第20話『使用人生活・一日目』
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翌日――六月三十日。火曜日。
時計が五時二十分を指し示し、朝の雲雀が鳴き出した頃。
昨夜と同じノックの音が聞こえた。
どうぞ、と返事をすると扉が開き、麗人が姿を見せる。
室内に響くのは規則正しい足音と、腰に提げた鍵束の発する金属音。
早朝のどこか弛緩した空気を引き締める、厳かな存在感。
私は敬意を持って、挨拶をした。
「おはようございます。ラフィーネさん」
「おはようございます、マリモ」
昨日と違い名前を呼び捨てにされたのは、もうお客様扱いされてないことを意味していた。
改めて、身も心も引き締まる思いだ。
「寝坊の心配はないようですね。普段からこの時間に起きているのですか?」
「眠りが浅いほうなんです。体調に問題はありませんので、もしお手伝いできることがあるようでしたら、もっと早い時間からでもお勤めできます」
「そうですか、覚えておきましょう。……これを。昨夜採寸した通りに整えてあります」
ラフィーネさんは左腕に抱えていた物をベッドの上に並べた。
それは綺麗に畳まれたお屋敷での制服――メイド服だった。
しかも見たところ二種類ある。
「白いエプロンのほうは給仕やベッドメイク用に。グレーのほうは汚れても構わない掃除用に使います。それから午前のスケジュールを書き出しました。頭に入れておいてください」
「は、はい。ありがとうございます」
さっと内ポケットから取り出されたメモ用紙を私は受け取り、早速目を通す。
何々……五時半から六時まで館内清掃の手伝い。
その後に朝食と着替えを済ませ、七時からダイニングルームでの給仕に参加。
それが終わり次第、登校の準備を整えて七時五十分には馬車でお屋敷を出発。
学院に到着後はお昼休みまで自由時間。
昼食はベルナデット先輩とご一緒して。
放課後にまた馬車を使って、お屋敷に帰ってくる……と。
「帰宅後と明日以降のシフトはまだ調整中ですので、決定次第お知らせします」
「かしこまりました」
「それでは速やかに着替えを。既に日は高く――初陣はもうすぐそこですよ」
「……はい」
静かに、けれど己を鼓舞するように返事をする。
外で待っていると言って、一足先に部屋を出るラフィーネさんを見届け、制服に手を伸ばす。
「…………?」
ふと、ポケットの縁に小さく刺繍された文字が目に入った。
J――私のイニシャルだろうか?
いや、昨夜の採寸後に入れたにしては、糸が古いような気がする。
となるとこれは、前の持ち主のモノか――と、いけないいけない。
思索に耽る状況じゃないぞ、今は。
と、私は素早く黒のワンピースとグレーのエプロンを身に纏い。
束ねた髪に被せるようにして、白いヘッドドレスを飾って……よし。
メイド服という使用人にとっての甲冑に衣装チェンジした私は、最後に室内を一望できる位置でお辞儀をしてから、客室を出た。
お客様としてこの部屋に戻ることは、きっともうないだろうから。




