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第7話 ヴェネフィッタ④

ヒロイン・ヴェネフィッタ視点です。

トーカス語の暗号が解けないまま、監査は終わろうとしています。

その文書は不必要だと部長直々に判断されました。もう忘れろ、と言わんばかりに。


ただどうしても腑に落ちず、私はいまだに頭を悩ませています。


「ヴェネフィッタさん、お疲れ様です。」


食堂で一人頭を抱えながら食事をしていたところ、声をかけられました。顔を上げるとキースさんの端正な顔が目に入ります。エネルギーの塊みたいな彼を視界に入れると、その眩しさに目が焼かれます。


「なんかお疲れですね…。明日の魔法教室大丈夫ですか。」

「あ、はい。大丈夫です。ご心配ありがとうございます。」


そうでした。すっかり忘れていましたが、明日はキースさんに魔法を教えることになっている日でした。王宮の公休日です。普通に仕事に行こうとしていました。


「キースさんはお食事ですか。」


食堂なのだから当たり前だろう、と思われるかもしれませんが、今は夕方。お昼には遅く、夕食には早い時間です。仕事に没頭していた私は、あまりの頭の働かなさに理由を考えたところ、昼食を抜いたことに気づき、慌てて食堂に栄養をとりに来ていました。


「いえ、俺はちょうど仕事が終わって着替えに行くところです。早番なので、朝早い代わりに早く帰れるんですよね。」


仕事終わりとは思えない元気いっぱいな笑顔に、己との差を感じます。私も若い時はこうだったのでしょうか。


「あ、トーカス語じゃないですか。この国で見ることになるなんて。実は結構使われる言葉なんですか。」

「え?トーカス語が分かるのですか?」


私が仕事場から持ってきてしまっていた書類を見てキースさんが言った言葉に私は驚きます。本当にトーカスは遠方で、小さい国なのです。存在さえ知らない人間も多いでしょうに。


「はい。学校でトーカス語選択してました。俺の学年にトーカス王国の王子様いて、同じ部活だったんで仲良かったんですよね。でももっとそいつの事理解したくて、トーカス語の授業取ってみたんですよ。ただ何がおもろいって、その王子様もその授業取ったんですよね。お前勉強いらねぇだろってみんなでツッコミながら…いつも1番の成績とってドヤ顔してたの今思い出してもむかつきます。」


キースさんの可愛いエピソードを聞きながら、私は天秤にかけます。本来部外秘の監査資料を彼に見せる危険性と、もしかしたら暗号が解けるかもしれない可能性。



決めました。



「キースさん、この書類訳していただけませんか。」

「え、いやでも下に訳が書いてありますけど。」

「はい、ですがあっているか不安なので。何か違和感があったら教えていただけませんか。」

「…はい。」


キースさんが私の真正面に着席し、文字を目で追いかけ始めます。私は持って来ていなかったペンを食堂の方に借りに行きました。


戻って来て、ペンを借りてきましたよ、そう声をかけようとしましたが、彼の真剣な顔に何も言えなくなります。


静かに横に座って、彼の横顔を眺めます。


10分くらいたったでしょうか。


我に返った様子のキースさんが顔を上げて、最初に私がいた真正面を見て私がいないことに一瞬焦った後、横にいる私を見つけてへらっと笑いました。


「………本当にワンちゃんみたいですね。」

「え?」

「いえ。どうでしたか。」

「なんか変な文ですね。読めなくはないけど…って感じです。俺が訳すとしても、ここに書いてある訳とほぼ同じ感じになります。」

「そうですよね…。」

違和感のあったところを聞いてみましたが、やはり私の考えと同じです。新しい発見はありません。


少し期待していた分、肩を落としてしまいます。


「でも、面白い女優さんの名前ですね。普通『トイレに行く』ことの隠語なんて名前にしないでしょ。」

「…?どういうことですか。」

「あ、そうかこれ、クリストフォール特有の表現か。ここのトーカス語、『クニャードヘルセルナ』って発音するじゃないですか。これ、クリストフォール語では『クニャー ド ヘル チェルナ』、直訳すると『猫を舐める』っていう意味で、トイレに行く隠語なんです。親猫が子猫の排泄を促す時に舐めることからきてて、結構直接的に連想させる言葉なので品のないスラングですね。揶揄う時に使うことが多いかも。」


トーカス語とクリストフォール語は文字と文脈が全く違います。だから、繋がるとは全く思っていませんでしたし、私では直訳はできても、そこまでは連想できませんでした。


そういえば、トーカス語とクリストフォール語は、発声の方法は似ているかもしれません。


もしかして…


「キースさん、私はいまからこのトーカス語の文章を音読します。クリストフォール語だと思って聞いてくれませんか。」

「はい。」


何も説明していないのに、キースさんは真剣に答えてくれました。おそらく彼も察しているのでしょう。


「チュルスター…」


私はなるべく抑揚をつけずにトーカス語の文章を読み上げます。


聞くにつれてキースさんの顔が強張っていきます。私もクリストフォールの言葉には精通しています。これは…



「なるほど、そういうことだったのですね。」


これは、会計の不正に関する文書ではありません。



魔法使い。引き渡し。会食。トイレ。睡眠薬。




「魔法使い拉致、斡旋の文書ですね。」


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