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第1話 ヴェネフィッタ①

ヒロイン・ヴェネフィッタ視点です。

突然ですが、立てなくなりました。



三日三晩不眠不休で働き、お風呂にも入らずお化粧もせず、ご飯も碌に取っていなかったのに、仕事がひと段落した解放感で大好きな庭園に来てしまったのが運の尽きでした。


綺麗だなぁ、なんてお花のにおいを嗅ぐためにしゃがみこもうとしたら、そのまま尻もちをついてしまい、立てません。


「どなたかいらっしゃいませんか!!」


声を出してみますが、周りに人はいないようです。この王宮ではたくさんの人が働いていますが、今はお昼休憩が終わって少し経つ頃で、みんなお仕事中です。庭園には来ません。


ぐぅぅぅとおなかが鳴る音がします。なぜもっと早く鳴って警告できなかったのでしょうか。あなたの体は限界ですよ、と。


「誰か~!」


大声を出すのもしんどくなってきました。もうここで寝てしまってもいいかもしれません。幸いにもいい気候です。死にはしないでしょう。


「おやすみなさい。」


私は潔く草の上に寝ころび、瞼を閉じました。




「すいません、すいませーん。」



声をかけられ、肩を揺さぶられ、私は目を開けました。


「あ!生きてる!」


「生きております…。起こしていただきありがとうございます。」



私を起こしてくださったのは、王宮警備隊の制服を着た若い男性でした。しかし、見覚えがありません。王宮警備隊は、新しい方が入ると必ず王宮中の部署にあいさつ回りに行くので挨拶したことがあるはずなのですが。特に彼は青い瞳に赤毛の短髪で、整った顔をしています。忘れたとは考えにくいです。


「あ、触ってしまい申し訳ありません!女性に許可なく触るなど…。」

「いえ、お気になさらないでください。起こしてくださったのでしょう。」


最近魔法使いの誘拐事件が相次いでおりますから忍び込んだ者かもと少し警戒しつつ…しかし確定するまでは失礼な態度をとるわけにもいきません。頬を赤らめている姿はとても初心でそれらしくありませんし違ってほしいものです。それが相手の作戦かもしれませんが。


幸い、私は魔法に精通しております。いざとなれば魔法を行使し逃げましょう。


「あの、失礼ですが、どうしてここで寝ていらっしゃったんですか。」

「疲れ果てて寝ておりましたの。」

「え?こんなところで?」

「えぇ。」


ぐーと伸びをするとお腹が鳴りました。


「あ、申し訳ございません。はしたないですね。」


形式上そう言ったものの、すっぴんで、三日三晩風呂にも入っていない状況をさらしているので、もうお腹の虫くらいで恥ずかしくなったりしません。嫁入り前の娘とは思えない状況です。


「ごはんを食べに帰らないと。申し訳ございませんが、手を貸してくださいませんか。一人では立てなくて。」

「レディ、それは末期では…。ご自宅まで送り届けますよ!」


彼は困惑しながらも私の手を取り、力強く引っ張り上げてくれました。少しふらついてしまいますが、何とか歩けそうです。


「お気持ちは嬉しいのですが、送迎は大丈夫です。貴方もお仕事中でしょう。」

「いえ、俺は今日から王宮警備の職についたのですが、初日は説明だけで、もう帰っていいと言われまして…帰ろうと思って道に迷った結果ここにたどり着きました。」

「あら。でしたら、職員用の出入り口までご案内いたしますよ。」


今日から、というところで私は思い出しました。そうでした。新しく王宮警備隊に採用された人がいました。確か、ヒューステッド侯爵家の次男です。次男といっても養子で、中々複雑な家庭環境のはずです。


「それは助かります。あの、ふらついていますよ。」

「申し訳ございません、3日ほどお風呂入っていないのですが、再度お手をお借りしてもいいでしょうか。」

「3日!?手を貸すのは全く構いませんが、お風呂には入った方がいいですよ。」

「お仕事で忙しかったのです。」

「なんの仕事をされているのですか?」

「会計監査のお仕事です。不正の通報があったため、緊急監査を行っておりました。王宮警備隊もお気を付けくださいね。会計のミスが多いので。」


王宮警備隊はお金に無頓着な方が多いので、故意に不正を働いた過去はないのですが、ミスが多発しています。もっときれいに帳簿を付けていただきたいところです。


「まだよくわかりませんが、頑張ります!」


彼が私の手を握り、先導してくれようとしましたが…足が止まります。そうでした、彼は道が分からないのでした。


「こちらですよ。ついでに王宮内を解説していきますね。王宮警備隊なら、王宮内のことを詳しく知っていないといけませんもの。」


道すがら部屋の説明をしていきます。喫煙所、おいしいけど並ぶ食堂、お菓子の種類が豊富な購買、お手洗い、簡易郵便局、待ち合わせスポットの噴水。


「あそこが出入り口ですよ。」

「ヴェネフィッタく~ん!」

ちょうど目的地を指さしたタイミングで、背後から私を呼ぶ上司の声が聞こえてきました。嫌な予感がします。そちらを向きたくないです。


「見つけたヴェネフィッタ!大変なの!仕事に戻って来て!」

上司だけではなく、同僚のリンネもいるみたいです。


仕事が嫌なわけではないのです。ただ寝たいのです。ご飯を食べたいのです。お風呂に入りたいのです。それだけなのです。…もう少しで叶えられそうだったのに!


私は意を決して、振り返りました。

想定通り、上司と同僚がいました。私以外の職員は毎日家に帰っているので私ほどボロボロではありません。今回は特殊事案で私がかかりきりになるのは仕方がなかったのですが、少し怒りもわいてきます。


「申し訳ないんだけど、不正の証拠っぽい書類が出てきて…。」

「はい。それがまた誰も訳せない言語だったのですね…行きます。」


今回の会計監査の対象は、外務局でした。王宮に勤める人はみな優秀なので、どんな部署に勤めている人でも隣の大国の言語などは訳せるのですが、小国や遠方の国の言語までは精通しておらず…言語が得意な私はひたすら外務局の書類を訳すことになりました。本来なら外務局の仕事なのですが、その外務局の力を借りるわけにはいきませんからね。


「あの、差し出がましいのですが、彼女もう限界だと思います。さっきからふらふらで…。休ませてあげてもらえませんか。」


ヒューステッド家の次男さんがお二人に言ってくださいます。なんて優しいのでしょう。


「君は誰だ。」

上司の怒りの波動を感じて、私は慌ててフォローを入れます。

「ありがとうございます、ヒューステッド様。お気持ちとても嬉しいです。ですが、今回の監査では必ず不正を暴き出さないといけないのです。できるだけのことを私がやりたいのです。」


私はにっこり笑って、彼に別れを告げます。


「今日はありがとうございました。このお礼はいつかさせてください。」

「…はい。」


彼は納得のいっていない表情でしたが、手を放してくださいました。

私は深々と彼に一礼し、上司とリンネの元に向かいます。出入り口は教えましたし、もう大丈夫でしょう。


「次長!パンおごってください!じゃないとお仕事できません!」

「いいわね。全員分買っていきましょう。」

「破産するからやめて。」


彼にも今度パンを買っていきましょう。それがきっといいです。


選んでいただきありがとうございます。

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