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第5話 ヴェネフィッタ③

ヒロイン・ヴェネフィッタ視点です。

「リンネ、わかりました。ヒューステッド様がワンちゃんみたいなの。」

「あぁ、そう。」


リンネは見ている書類から顔を上げずに返答します。明らかに私の言っていることを理解していません。流しています。


そんな状況のリンネにこれ以上話しかけるのは申し訳ないです。私も黙って机に向かうことにします。


なんというか、ヒューステッド様は正義感の強い大型犬みたいでした。ただそれは社会人経験のない学生の青さみたいなもので、これから先、人生経験を経たときにどうなるかはとても楽しみです。…これは悪い楽しみ方でしょうか。



「あぁぁぁっぁ…本当に分かんない。」


次長が頭を抱えています。


外務局の書類はおおよそすべて訳し終わりました。といっても翻訳は本来の仕事ではないので自分の仕事が終わったわけではないのですが、少し私は落ち着いています。


「どうしました?手伝いましょうか。」


「いえ、これ以上ヴェネフィッタ君の手を煩わせるわけには…。」

「構いませんよ。」


次長がその仕事を終えないと多くの方が次に進めませんから、とは言わないでおきます。


「やっぱり暗号みたいなの使っているみたいなんだよね。」

「トーカス語のやつですか。」


この国でも数人しか訳せないだろう、遠方の国の言語の書類を訳したのですが、なかなかそれが不自然な文だったのです。使っている文字から違う言語ですし、外務局の人も完ぺきではないでしょう、と次長とも相談の上、違和感がある書類をそのまま次長に提出したのですが、やはりおかしいようです。


「そもそも外務局の書類でなんで舞台女優の話してるんだよ~。」

「それは普通です。外交相手の好きな舞台女優は調べるものですよ。歓待に呼びます。」

「そういうもの?」

「はい、そういうものです。だから内容自体には違和感がなかったのですが、書かれている舞台女優の名前たちには少し違和感を覚えていました。」


文脈的には隣国、クリストフォールの舞台女優のはずなのに、クリストフォールの名前らしくない名前だったのです。ただクリストフォールは大きな国で、地方によって様々な系統の名前があるのかもしれないと考えて、そのまま次長に提出したのですが…。


「ヴェネフィッタくんの違和感は正解。存在しない舞台女優だったんだよ。」

「なるほど。ではやはりその文章は何かの暗号で、重要なことが書かれている可能性がありますね。」

「そうなんだよね。」

「それはこの部署全員で共有して、知恵を出し合った方がいいと思います。こういったものはひらめきも大事ですから。」


この書類に何故こんなにこだわっているかというと、見つけた場所とその時の外務局職員の反応が不自然だったからです。


書類の束の間に挟まっていた、明らかに何か別の書類の一部でした。珍しい薄緑色の紙で、違和感を持った私がそれを一枚取り上げた際に、外務局職員の瞳孔が開き、その紙をむしり取ろうとしたのは今でも覚えています。外務局にとって不都合な内容が隠されている可能性が高いです。


私は次長から書類を預かって、目を通します。私が次長に提出したのは元の文章の上に、この国の言語に訳した文章を書いたもの。そこに次長のメモが書き込まれていて読みづらくなっています。複製を作成しましょう。


一枚綺麗に清書し、そのあとは魔法機器に通せば簡単に複製ができます。魔法機器万歳です。ちなみにこの機械、私の大叔母が作成したのです。えっへん。


「お知恵をお貸しください。暗号だと思われるものです。」

声をかけながら紙を配ります。まだ残って仕事をしているような忙しい方達にお手伝いを要請するのは心苦しいですが、背に腹は変えられません。


結局その後3時間ほど仕事をしていましたが、結局誰からもこれに関する案は出ず、その日はそのまま終わりました。


次の日朝から出勤してきたメンバー全員に配りましたが、それから3日間、誰も答えを導き出せませんでした。




「わぁすげぇ!水が出た!」

「キースさん、すごいです。才能ありますよ。」


王宮の公休日。約束通り私はキースさんに魔法を教えていました。場所は初めて会った王宮の庭園です。広くて人も少なくてちょうど良いのです。

監査は進んでいます。トーカス語の文書がなくても不正の証拠は集まっており、このままでも横領や助成金の不正受給などで起訴できるでしょう。


だからこそ逆に時間がありません。あのトーカス語の文書の謎が解けないまま監査が終わってしまいます。周りのみんなはもう諦めろと言いますし、その気持ちはわかります。もう監査の仕事としては成果を十二分に出しました。終わりたいのです。


でも、あの違和感を、職員の瞳孔を忘れられません。


こんなところで魔法を教えていていいのでしょうか。



「ヴェネフィッタさん、また仕事の事考えているでしょう。だめですよ。」

「あ、申し訳ございません。」

「たまには息抜きしないと、思いつくものも思いつかないですよ!」


彼の言うことは最もです。視野が狭くなっているという自覚は自分にもあります。


「そうですね。では次のステップにいきましょう。」


彼は本当に才能があります。というか素直に聞き入れる姿勢と記憶力が素晴らしいです。事前に兄からあの名門校で優秀な成績を収めていたと聞いていたのですが、それも納得です。


「水を遠くに飛ばす魔法です。これは水魔法の訓練になるだけではなく、魔法を使う際の距離感を養うことにも…」

「ヒェっ。」


彼の腕に触れたら、振り払われました。やってしまいました。声もかけず人に触れるなど、あってはならないことです。


「申し訳ございません。」

「いえ!こちらこそすみません。ちょっとびっくりしただけで不快とかじゃないので!」


不快ではない?そうでしょうか。出会ったときから少し思っていたのですが、視線が合わないことも多いですし、近づくと体がこわばっている気がします。


「あの、女性が苦手ですか?」

「いえいえいえいえいえいえ!むしろ大好きです!」


キースさんはそう断言した後、「あ」と口を押えました。


「女性に慣れてなくて緊張しているだけで、苦手とかではないので…。」

「なるほど。通われていた寄宿学校は男子校ですものね。」


慣れるまで、距離感を考えた方がよさそうです。


「このままだと女性騎士と組めないので、早くそちらにも慣れたいんですけど…。」

「では、この魔法の授業は一石二鳥ですね。慣れていきましょう。」

「本当にありがとうございます。」

「ただあの、やっぱり、今日はお昼からは仕事に行ってもいいですか?」

「…はい。」


キースさんは納得していない顔でしたが、元より終わり時間は決めておりませんでしたし、どうしても仕事が気になって集中できません。


「また、来週も勉強いたしましょう。あ、そうだ。来週は魔法の権威と呼ばれる大叔父夫婦が来る予定でして、教えるのもうまいのでぜひ。」

「…できればヴェネフィッタさんに教えていただきたいです。」

「ふふふ、そうですね。知り合いの方がいいですよね。」


少し拗ねた様子で私がいいとねだってくれるキースさんはとてもかわいいです。弟の小さいころを思い出します。よく考えたらキースさんと弟は同い年ですが、現在の可愛げが全く違いますね…。ふてぶてしい弟と会話させてみたいものです。すでにもう一度は会っているはずなのですが、私は仕事で立ち合えていないですからね。



このあと距離に気を付けながら、お昼ご飯をともに食べて、私は仕事に向かいました。


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