第16話『三者、面談』
☆
話し始めてから、かれこれ十五分ほど経っただろうか。
途中、燕尾服の方が紅茶を届けに来てくれて。
それで乾いた唇を潤す一幕もあって。
そうして――コゼットと名乗ったルームメイト。寮の伝統と指令書。お茶会への参加と、水面下での……結局失敗に終わった、些細な目論見についてなど。
私が一通り話し終えたところで、思案げに腕を組むベルナデット先輩。
「さて……起きた出来事の流れは理解したが、どれから掘り下げたものか、といったところだな。個人的には君の対応策について――いや、君がなぜ、そのコゼットという女生徒に違和感を抱いたのか知りたい」
了承の意を込めて頷く。
「彼女は出会ったときからループタイを身に付けていませんでした。まず最初に引っかかったのが、そこです」
学院の制服は、一般的なネクタイではなくループタイが支給される。
そしてその装飾の形で学年を判別するため、名札のような感じで、必ず目に見える箇所に身に付けることが高速で義務付けられているのだ。
無論、いかに校則といえど、たとえば休日でも外出時には制服を着用しなければならないというような、守っている生徒のほうが少ない形だけのルールになっている可能性も充分にあった。
だが、初期の比較対象とした通学路を歩いていた生徒の大半は、きちんとネクタイとして使っていたし。
そうでない生徒も、手首や二の腕にアクセサリーのように巻くとか、髪留めとして使う、ベルトに提げて垂らすなど、ルール違反にならない範囲でのお洒落の工夫が見受けられた。
それほどまでに、身に付けないという選択肢は排除されているのだ。
やはりその点から見れば、コゼットは異質だったと言える。
「それを指摘したところ、修理に出していると彼女は言ってしましたが――」
「……学年の特定を避けるためだろうな。留め具に施された宝石は、魔導具として使う生徒が多い。申請すればすぐに代わりが支給されるよう私が手配している」
「…………」
私の疑問を、宝石の提供者というとんでもない立場から補強してくれるベルナデット先輩。
というか、魔導具としても使えるんだ……あの宝石。
無論、全員が全員あの宝石を使っているわけではないと思うけど、感覚的には授業用のタブレット端末みたいなものなのだし、それは確かに、校則に逆らってまで持ち歩かないなんて選択肢がないわけだ。
「ほかには何か?」
「あ、ええと……あとは案内された部屋にあった荷物、ですね。あまりにも物が少なかったので、あくまで可能性の一つとして、ルームメイトを装っているのかもしれない――と。
その後に友人から、伝統が寮生以外を巻き込むことは珍しいと聞いて、狙いはベルナデット先輩個人か派閥間の抗争を引き起こすことだと推測しました」
「それで相手が、指令書に書かれたお茶会で事を起こすつもりなら、茶葉や茶器に細工をするかもしれない。そこで攪乱になればと、普段は使わない――本来使われる予定ではなかった品の数々を用意してもらった、だな?」
「……はい」
「ふむ。その見事な観察眼に反して、多少腑に落ちない点はあるが……まあいい。次はあの場で掴んだ手掛かりについて、聞かせてもらえるか?」
私は先輩が稼いでくれた時間の中で発見した手がかりのことを話した。
「……カップの裏の染み、枯れていた雑草、地面にあった謎の痕跡か……なるほどな。魔術式が見つからなかったわけだ」
納得がいったと言うように頷く先輩。
そのスカイブルーの目が、私と寮長を交互に見つめて。
それからトントンと、踵を使って床板が叩かれる。
「術式は地中で構築されたのだ。木の根っこ――樹根を使ってな」
「……あやとりでもするみたいに? 木の根っこってそんなに伸びるの?」
「私も植物系は詳しくないが、術者の魔力だけでなく、周囲の植物から生命力も奪ってる。枯れた雑草がその証左だ。そこまですれば不可能ではないと私は思う」
……想像してみて、頷く。
今回、私がベルナデット先輩を誘う相手に選ばれたのは、偶然かもしれない。
丁度よく悪目立ちしているヤツが現れて。
丁度よく委員会に近い立ち位置で。
丁度よく利用できそうな伝統があったから、巻き込まれただけかもしれない。
けれど、お茶会で騒ぎを起こすという計画自体は、かなり綿密に組まれていた。
少なくとも私にはそう感じられた。
ならば相手は、『私とベルナデット先輩がガゼボに案内されなかった場合でも実行できる作戦』を用意していて然るべきなのではないか――?
