4 チャリン
「……違うのかい?」
一瞬あっけにとられるも、それを悟られないようにうなずく。「……ふぅん」
けれど、
「いやッ、しかし、出発はあすの朝だから!」
慌てたように手を振っている。
「 今夜はどうにも、おあつらえ向きとはいい難く……日が変わり、朝日が昇ったら、この敷地の裏手の、雑木林まで来てほしい!」
「……?」
雑木林──この病院の裏庭の奥に、たしかに密林のようなそれはある。
「チャーリーが眠ってこの夜が明けたら、雑木林で落ち合おう。私はそこで待っているから」
「ありがとう」
と、どこか静かな彼を見上げれば、
「ハッハ、いやなに、大したことではない!」
調子をとり戻し笑っている。けれど、ふいに笑みを収めて、
「ところで、突然のことで申し訳ないのだが……」
うつむきながら小さな声でいう。
なんだろうか。少しかまえながらうなずく。
「べつにいいよ」いまさら突然もなにもない。
「ホントウ? それはよかった!」とわかりやすくホッとした笑みを浮かべると、
「じつは、こちらのもろもろの都合により、キミの名を改めなければならなくてな」
「……名前?」
いま?
「そう改名!」
すると彼はいても立ってもいられないようすで、早口になって身を乗り出してくる。
「ステキな名前があるのだ! キミにピッタリな!」
と、チャーリーがなにを思う隙もなく、彼はその名を口にする。
「チャーリー・リムノン──キミの名を改め、きょうからキミは『チャリン・リムノン』だ!」
「チャリン・リムノン……」
なにやら顔をのぞき込んでくる、したりガオのそれを放って、口の中で響きを転がす。
チャリン……うん、これは──
「いいじゃないか」
〝チャーリー〟改めきょうから『チャリン』も、なかなかしっくりくる名前だ。喜んでいる彼にたずねる。
「でも、〝チャーリー〟だから『チャリン』かい?」けっこう安直。「あんまり変わらないね」
あんまりどころか名残すぎな〝チャーリー〟、苗字は変えなくてもいいんだろうか。そもそも都合とはなんだろう。
「大丈夫である!」大きくうなずく。「もとの名から一文字違えれば見つけられない……」
「見つけられない?」
「キミを見つけられないと、そういうイミだ!」
クルリと背を向け、あまりにも不自然なほどカオをそむけるので、これ以上の詮索はよしておく。
なにも聞かれないとわかったのか、彼はもう一度クルリと回って、
「ハッハ! それでは私は帰るとしよう!」背筋をピンと伸ばしている。「積もる仕事もあるのでな!」
夢喰いもまた忙しいんだろう。
そういって、一歩踏み出す彼。ふいにこちらを振り返って、
「あぁそうだ。先ほど『四度失敗した』といったが、今回も失敗に終わるかもしれない」
…………。
「後出しなヤツだね」
イヤ気が差してそういうと、彼は笑い出す。
「ハッハ、なに、たぶん大丈夫である! 私もそろそろコツを掴んできたところ。あすの朝、 私との記憶を覚えていれば成功、忘れていれば、忘れたことに気づきさえせず失敗だ!」
のんきに笑う彼に、いいたいことはあったけれど。
「そうだね」
その横ガオにそういっておく。 恨むのは失敗してからでいい。
「チャリン!」
名前を呼ばれる。目を合わせれば、
「あしたもまた、会えるとイイな!」
そう、ニンマリと笑っている。
これはきっと本心だろう。
「そうだね」とうなずいた。
ほほ笑んだ彼は扉の前で振り返り、
「おやすみチャリン、イイ夢を!」
そういったかと思うと、陽炎のように揺らいで、チャリンの返事も待たずに消えてしまった。
「……」
嵐のようなヤツだった。
開いたまんまの扉から、なにかはじまるような気配を感じる。彼の残していった静寂の中、徐々に秒針だけが大きく大きく響きはじめる。
ふたたび夜が動き出す。
騒がしさから一転、突然静けさの海に放られると、現実と思っていたそれも、夢かなにかに思えてくるもの。
けれどもぼくは。ぼくは──
なにを伝えたいのかもわからないまま、彼に伝えたいなにかがあった。まぁいいか、あしたの朝に会えるだろうし。
窓枠に縁どられた空と月。それに見守られながら、ベッドに寝転んだ。──とたん、ガツンと眠気におそわれる。
なんだろうか。冗談じゃないくらい猛烈な眠気だ。おかし、い。いまのいままで、眠たくなんて、なかった、のに──?
そこで意識はプツンととぎれて。
チャリンはいま、夢のなか……




