第19話『――まだ、星は見えている』
☆
時刻は午後九時過ぎ。
私は窓辺のソファーに座り、ぼうっと雨の音を聴いていた。
目の前にあるテーブルの上には、空のお弁当箱。
採寸を終えて、再び空っぽの時間を過ごして。
それからようやく食欲が出てきて、食べることができた。
……結局、時間も場所も大きく予定を外すことになったな、と苦笑する。
教室か。階段の踊り場か。中庭か。最悪お手洗いでひとり寂しく――なんて考えてもいたけれど、的中したのはひとりの部分だけで。
その事実が、なんだか少しだけおかしかった。
ままならない現実。もどかしい空想。
微かな嬉しさもあれば、どうしようもない不甲斐なさもある。
せめて自らの意思で選択できたのは、夕食をここで済ませることぐらいか。
というのも実は、客室に案内される直前、先輩からディナーのお誘いを頂くという一幕があったのだ。
華麗かつ荘厳であるお屋敷の、魅惑の一夜。
豪勢なディナーを前に、きちんとマナーを守れているか緊張しながら、先輩と談笑しながら食事をさせてもらうという夢のような機会は、手を伸ばせば届く位置にあった――けれど。
なぜそれを、心苦しくも辞退させてもらったのか。
理由としては、手付かずのお弁当を無駄にするのが勿体なかったのもあるが……正直、ひとりで考える時間が欲しかったというのが、比重としては大きい。
今日は本当に、色々なことがあったから。
静かに思索に耽る時間が……必要だった。
「…………」
ダブルベッドの横に置かれた暖色のライトが、ガラス窓に張り付く雨粒を照らしている。
カーテンが閉じられていないのは、わざわざ私が開けたから。
昔からの癖、とでもいうべきか。
月明かりを浴びる夜から、網膜を焼く夜明けの陽射しへと。
終わりも始まりも曖昧になる日々の中で、それだけが、私の寄る辺だった。
しかし当然、今夜の月は雲に隠れてしまっている。
見えるとすれば、窓に反射している自分の姿だけ。
色のない粒がぱらぱらと、透明の向こう側にいる私に降り注いでいる。
服も、髪も、頬も、濡れることはないけれど。
段々と輪郭が失われて、暗闇に溶けるみたい。
進むべき道は不確かで。貫くべき流儀は言葉にできなくて。
何も成し得ていない口だけの無形が、寂寞の中で下唇を噛んだ。
赤が垂れる。地面に落ちて小さな海を作る。
むせかえるようなペトリコール。宿業の轍。
亜麻色の罪科は私の背後で何よりも優しく微笑み、首元に両腕を絡ませる。
墜ちゆく先は虚無――からっぽのそら、だけど。
「まだ、私には見えている……」
向かい風に煽られる暗い海の上でも、信じたいモノ。諦めたくないナニカ。
それは正しさとは違って。
きっと見返りでもなくて。
まだ形にするには遠いけれど、だとしても見えているんだ。
いつか隣り合った星のような、青く尊い、灯台の光が――――。




