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第4話 キース②

ヒーロー・キース視点です。

18時になり、王宮の鐘がなる。王宮全体の終業の時間だ。本来王宮警備隊はシフト制だけど、まだ新人の俺は王宮の就業時間に合わせたものにしてもらっている。

更衣室に入り帰宅のために隊服から私服に着替える。めんどくさい。隊服のまま帰ってはいけないものなのだろうか。


「あ、ヒューステッド様!」


良く透る女性の声で名を呼ばれた。振り向くより先に、横からにゅっと顔が出てくる。


「今からお帰りですか?」

「は、はい!」


一瞬誰かと思ったが、黒髪と藍色の瞳ですぐに分かった。3日前に助けて…いや、道案内してもらったから助けてもらったのはこちらか…?まぁその3日前に出会った女性だった。


今日はきれいに髪を結ってあるし、前より血色がいい。なんだか華やかだ。ドキドキしてしまう。


「お仕事慣れてきましたか?」

「はい!だいぶ慣れてきました!」


副隊長に言った時とは違う回答になってしまったが、仕方ない。カッコつけたいときもあるのだ、人間には。


「元気がいいですね。本当にワンちゃんみたいです。」

「わんちゃん?」


俺が首を傾げると、彼女はクスクスと笑った。かわいすぎる。いい加減にしてほしい。好きになってしまう。


「あ、申し訳ございません。お礼が先でしたね。先日はありがとうございました。助かりました。」

「いえ、こちらこそ案内していただきありがとうございました。良かったら、一緒に門まで行きませんか。」


王宮の終業時刻は過ぎている。俺は当たり前に彼女も帰るものだと思ってしまった。


「いえ、私は夜ご飯を食べに食堂に行くので。」

「え?帰るんじゃないんですか。」

「ふふ、まだ帰りませんよ。ご飯を食べてまた仕事に戻らなければなりません。」

「今日はお昼からの勤務ですか?」

「いえ、朝からですよ。」

「監査課ってそんなに忙しいんですね。」

「監査があるとどうしてもこうなっちゃいますね。私は家庭がないので融通が利きやすいですし、それなりの立場でできることも多いので、中々帰れないのですよね。」


やはりお子様がいる方には帰っていただきたいですし、とニコニコの笑顔で言う彼女。やはり可愛い。そしてまだ結婚していないのは朗報だ。


「まぁ、自分には仕事しかないっていうのもあるのですが。」

「え、そんなことはないでしょう。」

「ん~特に趣味がないのですよね。だったら、お休みの日も仕事してようかなっていうか。」

「休みの日まで…?」


ごくりと唾をのむ。穏やかな雰囲気を纏っておいて、実はとんでもない人なのでは。


「前に仕事に来なかったのはいつですか?」

「え?3週間前とかですかね。その時は家の仕事があったので…」

「それは会計監査の仕事は休んでますけど、仕事自体はしてますよね。全く何も仕事をしていない日です。」

「え…そうですね。妹に買い物に付き合わされた時は何もしなかったような。」

「それはいつです?」

「妹の学校が長期休暇の時期だったから…4か月くらい前でしょうか。」


怖い怖い怖い。


この国では普通なのか。いや普通じゃないだろ。休まないと仕事効率も落ちるって。



話しているうちに食堂に着いた。ちょうどいい。家でほとんど知りもしない家族と食事をするのはあまり好きではないし、ここで彼女と食事を取らせてもらおう。


「俺も夜ご飯食べて帰りたいです。ご一緒してもいいですか。」

「えぇ、もちろん。」



笑顔で彼女が受け入れてくれたのはとても嬉しくて、これは実はデートなのではないかと錯覚しそうになったけど、彼女からしたらただの同僚とご飯を食べる感覚だろう。気を引き締めなければ。そして彼女が仕事から離れるように説得しなければ。



ご飯を注文し席について、彼女に呼びかけようとして、なんて呼んだらいいのか分からないことに気づいた。

ヴェネフィッタと同僚の人に呼ばれていたから、名前はそうなんだろう。おそらく年上と思われる彼女の名前をいきなり呼ぶのは失礼すぎる。だけど、家名を知らない。最近名字を持たない平民の王宮勤めもいると聞くけど、彼女の所作を見るにそれはないだろう。スプーンを持って口に運ぶ動作一つ、流麗だ。


