茶化すように、口の端を釣り上げるベルナデット様。

 一方で私は、その勘の鋭さに背筋が凍り付いて、ぎこちない笑顔を浮かべるしかなかった。


「しょ、初日のほうの記憶はちょっと曖昧で、申し訳ございません……」


 そしてぱくり、と私は再びたまごサンドに齧りつく。

 雑談フェーズから食事フェーズに移ることで少々強引だが話を打ち切ろうという魂胆だ。

 けれど当のベルナデット様は、さっと立ち上がり。


「――――、」


 校舎の奥に広がる白桜の群れを眼下に収めたかと思えば、私を振り返った。


 その表情は、先ほどとは打って変わって固く、重く。

 変わらず宝石のように綺麗なスカイブルーの瞳だけが、悲哀を漂わせるベルナデット様自身の意思とは無関係に、恐ろしいほど輝いている。


「記憶が曖昧なのは――『転生者狩り』の事件に巻き込まれたことが原因か?」


「――――――」


 口を開け、声にならない声を出す。

 何と言ったのかは自分でも定かではない。

 ただ少なくともそれは、追及を避けられない、肯定でも否定でもない言葉だったはずだ。


 だから私は一拍置いてから、こう言い直した。


「はい、その通りです」


 嘘ではなかった。ただ、本当のことでもなかった。


「そうだったか……茶化すべきではなかったな」


「もう決着のついたことですし私は気にしていません。ですので、どうかベルナデット様もお気になさらないでください」


「決着がついていて、気にしていない……か。君はあの人を――」


 ……束の間。

 吹き抜けた一陣の風がベルナデット様の口元を隠し、その声を遮った。

 だが、長い長いミルキーブロンドの髪が――私の横髪を掠めるように棚引いた、そのとき。


「果たしたのは――復讐か、赦しか……?」


 囁くような声が私の中に流れ込んできた。

 そして不意に。あまりにも不意に。

 ベルナデット様が知人から紹介され買い取ったという『プティ・シムティエール』が、元々は修道院であったことを想起する。


 ……これは何の根拠もない直感だけれど。

 ベルナデット様にあの建物を紹介した知人とは、街角の不動産などではなく、例えば修道院側のコミュニティに属する人だったのではないか?


 ――もっと言えばそれは、どこかの神父だったのではないだろうか?


 緩慢に立ち上がり、眼下に放たれた主人の視線の先を追いかける。

 地上には白い桜の群れ。

 そしてその中には宗教特区からの、あるいは特区成立以前からの、出張所としてアプステラの敷地内に建造された――教会が存在している。


 数日前、私はあの場所で魔法を使った。

 連続殺人鬼――『転生者狩り』。

 その一端を担っていた、神父を捕らえるために。

 ああ……だからベルナデット様は。

 信じたモノに裏切られたような、あるいは他者に信頼を預けた自分自身に失望するような、そんな表情をしているのだろうか……?


 まだ、自らの知人が連続殺人鬼として逮捕されたという事実に、気持ちの整理を付けられていないから。


「……思えば、ひとつ腑に落ちないことがあった」


 なんでしょう、と私は視線を向ける。


「マリモはお茶会で何かが起こると予見し対策を講じたが、私に事情を話すことはしなかったな?

 それに指令書を受け取ってすぐに動いたのも、よくよく考えればおかしな話だ。次の日に持ち越して時間を稼ぐという手もあったはずなのに。なぜ君がわざわざ相手の思惑に乗るような真似をしたのか、ずっと腑に落ちなかった。

 だが今なら――漠然とだが、分かる気がする」


 風に乗って空中を舞う、桜の花びら。

 そのヒトヒラを目で追いながら、ベルナデット様は言葉を続けた。


「君は自らが事態の主導権を握っている間に、水面下で相手の思惑を破綻させることで、私のみならず相手も守ろうと考えたのだな?

 最終的に事情を打ち明けようと決めたのも、自分ではなく、相手にとっての寛大な処分を私に望めると判断したからではないか?」


 あるいはもっとシンプルに、相手が思い留まってくれることを最後まで願っていたというのもありそうだが――と、主人は具体的なモノを手探るように、思いついたことをそのまま呟いてみせる。


 対する私は、空を見上げた。自らの星と向かい合うために。


「今では……思い上がりの間違いであったと身に染みています。いえ、きっと初めから分かっていたのです。あの指令書を無視するか、すべてをベルナデット様に話してこちらから打って出ることこそが、何の文句のつけようもない、正しい行動なのだと。それでも、私は――」


「ふふ……人に善性があると思っている者は愚かだよ。今の時代、いや、どの時代でも……」


 突き放すような冷たい声。しかしそれは、かつて信じたモノに裏切られた経験のある人にしか出せない声であり、言葉で。

 だけど。


「だとしても――私は信じたかったのです」


「……マリモは何か、諦めたくないモノを持っているのだな……」


 それは、ベルナデット様も同じなのではないですか?

 そう問いかけようとして隣を向くと。


 ――ぴたりと、スカイブルーの瞳と視線が重なった。


 どうやら先に私を見つめられていたらしいその目は、とても強い眼差しを放っている。

 欲しいモノを目の前にしたときのように瞳孔が開いて、じっと、私の目に見えているモノを覗こうとしているような――紛れもない熱視線。


「ならば……次は止めてみせろよ」


「次、ですか?」


「マリモに昼食を買いに行ってもらったのは、中庭で確認しておきたいことがあったからだ。昨夜の推測通り、ガゼボの隣木、それから少し離れた場所の樹木にも、目立たない場所に魔術式があったよ。どうやら相手は本当に面倒な魔術操作をしていた。あれは、一度きりで終わるには手間が掛かりすぎだ」


 つまり、と一呼吸置いてから、ベルナデット様は告げる。


「昨日のは実験だったのだ。魔術理論の実証実験。では、それが成功したということは?」


「……今後、同じ現象がより大きな規模で起きるということですね」


 そしてその今後とは、おそらく来週の式典だ。

 コゼットと名乗った彼女の狙いがベルナデット様個人なのか。

 あるいは派閥間の抗争を誘うことなのか。

 正確なところは未だ不明だが……派手にやるなら式典は恰好の舞台だろう。


 こつんと、控えめな足音が響く。


「……ここは中庭がよく見えるな」


 ベルナデット様は先ほど見ていた桜の群れとは反対側、すなわち校舎側に足を向けて、そう呟いた。


「まさか、昨日の魔術はこの場所で行われたのですか?」


「確証はないがな。……この辺りに立って。この辺りに手をついて。陽射しを浴びて。風に髪を揺らして。魔術式を起動して。この場所から私たちを見ていた者は、一体どんな想いを抱えていたのだろうか。来てみれば何か掴めるかと思いもしたが――君はどうか?」


「それは、残念ながら私にも分かりかねますが……分かりたいですよね」


 欄干の上面に手を置いて、震えそうになる足に力を入れながら、そう答えると。


「まったく君からは、自分を罠にかけた相手への怒りが感じられないよな」


 ベルナデット様は呆れたように眉を吊り上げて、小さく微笑んだ。


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