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ビニース・ザ・ウィール -反逆少女と宝石令嬢-  作者: 悠葵のんの
第二章《to dress, un-dress and, re-dress》
23/64

第22話『階下の朝食』

     ☆


 午前六時。時計の針はあっという間に回り、朝食の時間が近づいていた。


 正門付近を掃除していたトワルさんから声をかけられ、掃除は終了。

 簡単な自己紹介を交わしつつ、様子を見に来たジスティさんと合流。

 掃除用具を返却し、それから三人で、階下へと向かう。


 階下とは、使用人たちが普段利用する、半地下のフロアのことを言うらしい。


 住み込みで働く使用人のための個室。

 食事を用意するのに必要なキッチン。

 銀器などの備品を置いておく倉庫。

 さらに洗濯室にアイロン室、まだまだその他等々……とにかく華やかで生活感のない表舞台である上とは正反対のバックヤード、それが階下とのこと。


 そしてお二方に案内されたのは、中でも一番大きな大部屋だった。


 大部屋は使用人たちの憩いの場であり、朝礼の場や食堂も兼ねているらしく。

 じきに階下の住人たちが集まり、そこで朝食が始まるというわけだ。


 部屋の中央に置かれた長テーブルには、既に食器が並べられている。

 数えてみたが、全部で八人分か。

 私が知っている方を含めてもあと二人、初対面の方が来るみたいだ。


「……あれは……」


 ふと、卓上や部屋の装飾を観察していると、ある物が目に入った。

 上座側の壁面。小型のベルがいくつも設置されている。

 異様な光景だ。それぞれのベルには、玄関や書斎と書かれたプレートが添えられているけれど、これは一体……。


「サーヴァントベルだな。部屋の壁に紐みたいなの、ぶら下がってなかったか? それを引くと対応したベルが鳴るようになってるんだよ。で、それを見た使用人がすぐにご用件をお伺いにってわけ」


 ああ、と得心がいった私は何度か頷いた。

 紐とはきっと応接間にあったあれのことだ。

 実際、それが引かれてすぐにラフィーネさんが来てくれていた。

 例えるならあれは、病院のナースコールのような仕掛けだったわけね。


 現代のホテルなどでは内線に置き換えられているシステムだが、伝統を重んじた敢えての選択、なのかもしれない。


 家電自体、この世界では一部の上流層にしか出回ってないという話だけれど、それでいったらこのお屋敷にも、その力自体はあるように思えるし。


「マリモ。こっち、座りなよ。トワルの横」


 後ろから声をかけられる。

 気付けば、隣に立っていたはずのジスティさんは椅子に座っていた。

 ヘッドドレスを外して放り出された艶のある黒髪が、背もたれにかかっている。


 ……ええと、確かこのあとは給仕とやらに参加する予定だ。

 どうせ着替えるならと、私も被っていた頭巾を取って席に着いた。


「ふぁ~、ぉはよざいま~す」


 階段のほうから聞き覚えのある声が響く。

 すぐに気怠そうな様子で大部屋に入ってきたのは、私服姿のライナさんだった。


「おいライナ、寝ぐせ付いてんぞ」


「んー、こういう髪型で通せません?」


「だらしない大学生の典型はやめてくださーい」


「トワルの言う通りだね。シャツのボタンも掛け違ってるし、ラフィーの説教食らう前にしゃっきり直してこいよ」


「はいはい、怖いお姉様方だなぁ……」


 苦笑を浮かべ、降参を宣言するように両手を挙げたライナさんは、引き返して部屋を出ていく。

 するとまた一人、誰かの足音が聞こえた。

 入れ替わるように現れたのは初老の男性だ。

 精悍な顔付き。オールバックに整えられた髪。埃一つ付いていない執事服を着こなすその姿は、まさしく執事という言葉からイメージする姿そのものだ。


「おはようございます、グットレットさん」


「おはよう、ジスティ。トワル。そちらはマリモだね? 話は聞いているよ」


「はじめまして、マリモです。よろしくお願いします」


 席から立ち上がり、挨拶と共にお辞儀をする。

 束の間、頭を下げた私の眼前に、白い手袋を着けた右手が差し出された。


「私はグットレット。そう畏まらなくて結構だ。執事バトラーの役職を与えられているが、このお屋敷では穀潰しのようなものでね。幽霊使用人だとでも思ってくれ」


「そ、そう……ですか……?」


 幽霊使用人。幽霊部員のようなニュアンスだろうか。

 困惑しつつ、ひとまず握手に応じる。


「そう謙遜しないでくださいよ。給仕の数が足りないディナーでの貴方の第一下僕ファーストフットマンぶりは、文句のつけようがないほど完璧じゃないですか」


「君の冗談は昔から、分かりやすいときとそうでないときがあるな。今のは当然、後者だ」


 何やら茶化したらしいジスティさんの対面に、グットレットさんが座る。

 それを見て私も椅子に座り直す。

 すると隣席のトワルさんが、耳貸して、とジェスチャーをした。


「……グットレットさんはね、本邸から遣わされたお目付け役なの。ここでの立場はラフィーネさんに上を譲っているけど、本邸で長年執事をしていたこともあって、全体を俯瞰する指導教官みたいな感じかな。人手が足りないときは色々手伝ってくれるんだよ」


