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ビニース・ザ・ウィール -反逆少女と宝石令嬢-  作者: 悠葵のんの
第一章《星を追いかけて》
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第18話『残響し続ける雨音』

     ☆


「――まだ、気にしているの?」


「当たり前よ」


「先輩方は、そうでもなかったみたいだけど」


「自覚と自罰を投げ捨てていい理由にはならないわ」


「あなたが自らに生きることを赦したのと同じように?」


「そう……生きることを赦した……自分で、自分に……けれどそれは解放じゃなくて、楽になることじゃなくて……そうなってはいけなくて」


「じゃあ、他人を信じるのは自分が救われたいからか」


「違うッ……はずよ……信じることで、祈ることで……変えられるものだって……」


「盲目的になってはダメだよ。本当は分かっているんでしょ? ただ信じるだけでは、愛するだけでは、受け取ってもらえないこともあるって」


「お母さんのことを言っているの?」「――そう思うなら、そうかも」「受け取れなかったのは私の責任よ」「そうだね、子供だからって選択の意思を剥奪されるのは良くないよね」「信じることは間違いじゃなくて、伝え方が拙かっただけ」「諦めたくないよね。「今度はもっと、上手く……。「どうすればいいの? 「分からない。「次なんてあるの? 「まだ全部が終わったわけじゃない……やり直すことは……。自己中心的になって、また誰かを傷つけるの? そうしたいわけじゃない。けど傷つけることでしか関われない。仕方ないと割り切ることはできない。割り切ってはいけない。開き直ってはいけない。探し続けるしかない。選び続けるしかない。選ぶということに酔って依存しているだけよ。ただ言葉と価値観に反発しているだけよ。やり直しをできることに甘えているの。無意識のうちに望んでいるの。そうでしょう、毬萌樹那。え? 毬萌樹那って、誰の――」


 ――――――コン、コン、コン。


 午後八時過ぎ。お屋敷の二階。ホテルのように整えられた、華やかな客室。

 ひとまずの自由時間を迎えた私は、何はともあれ、備え付けのシャワールームで汗を流すことにした。

 そうして一時間ほどが経過し、髪を乾かして、用意していただいた服に着替えを済ませる。


 扉がノックされたのは、そんな頃合いだった。


「採寸の準備が整いました。入ってもよろしいでしょうか?」


「――はい」


 ノック音に続いた言葉に、短く返事をする。

 すぐに扉が開いて、冷たい通路の空気の匂いが入ってくる。

 私は窓辺のソファーから立ち上がって、その方を出迎えた。


「…………」


 身に纏った黒い燕尾服。対照的な淡いライトブルーの髪。

 ハニーイエローの瞳。流麗なシルエット。荘厳さを纏う存在感。

 その腰には鍵束が下げられており、歩くたび、微かに響く金属の音。

 それはまるで、聴いた者の心を律する鐘の音のようで。


 ――麗人。その立ち姿を見て、やはり思う。


 外見からその人のすべてを推し測ることは不可能だし、そうすることは褒められた行いではないが……それを承知の上で思う。


 この方、明らかにライナさんよりも高位の使用人だ。

 漂う雰囲気というか。一朝一夕ではそうはいかない所作というか。

 とにかく使用人としての年輪のようなモノがそう感じさせる。分からされる。


「……申し訳ございません。やはりサイズが大きかったようですね」


「あ……いえ」


 そのような方に開口一番謝罪されたものだから、戸惑う私。

 サイズが大きいというのは、用意していただいた着替えのことだ。

 これでもお屋敷にある中では一番小さなサイズらしいのだが、私の体格的に、多少……布が余ってしまっている。本当に多少ね。


「……特に問題はありません。寝間着はオーバーサイズのほうが気楽ですから」


 ただ、寝間着についてはそれで良くても、仕事用の服――つまり使用人の制服でそれは許されない。

 裾を踏んで転んでは危ないし、単純に見た目としてもだらしがない。


 ゆえに制服のほうは、きちんとサイズを合わせなければならない、のだが。

 寝間着同様、制服もピッタリの物の用意はないらしく……。


 翌日から、そして八日間という短期間のみ使用することを考えると、さすがに在庫のあるサイズの裾直しをしたほうが早い――と、そのような結論に落ち着いたため、こうして採寸をしてもらうことになったのである。


「お気遣いありがとうございます。ええと――」


「申し遅れました。私はラフィーネ・セルヴィールといいます。どうぞラフィーネとお呼びください」


「ラフィーネさん……改めまして、マリモジュナです。その、明日からよろしくお願いします。精一杯、頑張ります」


 ……言葉を探した。挨拶の言葉。伝えるべき言葉。


 ご迷惑をおかけして、とか。

 お手間をとらせてしまい、とか。

 受け入れてくださり感謝します、とか。

 様々な言葉が、浮かんでは消えて……どれも結局、自分を楽にするためだけの言葉のように思えて。


 だから最終的には、月並みなことしか言えなかった。

 それでも……それしかできないのなら、せめてと。

 私は深く、深く頭を下げる。


「…………」


 まるで伽藍洞であるかのように、虚しく響く雨の音。

 一秒が経ち、十秒が過ぎて、なおも永遠のような沈黙が続く。

 そして、これ以上は見苦しいだけだと悟った……三十秒後。

 私がゆっくりと顔を上げると。


「こちらこそ。よろしくお願いいたします。それでは、採寸を始めましょう」


 リファインさんは小さく頷いて、そう告げた。

 そこには確かに、私の存在を許容するという意思が、感じられた。


 かくして、採寸が始まった。

 服を脱いで、下着姿になる。身長。バスト。ウエスト。ヒップ。肩幅。股下……と、上から下まで機械的に計測されていく。


 ラフィーネさんの手際は恐ろしいほど良く。

 サイドテーブルに置かれた用紙に、すらすらと数字(わたし)が羅列されていく。


「…………」


 じろり、と気になって用紙を覗く。


 身長――百四十センチ。ほう、なるほど……。

 最後に測ったときはギリギリ百三十九だった。

 どうやらこちらの世界に来てから伸びたらしい。普通に嬉しい。


 なんて、心の中でガッツポーズしているうちに、気付けば撤収されていく採寸道具たち。


「……以上です。用紙のほうはこちらで責任を以て処分いたしますので、ご安心ください」


「あ、はい……」


 じっと数字を見つめていたせいだろう。

 個人情報漏洩の心配をしていると思われたみたいで、そんなことを言われてしまった。


「それではこれで失礼いたします。次は明日の朝――五時二十分頃に伺います。それまではゆっくりお休みください」


 その言葉を最後に、客室を去るラフィーネさん。

 これから制服の調整に入るのだろう。本当に、感謝してもしきれない。

 ……ここに居ることを、認められた。

 ならば、私のやるべきことは。私にできることは……。


 室内に静寂が満ちる。雨の音だけが響く時間が――再び訪れる。


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