そしてベルナデット先輩の仮説で考えると、だ。
樹根の長さや魔術式の大きさなどの条件さえ揃うなら、左右を樹木に挟まれたガゼボは言わずもがな、お茶会のすべての席を、魔術の射程圏内に含めることができたことになる。
つまり相手の作戦はきちんと、私たちがどの席に座っても騒ぎを起こせるようにできていた、ということだ。
逆算するような思考だが、そう考えると、可能性はかなり高いと私も思った。
「そしてマリモの言うカップの染みとは、おそらく血液だろう。血液は術者にとってマーカーにもなる。あの魔術は威力こそ弱かったが、狙いは正確だったからな。
割れたカップが一つだけだったことからも、術者は遠距離から目視でカップを見分け、地下で構築した術式を経由し魔術を発動、目標のカップにのみ効果を発揮させた――そう考えるのが妥当だな」
「術式と物理的にパスを結ぶか、同一のモノと置換して、ということなら……ええ、可能ね」
「…………」
パス。置換。さらりと流れていく単語に若干理解が追い付かない私。
ええと……思い出せ……そう、魔術を電化製品だとするなら、だ。
前者だった場合、仕組みは単純。
要はコンセントにすごく長いケーブルを接続して、力技で遠くから電源を入れるという方法だ。
そして後者だった場合、ちょっと複雑だけれど。
全く同一の電化製品――たとえばテレビAとテレビBを遠近の二ヶ所に配置し、手元のAのリモコンを押したら遠くのテレビBに電源が入るよう、信号の行き先を置き換えるという方法だ。
対応するリモコンに、対応するテレビが反応した。
その事実の一致さえ作れるなら、因果に問題はなく、魔術として成立し、距離の制限を解消できる……理論としては、そんな感じだった気がする。
「植物操作は地属性。カップの破壊は――極小規模の爆破と解釈するなら火属性。相性は可もなく不可もなくだから、そこの『二重属性』は珍しくない……けれど、工程数も魔力消費量も多いし、手間を分散させるために、二人組で動いている可能性は捨てきれないわね」
「いや――三人目も視野に入れるべきだろう」
と、寮長の分析に待ったをかけるベルナデット先輩。
「それってセレナちゃんのこと?」
「ほう、なぜそう考えた?」
「カップを使うとき、よほどのことがない限り、普通は汚れをチェックするわよね? セレナちゃんならその辺り、怠ることはないと思う。けれど状況から考えるに、仕掛けは全部のカップにされていた。
とすると可能性はふたつ。
一度チェックを終えて中庭に運んだあとに細工されたから、気付かなかった。
あるいは――備品を管理をする立場にある彼女が、犯人の協力者だから」
「…………」
いや、確かにそれは真っ先に疑われるべきことだが、それゆえに。
「私はそうは思わないな」
ベルナデット先輩が冷静に否定する。
「お茶会はセレナ・ホーソンの努力が結実したものだ。結果的に難を逃れているが、失うリスクを超えるメリットがあるとは思えない。だからひとまずは、巻き込まれただけと見ていいだろう」
「……ま、さすがにそうよね。そんなことをすれば真っ先に疑われることは明白だもの。それが分からない子じゃないわ」
反対意見を出された寮長は、あっさりとそれを認めた。
いや、むしろ否定されるために意見を出したのだろう。
可能性を潰しておくことは思考の整理にも繋がる、大切なことだ。
「同じ理由で、今日の参加者への疑いも一段階弱めていいだろう。全員、以前からの常連だそうだ」
つまり、相手が単独であれ複数であれ。
少なくとも中庭には居なかった、ということか。
「それと言い忘れていたが、マリモが去ったあとに聞いた話では、備品の管理体制はそこまで厳重ではないそうだ」
「手を出そうと思えば誰にでもできた、ってことね」
「そしてカップに血液が付着したのは、中庭――君が言ったように、セレナが備品を運び込んだ後だと私は見ている。手段は同じく、魔術の遠隔起動だ」
「血液を操作して付着させたというの? それは、ただマーカーにするのとは、求められる技術が違うわ」
「ゆえにカップを破壊した術者とは別だろう」
「血液は持ち主の魔力の影響を残すわ。仮に術者が二人、血液が二種類あって、片方が片方を取り込んで操作しようとしても、感覚が阻害されて難しいんじゃないかしら。麻酔を打たれた手でナイフとフォークを使うようなものよ」
「ああ、だからマーカーの血に混ぜたのは、単純にただの水だったのではないかな。そうすれば魔力同士の干渉は最低限になる。
そして流体操作は水の領分。火と水の『二重属性』は珍しい。地と水はあり得るが、やはり工程数と魔力消費量の観点から、分担していてもおかしくない」
