第9話 ヴェネフィッタ⑤
ヒロイン・ヴェネフィッタ視点です。
今日から外務局の外交部の次長となりました。前は税務局会計部監査課の課長という立場でしたので、出世にはなります。
しかし未知の部署でいきなり次長というのは責任が重いです。不安です。仕事をたくさんしてカバーをしていかないと…。
「ろくなことを考えてなさそうですね…。」
「キースさん、おはようございます。」
彼も今日から外務局外交部、クリストフォール班の職員です。まだ朝早いためまだ他に職員はいません。
「おはようございます。俺がいる間は休日出勤させませんからね。」
「それは無理です。」
「じゃあ俺もその日は休日出勤するんで教えてください。」
「それはダメです。よくないですよ。」
「じゃあ次長もダメでしょう。」
「私は、王族なので。」
普通の人と同じではダメなのです。
「それに部屋にいてもどうせ兄にこき使われるだけなので。」
「それなら、出かけましょうよ!」
「あ、そうですね。魔法も教えなければなりませんし。」
外交部は王宮警備隊ほど魔法の必要性はないですが、やはり魔法は使えるに越したことはありません。これから他国に行くにあたって自衛にも役立ちます。
ここ最近忙しなかった関係で、あまり魔法の習得が進んでいません。
「それもそうですが、純粋におでかけしてみたい気持ちも…。」
「あ、街を案内しましょうか!外交においては自国に関する知識も必要です。たくさんトライガル王国について教えて差し上げます。」
「助かります。」
「王族とはいえ、私は割と自由にさせてもらっていましたので、街には良く行っていたのです。楽しいですよ。」
「それは…デートですか?」
デート…デートなのでしょうか。デートの定義とはなんでしょう。男女2人で出かけることがデートなのであればデートで間違いない気もしますが、私には護衛が絶対につくので、厳密にいうと2人ではないです。
「それは、確認必須事項ですか。」
「人生で今までデートをしたことがないんです!心の準備が必要なんです!」
「なるほど…私もしたことがないです。」
護衛以外の異性と2人で出かけたことがないです。特段今まで親しい人がいたことがないので。
「あ、そうなんですか。」
「一応王族なので、学生時代は親が婚約者を決めるまではあまり異性と仲良くしない方がいいかと思い、特別仲良くはしてこなかったのですよね。ただ、親は親で私のことに興味がなく、婚約者を決めるのを忘れていたという始末で…。」
貴族の娘は学校の卒業とともに結婚することが多いです。だというのに私は一切そういう話が出なかったので、父に学校を卒業する際『私の結婚相手を考えていますか。』と聞いてみたら、『あ』という顔をされました。
伊達に何年も娘をしていません。すぐに忘れていたのだと気づきました。
私も気が弱いほうではないので『お忘れになるくらいなら結構です。自分で決めますので。』と言い返し、それ以降親は何も触れてきません。(謝ってはくれました。)
兄がたまに自分の友人を紹介してきたりしますが、仕事が忙しくそういう気分になれないまま4年。デートも経験しないままに22歳になってしまったようです。
「良かったです。なんか色々考えていたので。」
「色々考えていた?」
「はい、魔法使いの婚約者がいたけど、その人がある日突然姿を消して、その行方を殿下は探していて…今回とうとうその犯人を…!的な想像とか。」
「想像力豊かですね。」
そんなドラマチックなことはないです。
「18歳思春期の想像力なめないでください。」
「思春期って想像力高まるのですか?」
思い当たる節がありません。反抗期も思春期も特に言われているような症状は私にはありませんでした。
「…高まります。めちゃくちゃ想像します。襲われている人を魔法で助けてヒーローになる妄想とか、まぁ、諸々…。」
キースさんの顔が赤いです。恥ずかしいことを告白させてしまいました。
「教えてくださりありがとうございます。素敵な想像だと思います。魔法の習得頑張りましょうね。」
「フォローが辛い!」
机に突っ伏すキースさん。可愛らしいです。
「あ、もしかして女性とのデートとかも妄想されたりしていました?」
だから、すぐに『デート』という発想が出てきたのかもしれません。
「そりゃあしてますよ!めちゃくちゃしてます!学生時代からずーっと!」
ヤケクソのような大声です。朝早くから元気です。
「ちなみにどのようなデートなのですか?」
協力してあげないと可哀想です。彼の待ち望んでいた初めてのデートが私になるのかもしれませんので。
「え…いや、あの、待ち合わせして、お互いのおすすめのお店とか巡って、おしゃれなカフェとかでお昼ご飯を食べて…」
思っていたよりまともです。1人妄想していたはずの割には、独りよがりではありません。…品評できる立場ではないのですが。
「腹ごなしに庭園を散策して、陽が暮れる頃には高台の丘から夕陽を見て…」
王都に丘はありませんが、時計台など高い場所はあります。そこから見る夕陽は確かに綺麗です。
「それで…」
「それで?」
口ごもるキースさんに、私は弟や妹にするように優しく続きを催促してしまいます。
「そんな感じです!以上!」
大きな声で切り上げるキースさん。絶対に続きがある様子でしたのに。
私は思い出します。友人と一緒に行った、夕陽の見える時計台で男女が何をしていたのかを。
「あ、デートの最後はキスですかね。」
「言わないでください!」
キースさんの顔が真っ赤です。己の髪の色に負けないくらい。本当に可愛らしいです。
部屋の外がざわつき始めました。そろそろ王宮にみんな出仕してくる時間です。ここに誰か来るのも時間の問題でしょう。
私は、キースさんの耳元で囁きます。
「期待していてくださいね。」
キースの妄想は絶対キスで終わっていません。
最後までお読みいただきありがとうございました。
貴重なお時間をいただいた分、楽しんでいただけていたら幸いです。
短編の『行き遅れ魔法使いたちの』と少しだけリンクしておりますので、そちらもお読みいただけますと飛んで喜びます。