 本人の言う通り、普段は見守るだけで何もしないんだけどね……と、少し呆れたように、どこか楽しそうに語るトワルさん。


「なるほど……なんだか特殊な立場なんですね」


「そういうこと。まあここはセオリーから外れてるところのほうが多いけどね」


「ちなみにラフィーネさんの役職は何でしょうか? てっきりあの方が執事かと」


「イメージ的には間違いでもないよ。執事の仕事も、身の回りのお世話をする従者の仕事も、ラフィーネさんがやってるし。

 でも正確な役職は家令スチュワードかな。すべての使用人のトップで、お屋敷の管理だけじゃなくベルナデット様の事業にも携わって手腕を発揮する、まさに公私を支えるパートナー――主に付き従う影なる者って感じ」


「スチュワード……」


 初めて聞いたその役職名を、なんとなく呟く。

 細分化された役割。存在する序列。

 大勢が働くお屋敷はもはや一つの会社なのね。

 どうもここは一般的ではない部分が多いらしいけれど、執事やメイドと聞いて、それをモチーフにした喫茶店や家事代行のお手伝いさんなどを想像する私にとっては、何もかもが目新しい世界であることに変わりない。


 じわじわと好奇心を刺激された私は、続けてほかの方の役職を尋ねてみた。


 すると、ジスティさんはヘッドハウスメイドという、いわゆる現場監督のような立場であり、トワルさんはその下働きなのだとか。

 ライナさんは大学生活の傍ら、庭師ガーデナーとして庭園のデザインや整備、温室で野菜や果物の栽培をしているだとか。

 キッチンには例外的権力を持つシェフのクーペさんと、その部下のキッチンメイドにプランシュという女の子がいるとかなんとか。


 いろいろと説明してくれるトワルさん。

 襲い来る情報量に負けじと、熱心になって話を聞いていると、また新しい人影が大部屋に一人。


「おはようございます、先輩方ぁ」


「おはよう。プランシュ」


 グットレットさんが挨拶を返し、それを皮切りに全員がおはようを続ける。

 プランシュ。お皿を乗せたトレーを持つその子は、私やトワルさんの着るメイド服とはまた違った意匠の制服を着ていた。


 彼女が話に聞いたキッチンメイドか。見たところ同年代のようだ。

 私も早速挨拶を――と声をかけようとした。その矢先だった。


「全員、揃っていますか?」


 ラフィーネさんが現れた。

 その姿が見えたのと同時に、着席していた全員が起立する。

 一瞬遅れてだが、私も。


「ライナがまだですが、もう来る頃合いでしょう」


「分かりました。お嬢様からお話があるとのことなので、今朝の朝食は私抜きで構いません。皆が席に着いたら、そのまま食べ始めてください。それでは」


 かつん、と優美に踵を返し、ラフィーネさんは颯爽とこの場を去る。

 直後、僅かに椅子を引き摺る音がして、次々と席に座り直していく使用人たち。

 ……すべてが一瞬のことだった。

 活気に溢れていた部屋の空気を掌握し、そして手短に用件を伝え、手離すまで。


「…………」


 まさしく使用人の頂点となる威厳と品格――一対一で話していたときや、ジスティさんとやり取りしていたときともまた違ったあの方のオーラに、その残響に、私は未だやられていた。


