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ビニース・ザ・ウィール -反逆少女と宝石令嬢-  作者: 悠葵のんの
第一章《星を追いかけて》
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第12話『失われた指針』

     ☆


「ロードナイト先輩」


「騒ぎを起こして申し訳ない。私としたことが取り乱して声を荒げてしまった」


 ベルナデット先輩の時間稼ぎが始まる。

 私はまず真っ先に、カップの破片を集めて、それらを簡単に繋ぎ合わせた。


 紅茶が爆ぜる直前、底が光っていたはずだ。

 使われたのは間違いなく魔術。細工されていたのはカップかソーサー。


 けど……ダメだ。どちらにも魔術式は見当たらない。

 先輩はああ言っていたけど、魔術の発動を終えて消滅してしまったのか……?

 ならばと私は、未だ『アネモネ』の入ったもう一つのカップに目をやる。


「一体何が? わたしの用意に何か不手際がありましたか?」


「いいや、君やこのお茶会に非はないよ。一切な。本当に、過ぎてみれば詳しく語るまでもないことなのだ。ただ、トラブルを起こした場合のここでのペナルティを確認したい」


「それは……驚かれるでしょうが、実は細かく決まっているわけではなくて」


「ふむ、法を犯すものがいなければ法律は作られないか」


 カップは、普段ならば保管されていた物。あらかじめ手出しできない物だった。

 さらに言えば、どれを使うか選んだのは先輩だ。

 そして――、


『カップはシンプルなレリーフの……いや、そちらのポットマリーゴールドの物にしよう。あまり見ない意匠だ。たまには派手に舞い上がってみるのも悪くない』


 推察するに今回、ベルナデット先輩は普段の好みとは違う物を選んだ。

 つまりは予測のできない選択をした。

 にもかかわらず事が起きたということは、仕掛けはすべてのカップまたはソーサーにされていた可能性が高い。

 おそらくはカップを並べ終えたセレナ先輩が、さっきのように中庭を離れた、その隙を狙って――。


 となればティートローリー上の未使用のカップとソーサー、そして同じ条件下であの現象が起きていない私の分の一客には、まだ魔術式が消えずに残っているかもしれない。


 早速カップの中を覗く――紅茶の中、何も変なところはない。

 なら次はカップを持ち上げてソーサーの裏表だ。


「……っ」


 まずい……こっちも何もない。普通の刻印だけ。


 最後。コンパクトミラーを取り出して、反射させる形でカップの裏面を見る。

 ――――――、ない。

 何も……魔術式なんてどこにも見当たらない……。

 いや、というかそもそもの話だ。

 カップは最初、すべて裏向きに置かれていた。葉っぱとか虫が入らないように。

 ならば、もし魔術式があったとしてもカップ選びの時点で気付くはず……。


「…………?」


 けど、なんだろう。

 よく見ると、魔術式ではないが薄っすらと……茶渋のような汚れがある。

 なんだ。何かが引っかかる。

 普通、茶渋が残るとしたら紅茶が触れる表面だろう。

 それにセレナ先輩のことだから、カップは使用する前に、一度きちんと洗浄されているはず。


 もしこれが誰かの細工の痕跡だとするなら、いつ行われたモノ……?

 いいえ、そうじゃなくて――一体どんな方法で付けたモノなの?


 考えながら視線を走らせる。奇妙な染み汚れは、未使用の物も含めて、すべてのカップの裏側に付着していた。


「一応、可能であれば生徒間で解決を、それが難しいようならレイヴン先生の判断を仰ぐことになっています」


「ならばこの件は私に預けてもらえないだろうか。本来はお茶会の主催者である君が処遇を決めるのが筋だが、あまり大事にしたくない。内々で処理したいのだ」


「お心遣いに感謝します。しかしどのような事情であれ、貴女が関わる時点で注目を集めることは避けられないのでは? 彼女はわたしの友人です。何かご無礼があったのなら、わたしも共に責任を負うべきでしょう」


「……やれやれ、まったく君は善人だな」


 茶渋が魔術の痕跡、というのもおかしな話だが、とにかく手がかりは見つけた。

 あとは魔術式そのものを見つけられたらいいのだけど……コンパクトミラーを使って、机の裏や椅子の裏、それに天井も一通り観察してみたが、それらしい痕跡は影も形もない。


 絶対に魔術式があると仮定した上で、残っている可能性はなんだ?

 例えば陽射しを利用して影絵で陣を構築したとか?

 あるいはもっと単純に、上……ガゼボの屋根のどこか?

 もしくは反対に――、


「――――」


 私は足元に目をやってから、ガゼボ外周の地面を見た。

 少し離れているが、ここはその左右を大きな木に挟まれている。

 そしてそれらの根本から、僅かながら土が盛り上がっていて、線を描いているように見えるのは気のせいだろうか。


 ……まるで、モグラか何かが地面の下を掘って動いたみたい。

 それに加えて、木の周囲の雑草が……枯れている。


「白状すれば、私はそれを望んでいる。私たちに注目を集め、あくまでこのお茶会は無関係だとアピールしたい。なぜならそれが偽りのない真実だからだ」


「それは……」


「理解してくれるな? 生きていれば被る必要のない泥を被らねばならないときもあるだろう。だが君のそれは、今ではない」


「…………。……ひとまず、この場は飲み込みます。ですが、あとで必ず事情説明をすると、約束してくださいますか?」


「ああ、ロードナイトの名に――いや、亡き母に誓おう」


「……結構です。ほかに、わたしにできることは?」


「では手間をかけて申し訳ないが、君の口からほかの参加者に伝えてくれ。これは私と彼女の個人的な問題であるため手出しは無用だと。それから……率先してここの片付けをしたいと申し出る生徒がいたら、任せてやってほしい」


 セレナ先輩の返事は聞こえなかったが、すぐに踵を返す靴音が響いた。

 話は終わったのだろう。ベルナデット先輩が作ってくれた猶予も同様に。

 直後、頭上から先輩の小声が降ってくる。


「君は戻れ。私は適当に会話をしながら、誰がこの場を片付けるのか見届ける。放課後に使いを出すから、教室で待っていてくれ。念のため『アネモネ』を合言葉にしよう」


「……はい、分かりました。あの、先輩……こんなことになって本当にごめ――」


「よせ。君の気持ちは充分伝わっている。それが偽りでないことも理解している。だが過度な謝罪は、赦すことを強いられているようであまりいい気分ではない。……では、またあとで」


「――――、」


 離れていく先輩に声をかけたかった。

 更なる謝意でも、別れの挨拶でも、とにかく何でも。

 だけど、喉元までこみ上げたどの言葉も、今は相応しくないと自問自答を繰り返して。


 ……口を開けたまま数秒。結局何も言えなかった私は、無言で席を立った。


 眼下にはイエローとオレンジの入り混じるポットマリーゴールドが咲いて、割かれて、けれど枯れないままでいて。


 鋭く尖った花のヒトヒラは色鮮やかに、私の網膜を、胸の内側を突き刺して止まなかった。


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