第4話
ライプニッツ学園は文武両道。
ただ、学校側がそう謳っていたとしても、生徒たちには関係ない。
いくら頭が良くても、戦場で生き残らなければ意味はない。強敵を打ち取り成果を上げなければ、もっと意味がない。
極端といえるほどの実力主義。
ゆえに形成される学生たちの世界では、至極シンプルなカーストが存在する。
そのトップにいるのは、実をいうとシャルロッテでもベアトリクスでもない。
彼女らは人気者で、スターで、実力も伴っているが……。トップ、すなわち〝最強〟という意味では一つ劣る。
「カルラさん! 俺とパーティを……!」
「女の子なんだから女の子同士がいいに決まってるでしょ! ねえ?」
「お、俺、何なら盾役になっても……!」
「ヘタレな男子はいらないわよ、バカ!」
シャルロッテもベアトリクスも、その姿が見えないほど取り囲まれているが……カルラにはその倍の人だかりができていた。
それもそのはず。
カルラは学生という枠にとどまらず、シーボルト王国でも随一の剣客。
剣術道場の師範たちに片っ端から挑んでいき、そのすべてをことごとく打ち破った狂人である。
道場破りとして国内の剣士たちに恐れられる彼女だが、見た目だけで言えば、それほどに恐れられている人物とは思えない。
セミショートの赤髪であることといい、常に剣を背中に携えていることといい、随分と不愛想なことといい、目立つ特徴だけを考えればまさしく剣客。
ただし、小柄。
しかも、可憐。
体の線は細く、肌も白くて、髪の毛もつややか。
ともすれば、戦いの『た』の字も知らないようなお嬢様にも見える。
だが事実として、ライプニッツ学園でトップに君臨している。
それだけだったなら、アルベルトも彼女を単なる〝最強〟として見れていた。
実のところ、カルラもまた、巷で言うところの〝不能〟なのである。
剣士になるべくして生まれたかのように、〝身体強化の魔法〟しか使うことが出来ないのだ。
「いいなあ……」
無意識にぽつりとつぶやいた言葉が、数人の視線を引き付ける。
しかし、そのつぶやきに何より驚いたのは、アルベルト自身だった。
何がいいのか、どういいのか。
アルベルトは戦争が嫌いである。戦うことも、もちろん苦手とする。
カルラのように、自分に宿るたった一つの魔法を自在に操れたとして……戦士として名を馳せることはない。
ただ、彼女のその身の振る舞いがとてもまぶしく思えたのだ。
「なにが、『いいなあ』だ。〝不能〟」
「……ッ!」
生徒の輪に囲まれているであろうカルラに気を取られて、ゴルトが近づいてくるのに気づきもしなかった。
ドンッ、と突き飛ばされる。受け身を取ることもできずに、背中と後頭部を順に地面に打ち付けた。
「全く羨ましいよなあ……! 〝不能〟でも将来が約束されてるんだからよォ」
取り巻きの仲間三人に同調するように投げかけ、仲間たちもヘラヘラと笑う。
悪友からの賛同を得て気持ちよくなったゴルトは、くい、と顎をしゃくった。
それを合図として、三人が教師ラーデンの視界をふさぐよう、ゴルトの後ろに立つ。
「で? 〝不能〟のアルベルトぉ。テメェは何ができるんだよ? なあ?」
「……」
「見せてくれよ、オイ。じょーずにできたら褒めてやっから」
これもまた、いつもの流れ。
ゴツゴツとしたゴルトの顔つきが、悪辣にゆがむ。
こうなるともう逃げられない。嗤われるか、殴られるか……その二択。
アルベルトは魔法の杖を懐から取りだし、力なく振るった。
「き……〝来たれ、スライム〟」
杖の先からチョロチョロと水があふれ、地面に水たまりを作っていく。
その水たまりの中心が膨れ上がり、ぶにょぶにょと蠢く〝スライム〟が誕生する。
これが、アルベルトの使える唯一の魔法。
世にも珍しい、意志を持った〝生きた魔法〟。
初めて使ったときは両親ともに大喜びしてくれたものだが……それも今は昔。
言葉を与えれば動くものの、それだけ。
丸くつるりとして、ついでに目玉なんかもついていれば最低限の可愛げはあったものの、そんなに上等なものではない。
溶けかけの雪玉のようにいびつで、地面で蠢くさまはまさしく泥。
魔法なのかというほどに不気味、かつ不格好、かつ不細工。
それが〝スライム〟なのである。
「ぷ……! は、ッハハハハ! サイコーの魔法じゃん! なあっ?」
「ああ、ホント、天才だ! 〝不能〟らしいボケ方でよ」
「で、コイツを踏みつぶすと……?」
取り巻きの一人が楽しげに、〝スライム〟に足をのせる。
〝スライム〟はおびえる小動物のようにワタワタと蠢いていたが……ぶちゅ、と潰れる。
水たまりを踏んではしゃぐ子供のように、ゴルトたちは大笑いしていた。
ヒトの横暴であっけなく命を落とす〝スライム〟に、最初こそ悲しんでいたものの……ただの魔法と割り切り、今はもう何も思えない。
それどころか、その役立たずさに腹が立つ。
もっと可愛げがあったなら、もっと素早く動いてくれたなら、もっと強かったなら。
こうして嗤われることもなく、〝ダンジョン〟にも胸を張って挑めたのかもしれない。
そうやって、自分のふがいなさを〝スライム〟に……ひいては両親にぶつけているのを気づくその瞬間が、アルベルトはたまらなく厭だった。
「なァ、教えてくれよ。コイツで……あー、この水たまりで。何をどうしようって?」
ビチャビチャと、足元の水たまりを踏みつけながら、ゴルトが答えを求める。
その強要に、アルベルトは逆らえるすべなど持たず……。
「あ……。その……」
言いたくもない言葉で応えようとした――その時。
「ね。私と組んでほしい」
いつの間にか背後に回り込んでいた〝最強〟のカルラが、そう提案してきたのである。