表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ビニース・ザ・ウィール -反逆少女と宝石令嬢-  作者: 悠葵のんの
第一章《星を追いかけて》
2/64

第1話『Even when apart, like Spica.』

     ☆


 ――無いモノをあげることができるか。

 それが愛を受け取れなかった私の、それでも愛を返したかった私の。

 人生のテーマだった。


「ん――ちょっと待って、マリー」


「どうかした?」


 隣を歩いていたキリエが、急に足を止めた。

 私は振り返ってその顔を見上げる。私と彼女の身長差はちょうど三十センチもあるので、さながら星の浮かぶ夜空を観測するみたいな、結構な角度になるのだ。


 そうして見つけたキリエの、まるで流れ星のように煌めく紫色の右目は、すぐ横の路地へと向けられていた。

 視線の先を追いかけて、キリエが立ち止まった理由を理解する。


「あ……」


 北区特有の、個性を引き換えにして見栄えのいい統一感を手に入れた、西洋風の街並み。

 その建物と建物の間。眩い朝の陽射しでさえ仄暗さを拭いきれない細い路地に――女の子が座り込んでいた。


 外見から推察するに、年齢は小学校の中学年ぐらい。

 傍から見て一目で迷子だと分かるほどに、その子は今にも泣き出しそうな顔をしていて。

 どこに通じているのかも定かではない道を前に、怯えて動けなくなっていた。


 親が手を離してしまったのか。

 一緒に登校していた同級生を見失ってしまったのか。

 あるいは――このヘリオスレッタで迷子といえば、思い当たる節がもう一つ。


「あの子、もしかして」


「うん、あの日の君と同じだ。……ごめん、先に行ってて」


 申し訳なさそうな声で、もう見慣れたお人好しの顔で、キリエはそう言った。


「私も行くわ。転生直後の人を見つけた場合、速やかに最寄りの騎士団まで送り届けなければならない――それがこの世界のルールなのでしょう?」


「一人付き添えば問題ないよ。君を初日から遅刻させるわけにはいかない。それに、どうせこのまま一緒に行ってたら、また迷惑かけてただろうしさ。ここは私も一緒に助けると思って、ね?」


「……もう」


 苦笑してしまう。

 そんな言い方されたら納得するしかないと、すっかり見抜かれている。

 それがなんだか、もどかしくて、小気味よくて。


「分かった、分かったから。……代わりにこれ。よければあの子に」


 私はポケットから飴――りんご味とぶどう味――を二つ取り出して、それをキリエに握らせた。

 このあと緊張したときのためにと忍ばせていたものだが、役立つかもしれない。

 飴で気を引こうだなんてとんだ子供騙しで、気休めにもならないありがた迷惑だと自覚してはいるけれど。

 それでもと……祈りを込めて。


「うん。任せて」


「それじゃあ、また学院でね。サボっちゃダメよ?」


 ちょっとしたお返しのつもりで言ってやると、キリエは私と同じ困ったような笑みをこぼしてから、路地のほうに足を向けた。


「ちぇー、よく分かってらっしゃる。……また、あとでね」


 黒革の手袋を付けた右手を軽く振って、路地へと吸い込まれていく彼女の背中。

 その姿を横目に、私は通学路へときびすを返す。

 束の間。陽射しが生み出した私自身の影の中に、いつかの光景を見た。


 ――夜の世界。青白い月明りだけが照らす、もう見慣れたレンガの街並み。

 カビくさい路地裏の壁に背中を預ける私と、私に手を差し伸べてくれた彼女。


 ここは異世界――ヘリオスレッタ。


 ある誰かは、ここを『大いなる車輪に押し潰された者の行き着く世界』と。

 ある神父は『天国と地獄の狭間である罪を浄化するための煉獄』と。

 私は『報われなかったモノに報いを与えるための世界』と解釈した。


 きっと、明確な答えはないのだと思う。

 ただ確かなのは、ここに転生した以上、あの子もきっと何か大切なモノを失ったということで。

 そして前世と同じ魂を宿すその身体うつわは、忘れたい記憶を嫌でも忘れさせてくれないはずだ。


 ……失意の果てに空へとちた、私のように。


 あの子のもとにも、きっといつか報いが訪れる。

 それを、あの子はどう受け取るだろうか。

 この世界のことを教えられて。

 もう二度と会えない家族や友人の顔を思い出して。

 絶望に病んでケア施設に送られるか――あるいは授かった奇跡を胸に、前を向いて生きていくことを選ぶのか。


 ……分からない。

 それはあの子の物語で。

 それは私の与り知らぬところで紡がれていく物語だから。


 それでも一つ言えることがあるとするなら。

 あの子のエスコートを引き受けたキリスキリエは、星の光を宿している。

 身を焦がすほどに眩しく、雪を融かす春の陽光のような。

 そんな優しい温もりを。


 六月二十一日になったばかりの夜。

 あるいは六月十九日の昼間から始まった、再誕の六日間。

 それを乗り越え、命をやり直すことを決めた私は、彼女の輝きをこの身をもって味わった。


 だから心配することはない。

 あの子に何があっても、きっとキリエが力になってくれる。


 ふとよぎった一抹の不安を振り払うように、私は歩き出した。

 いつかどこかで、あの子と巡り合えることを、想像しながら。


 さあ往こう。

 本日、六月二十九日。アプステラ魔術学院にて。

 私――マリモジュナの、第二の学生生活が幕を開ける。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