 なんていうか……壁を目の前にした気分だ。

 大きく分厚い、超えるイメージの湧かない年季の壁。


 その隙の無さ、存在の重さは、長年執事をしていたというグットレットさんとも遜色がないように思える。

 ラフィーネさんは一体どのくらい使用人として働き、どのくらいの経験を積んできたのだろうか。

 ……なんて、思わずそのルーツについて、拙い想像を巡らせていると。


「お待たせしましたよ~――と、んん?」


 間が良いのか悪いのか。

 身嗜みを整えたライナさんが、しゃきっとした顔で戻ってきた。


「おや、プランちゃんもこっちに来てるってことは、本当にお待たせしすぎちゃったみたいだね」


「早く座りなさい、ライナ。朝食にしよう」


 全員が席に着き、代表してグットレットさんが食前の挨拶をする。

 続いて他の使用人方や私も、いただきます、と唱える。


 さあ、何はともあれ朝食の始まりだ。


 メニューはトースト、ジャム、スクランブルエッグ、ベーコン、サラダと王道なラインナップ。

 それぞれが食べやすい量で、ワンプレートにまとめられている。

 普段は朝食を抜くことが多い私でも、これなら完食できそうだ。


「――そういや、マリモっていくつなんだ?」


 朝食が始まってしばらく。

 黙々と食べ進めていたところ、そんな質問がジスティさんから飛んできた。

 話の流れとしては、ベルナデット先輩が演説を行うのはアプステラ創立百周年を記念してだという話から、トワルさんの誕生日の話になり、そこから年齢の話に派生した感じだ。


「十六です。あと何ヶ月かすれば十七になります」


「プランと同い年じゃん」


「みたいですねぇ」


「そっけないなー、同じアプステラ生だろ」


 そうなんだ、と内心ちょっと驚く。

 同年代だと思っていたけれど、同じ年でまさか学院生だったなんて。


 ……となると、彼女も例の騒動のことは知っているはず。

 ならばその素っ気なさの理由は、怒りか、無関心か、あるいは――。


「クラスは? マリモも二年だよな?」


「あ、いえ。私は魔導の知識がまったくないので一年生スタートなんです」


「へー、そういう感じなんだ。ならまだ分からないことのほうが多いだろうに、それで面倒事にも巻き込まれちまうとは災難だったね」


「……私自身が呼び込んだようなものですので、文句は言えません」


「自覚、あるんだ?」


 フォークの先でプチトマトを貫きながら、プランシュさんが言った。


「あまり穏やかでない言い方だね」


「失礼しました、グットレットさん。ですがマリモジュナといったら、アプステラじゃちょっとした有名人ですよ。『親愛なる光輝(ディアシリウス)』の恋人だとか、ミラー商会のお坊ちゃんに一目惚れされて誘拐されたとか、連続殺人鬼を捕まえたとか、校舎裏の森を白い桜にしちゃうとか。そういうゴシップに事欠かないから、変なヤツに目を付けられたんじゃない?」


「……多少尾ひれは付いていますが……返す言葉もありません」


 できれば恋人と一目惚れの部分は明確に否定しておきたかったけれど、私は白旗をあげるように、それ以上は何も言わなかった。


 彼女の言い方は確かにトゲトゲしていたが、敵意というほどではない。

 あくまで、そういう噂があるという事実を並べただけだ。

 多分、火のないところに煙は立たないみたいな考えがあって、実際の私がどんな人間かを見極めようとしているのだろう。


 マリモジュナは打たれるべき杭なのか。

 それとも共に食卓を囲むことを許容していい人間なのか――といった具合に。


 だとするならば、私にできるのはただ空の両手を掲げることだけだ。

 噂の大半は真実だから、それが気になるなら無理に交流する必要はない。

 こちらにも、特別気を張って警戒するような敵意は存在しない。


 ――だからどうか。

 同じ場所で生きることを、ほんの少しの間だけ受け止めてほしい。


 そういった意思の表明だ。


「――――、」


 ……ふと。

 私めがけてじっと目を細めていたプランシュさんの視線が、少し下に逸れた。

 見ているのは私の首。胸。いや……手元。

 完食して空になったお皿のようだ。


「……お粗末様」


 短く、そして小さく一言呟いて、プランシュさんが立ち上がった。


「じゃああたし、ガッコー行くんで。……あんたは? 一緒に行く?」


「え、オレ?」


 お茶を飲む手を止めて、顔を上げるライナさん。


「あんたじゃないわよ! マリモに言ったの、マリモにぃ!」


「ははっ、なんてね、分かってる分かってる。でも君、ちょっと恥ずかしがってオレのほうに俯いてたから。そんなんじゃ伝わらないよ。ねえマリモちゃん?」


「いえ、結構伝わっていました」


「おっと……これはなんだか流れが変わってきたね?」


「そんな流れ、元から無いでしょうが……。それで、こんな人はともかく、どうすんの?」


 改めて訊かれた私は、記憶の中から午前の予定表を引っ張り出す。

 うーん……なるほど……。


「すみません。お誘いはとても嬉しいのですが、先輩と――ベルナデット様と一緒に登校する予定になっていて」


「ならプランがそっちに合わせていけば? たまには一緒に馬車でさー」


 いい案だと思った。が、そう感じたのは私だけだったようで。


「遠慮しますぅ。ベルナデット様とご一緒するなんて気まずいし。どうせラフィーネさんも一緒に乗るだろうし。胃潰瘍にでもなりかねない……ってことで、では」


 今日のところは一人で行くと即断したらしいプランシュさん。

 お皿を持って大部屋を出ていこうとする彼女は、最後に足を止めて言った。


「あ。今の、告げ口したら許さないからね。下の階での愚痴や秘密は下の階の仲間内で留めておくのがマナーだから。それと、次はマリモから誘うように」


「分かりました」


「あと敬語もナシ!」


「……うん」


 返事の声は微笑を伴って、自然と弾んだものが出た。

 次の約束ができたようで、下の階の仲間として認めてもらえたようで、嬉しかったから。


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