「よって三人……ね。じゃあ次よ。その肝心の血液は、一体どこに仕込まれていたのかしら」
議題が次に移る。が、ここまで探偵役を担ってきたベルナデット先輩とって、それは既に解かれた謎のようで。
「――実はあのテーブルの上には、洗浄されることのなかった物があった。血液入りの水はそこに仕込まれていたのさ。マリモなら分かるはずだ」
言って先輩は、先ほど燕尾服の方が運んできたトレーを目で示した。
そこには、私が昼間触れたような紅茶を淹れるための茶器が並んでいて。
そしてその中にも、多少大きさは違えど確かに置かれていた。
セレナ先輩があらかじめ洗浄するカップでも、ポットでもない、それは。
「――――お湯を捨てる、水瓶」
「その通り。観賞用も兼ねているアレを、使用前と後で二度も洗うのは、骨が折れるからな。洗浄は基本的に使用後のみだそうだ」
「……今後はそうもいかないでしょうね」
「まったくだ。ともかく、あの水瓶であれば、前もって細工をした上でセレナの目を潜り抜けることができる――全体の流れとしてはこうだ」
人差し指が立てられる。
ベルナデット先輩による、ピースの組み立てが始まる。
「まず何者かが、水で薄めた血液を水瓶に仕込む。
その後それは、セレナによって茶器と一緒に中庭に運び込まれる。
そして、お湯の準備か何かでセレナがその場を離れた瞬間、魔術で樹木に干渉。
地中で樹根を張り巡らせ、流体操作用の魔術式を構築。
別の術師が同一の式を構築、置換することで、離れた場所から魔術を行使。
水瓶内の血液を操り、カップの裏面に付着させる。
予定より数は増えていたが問題はなかった。
その後すぐに地中の術式を、カップ破壊用のモノに再構築。
私とマリモが来るのを待つ。
あとは頃合いを見計らい、同じように魔術式の置換が行われる。
血液のマーカーを利用し、私に差し出されたカップのみを破壊。
見事、マリモが私に紅茶をかけたように見せかけた――というわけだ」
「……こう並べてみると、なんだか随分と手間のかかることをするのね……?」
「同感だが、わりと手応えはある」
言って、紅茶で口を潤すベルナデット先輩。
だが……ふとした懸念が、私の脳内を駆ける。
魔術のトリックについては、きっと間違いはないのだろう。
というか疑問を挟むだけの知識は私にはない。
だから思うのは、暴かれたトリックは果たして、どこまでコゼットに繋がる手がかりになるのか――ということ。
学年を偽られた以上、コゼットというのも偽名である可能性は高い。
そして、寮の伝統と水瓶――この二つの情報は、知ろうとしなければ手に入らないモノだが、しかし関係者でなければ知り得ないというほどの機密性があるわけでもない。
もしコゼットが寮生でなく、お茶会に参加したこともないのであれば。
辿れるのは彼女の協力者のほう……だけれど。
魔力属性と術式を特定したところで、それがどの程度の材料になるというのか。
素人の私にはさっぱりだ。
完全犯罪なんて言うつもりはない。
けどこれって、結構そのレベルに近いものがあるわよね……。
「そういえば先輩、ガゼボの後片付けをしたのは誰だったのですか?」
「そっちは空振りだ。主催のセレナなら角が立たないという流れになって、結局彼女が片付けた。……調査の起点にするなら寮とお茶会の関係者からだが、もう一押し何か欲しいな」
どうやら先輩も同じことを考えていたようだ。
片っ端から調べるにしても、せめて方向性を決める情報が欲しいと呟く先輩。
それでふと、まだ話していなかったことがあるのを思い出した。
「もしかしたら彼女は今、精神的に余裕がない状況――いじめや家庭内での悩みを抱えているかもしれません」
「それは本当か? 根拠はなんだ」
「手を握られたとき、引っかかる感触がありました。爪を噛む癖があります。下唇にもいくつか出血の痕が。単なる癖と言われたらそうですが、言い方を選ばなければそれらは……」
「……自傷行為、か」
「あくまで推測ですが……」
「いや、覚えておこう。指針にはなるはずだ」
「ひとまず、この辺りが限界のようね」
一区切りついたところで、寮長がソファーから立ち上がった。
お茶のおかわりを淹れるみたいだ。
それに続いて先輩もカップを持ち、ポットの順番待ちをするように、寮長の隣に悠然と並んだ。
「やはり、寮内で思い当たる生徒はいないか?」
「さっぱりよ。嘘と真実を上手く使い分けてる。貴女のほうこそどうなの?」
「誤解を恐れずに言えば、ありすぎて分からん。今は特に注目を浴びているからな」
「じゃあ演説の妨害が目的? 委員会側からの?」
……はて、演説?