「そんなに見つめられてしまったら、穴が開いてしまいます。」

「あ、すみません。」


恥ずかしい。見ていることを見られている。当たり前なんだけど。


「どうされました?何か言いたいことでも?」

「あ、なんてお呼びしたらいいのかな、と。」


すると彼女は少しびっくりした表情をして、それからふわりと笑った。


「ヴェネフィッタで大丈夫ですよ。」

「いえ、あの、呼び捨てにするわけにもいかないですし。」

「別に私は構いませんが、確かに新人さんがすぐ呼び捨てというのは外聞が良くないかもしれませんね。私のほうが4つも年上ですし。ヴェネフィッタさん、あたりでどうでしょう。」

「ではヴェネフィッタさんで…。」


4つ年上ということは22歳か。見た目的にはもっと若くても驚かないが、仕事における役割を見るにもっと歳の可能性も考えていた。しかし、こんなに美人で性格もよさそうなのに、この年まで独身なのは意外だな。婚約者とかはいるのだろうか。いたら男と二人で食堂に来たりしない気もするけど、この国の男女の距離感に疎い俺には分からない。


学生の頃は友人が他高の女の子と少し会話しているだけで付き合っているのかと想像していたけど、それは本当に男だけの閉鎖空間にいたからであって…あの価値観をここに持ち込むのはよくない。


「監査課って、皆さん休日出勤をしているものなのですか。」

「いえ。でも、休日出勤したら誰かしらはいますよ。一人ではないです。」

「休日出勤しなきゃ終わらないくらい仕事って多いんですか。」

「そういうわけでもないのですけれど、進めておいた方が皆様楽になりますし。」


自分の仕事をしているというわけでもない…!?


聖女か!?聖女なのか?



「どうせ部屋にいても兄に仕事を手伝わされるだけですし。」

「あ~なるほど。でしたら出かけませんか?」

「出かける用事もないのですよね。趣味が…」


ヴェネフィッタさんがそこで言葉をやめ、俺の後ろを凝視している。

慌てて振り返ると、そこには女性二人と、浮いているスープとカップが…


浮いているスープ!?


宙に浮いているのだ。カップと中身のスープが。ふよふよと。


「魔法?」

「はい、そうです。転びそうになって、スープを落とされたので、床に落ちるのを防ごうと思って、魔法を使いまいた。」

「使いました?ってことはヴェネフィッタさんがやっているんですか!?」

「はい。」


彼女が「戻しましょうか。」と言うと、スープが宙を泳ぎカップの中に入る。そしてそのカップは女性が持つ配膳皿に乗った。


「え!誰か分からないけどありがとうございます!」


女性が食堂を見渡しながら大声で頭を下げる。ヴェネフィッタさんは特に反応もせずそのまま食事を続けた。


「名乗り出ないのですか。」

「それほどのことをしたわけではありませんから。」


何故かその顔には疲れがあった。以前に何かあったのだろうか。それとも俺の反応が面倒くさいのだろうか。このことにはあまり触れないでおこう。


「それにしても魔法使えるのすごいですね。」

「当たり前のことだと思っていましたが、そう改めてほめていただけると嬉しいですね。魔学校を出たわけではないので、その道のプロというわけではありませんが、貴族学園での魔法の成績は常に1位だったのですよ。」

ヴェネフィッタさんは嬉しそうに語る。その時、俺はひらめいた。


「俺に魔法を教えていただけませんか!?」

「え?」

「俺、魔法全然使えないんです。習ったことなくて。」

「あぁ…そうですよね。クリストフォールに魔法はないですものね。」


ヴェネフィッタさんは少し考えて…「いいですよ。」と頷いてくれた。


「お仕事がないときになりますが…。」

「はい、休日出勤せずに俺に魔法を教えてください。」

「あぁ…なるほど、そうですね。仕事には行かずに教えてあげましょう。」


そのあと、ヴェネフィッタさんと日程調整を行い、次の休みの日に王宮で魔法を教えてもらうことになった。


あとでとてつもなく積極的に行動しているな、と気づいて恥ずかしくなった。


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