第17話『祈りだけは手放さないように』
☆
「使用、人――」
その言葉を、込められた意味を、確かめるように繰り返す。
「奉仕の精神に触れることで他者を重んじること、誠実さの何たるかを学んでもらう――という体で、ひとまず演説が終わる七月七日まで君を保護したいのだ。これなら体裁としての処罰と安全の保障を同時に果たすことができる。決して悪い話ではないと思うが、どうかな?」
当惑する私に、先輩が提案の意図を説明してくれる。
聞けば納得しかない見事に合理的な判断だ、けれど……。
「今は寮にいるよりこっちのほうが居心地いいだろうし、私は良いと思うわ」
寮長が冷静な意見をくれるが、なおも私はなんと答えるべきか迷っていた。
「どうしても気が進まないということなら、別の案を考えるが」
「いえ――!」
思わず、前のめりになって否定する。
嫌というわけではないんだ。むしろ本心は……逆。
私は短く息を吸って、胸中を表す言葉を、まだ不確かながらもどうにか手繰り寄せる。
「断りたいわけではないんです。ただ……建前ではない本当の使用人として、奉仕の精神を学ばせていただくことはできませんか?」
「実際に働きたいのか? まあ……使用人をやらせているとただ吹聴するよりは、真実味は出るだろうが」
「まあ実際にそうなるんだものね」
「私は思わぬスイッチを押してしまったかな。マリモ。本当に、それでいいのだな?」
変わらない声色で、しかし真剣な表情で、先輩は私に問う。
罪悪感の清算や免罪符の獲得のためにやるつもりでは、ほかの使用人への無礼に当たると。そのような感情だけで務まる仕事ではないと。
だからこそ私は答える。
「――お願いします」
先輩の瞳を見つめて、頭を下げた。
「ふむ……分かった。サイズの合う制服があるか探させよう」
「ありがとうございます……!」
「……ふ」
心からの感謝を伝えると、先輩は変わったものを見たような、少し呆気にとられたような短い笑い声を漏らして、ぱんっ、と両手を重ねた。
「さて、今日はここまでにしよう。ご両人、何か話足りないことは?」
「大丈夫。私はそろそろ失礼するわ。寮長が門限破りはちょっとね」
「そうか、ディナーを一緒にと思ったがそれなら仕方ない。ライナに送らせよう」
「助かるわ。ちょうど、寮の花壇のことや木の管理について訊こうと思ってたの」
「あまりウチの庭師の技術を盗んでくれるなよ」
庭師だったんだ、ライナさん。と、意外な発覚に内心驚きつつ。
ふと今さらながら、寮長に訊きたいことを思い出した私は、軽く手を挙げた。
「――あの、寮長」
「なぁに?」
「放課後にクロヴィスという生徒から伝言を受け取りましたか? 約束していた寮の案内に行けないことを知って、代わりに断りを入れると言ってくれて……」
「そうなの? 気の利く友人が傍に居るのは素敵なことね。でも残念、会ってないわ。マリモちゃんも来るって聞いてベルナと一緒にお屋敷に来たから、入れ違いになっちゃったみたい」
「そう、でしたか」
「先約に割り込んだのは私だ。必要なら一言フォローを入れるが」
「いえ、お気持ちだけで充分です。明日、話してみます」
……そうか、入れ違いになってしまったのか。
またどうにも噛み合わないというか、悪いことしちゃったな……。
いや、彼の性格を考えれば、無駄骨を折らせたことよりもむしろ、役目を果たせなかったことのほうを不服に感じていそうだ。
私への悪意の余波を被った可能性もある。
いずれにしてもその辺り、明日きちんと話さないと。
「ではマリモ、今夜から滞在ということでいいかな」
言いながら、壁に沿うように天井から垂れていた紐を引く先輩。
……なんだろう、あれ。ただの装飾では、ないみたいだけど。
「荷物があれば運ばせるが、寮に?」
それなら送りついでにライナが回収できる、と続ける先輩に、私は首を振った。
あの部屋に置いたのは重い辞書だけだし、明日にでも自分で回収できる。
あとはその他の生活用品についてだが、それは。
「実は着替えやほかの荷物は、まだキリエの家にあるんです。放課後にでも運び込む予定だったのですが、すっかりタイミングを失ってしまって」
「――――、彼女の家で暮らしていたのか? ……いや、深くは聞かないでおこう。滞在中は屋敷の物を使ってくれて構わない。彼女の持ち家の場所を暴いてしまうわけにはいかないからな」
「……お言葉に甘えさせていただきます」
相変わらず、キリエの一匹狼ぶりと秘密主義が災いして、妙な勘違いをされる私だった。
そんなやり取りをしているうちに、燕尾服の方、そしてライナさんが揃う。
別れの挨拶を交わし、ライナさんを連れてお屋敷をあとにする寮長。
一方で私は、燕尾服の方によって客室へと案内されることに。
時刻は午後七時になろうかという頃。外では、雨が降り出していた――。