そういえば今朝、来週予定されている式典がどうのとレイヴン先生が言っていた気がする。
クロヴィスと挨拶をしていたからあまりよく聞けてなかったけれど、先輩はそこで演説をするのか。
そういえば、お茶会への誘いが寮長による警鐘かとも言っていた。
先輩は、こういうことが起こり得ると予測していたのか。
……だから私の招待に応じたし、打って出るという選択肢も存在していた。
「私個人への恨みか、私を利用して協会を煽っているのかははっきりしないがな」
「いっそのこと辞退したら?」
「滅多なことは言わないでくれ。百年祭の幕開けとなる演説は名誉あることだぞ。それに案外、私はカモフラージュで、マリモを使って舞台に引き摺り出したい人物がいるという線も残っている」
「――キリエですね」
話の矛先が向いたので、その名を出す。
キリエは学院に六人しかいない特別生――『親愛なる光輝』の一人だ。
地位もあれば影響力も充分にある。
私を釣り餌にして彼女に接触し、勢力図を塗り替えようと画策している、か。
実際、成功しかけた前例もあることだし、全然有り得る話だけれど……。
「彼女とは話したか? 噂を鵜呑みにするようだが、仲が良いのだろう?」
「それが今朝別れたきり会えていません。彼女のことですから、困った事態に陥っているわけではないと思いますが」
キリエの持つ力を考えれば、この事態が見逃されているということが既に、状況が最悪ではないことを意味していると言える。
かなりずるい、物の見方だけどね。
「機を窺っているのかもしれません。介入をするか、しないか。すると決めているなら、そのときをじっと待っているのではないかと」
「……そうか」
キリエのことはイレギュラーとして扱うしかない。
その共通認識が出来上がったところで、私たち三人はお茶に口を付けた。
なんだか微笑ましい光景だったが、間延びした沈黙がふと、窓を叩くような風の音を浮き彫りにする。
午後はずっと曇り空だったし、雨が降り出しているのかもしれない。
ヘリオスレッタの気候と合致しているかは不明だけど、六月下旬といえば梅雨の季節だし。
「……それで? 結論としては、今後どういう方針で行くつもりなの?」
「できれば内々で調査して解決したいところだな。犯人を突き止めて停学などの措置をとったとしても、問題の根本的な解決になるとは限らん。どころか教師は事を大げさにするだけだ」
「同意し難いわね。もしもマリモちゃんの推測通りにコゼットという子が問題を抱えているなら、それは教師の領分よ。頼れるなら大人を頼る。結局はそれが最善だと思うわ」
「理解はする。だがひとまずは、こちらで調べさせてもらう。あとのことはそれからだ」
無論その結果次第では事後報告になるだろう、と暗に言う先輩。
しかし、寮長が引っかかったのはそこではなかったようで。
「こちらって……マリモちゃんを危険な目に合わせちゃダメよ?」
「分かっているとも。何のために傍に置くと思っている」
うん――? さらりと呟かれた言葉に、私は顔を上げた。
何か今、聞き逃してはいけないことを言っていたような……。
「あの、傍に置くとは?」
「ああ、マリモにはまだ伝えていなかったな。すっかりそのつもりになっていたよ。いや実を言えば、それこそが君を屋敷に招いた理由でね」
「は、はぁ……それは一体……?」
いまいち話が見えなかったので首を傾げる。
すると先輩は、カップをサイドテーブルに置いて。
それから改めて、その透き通った空の色の瞳を、私に向けた。
「――――、」
どくん、と心臓が高鳴る。
――――やはり、あの瞳は。
「皆の前で宣言した以上、処分を下さなければならないのは分かるな?」
あのスカイブルーが見上げる曇天は。
一体、どれだけ鈍色を保っていられるだろうか。
そのうち吸い込まれるようにして。
すべてが青に溶け去ってしまいそう――なんて。
場違いにも考えてしまうぐらい、先輩の瞳は相変わらず宝石のように綺麗で。
「実際、ここで君に自由を与えても名誉の回復は成されないだろう。ゆえにこれは、私から君に与えるペナルティだ」
不変と輝きを包括した眼差しで一直線に私の芯を貫いて。
ベルナデット・M・ロードナイトは告げるのだった。
「――明日から八日間、この屋敷で使用人として私に仕えてほしい」
マリモジュナを彼方の蒼天へと導くような、そんな言葉を。




