第3話
〝ダンジョン〟。
それは〝預言の日〟を境にして、大陸全土で次々と発見された遺構。
決まって入り口は一つ。ひとたび中へ踏み入れれば、普通な獣とはまた違う、異形の魔法生物たちが待ち受ける。
その〝ダンジョン〟こそが、〝神のお告げ〟にある〝試練〟の一つ。
危険な魔法生物たちを跳ねのけ、迷宮のような〝ダンジョン〟を踏破した先には、とてつもない宝が待ち受けている。
それこそが〝アーツ〟。
魔法とは似て非なる〝力〟である。
噂によれば、〝アーツ〟を得る際、〝神の使い〟が現れるという。
大鷲だったり、オオカミだったり。ペガサスだったり、ドラゴンだったり。
そういった様々な〝神の使い〟が、燃え盛る炎として、荒れ狂う雷として、吹きすさぶ風として、人の身に宿るのである。
ある〝英傑〟は、獅子の姿をした雷とともに戦場を駆けた。
また別の〝英傑〟は、ドラゴンの姿をその身に降ろして、敵陣を焼き払った。
〝アーツ〟を手に入れた〝能力者〟たちは、戦争で一線級の活躍をする。将来を保証されたといっても過言ではないのだ。
しかも、〝戦役制度〟によりその子供たちは不自由ない生活が約束される。
ゆえに、誰もが〝能力者〟にあこがれる。
学生も例外ではない。
「例によって〝アーツ争奪戦〟が開催される時期となったが……その様子じゃあ、みんな、知ってるみたいだな」
〝アーツ〟は、いつも〝ダンジョン〟の奥で待ってくれているわけではない。たいてい五月から六月の間に、〝アーツ〟を有する小部屋のような区域が出現する。
通称〝心臓の間〟。
〝アーツ〟が、まるで〝ダンジョン〟の心臓が露出しているかのように台座に置かれていることから、そう呼ばれるようになったらしい。
「改めて告知と、それから注意喚起を。これでも教師なんでね。――冒険者ギルドが公開したところによると、先日、とある〝ダンジョン〟で〝心臓の間〟の出現が確認されたらしい。場所は、首都ハロン郊外の〝デニス・ダンジョン〟」
実践演習を受け持つ男性教師ラーデンの言葉に、皆が沸き立つ。
生徒たちがはしゃぐのも多少は許容してくれる教師であり、ゆえに、人気が高い。とりわけ女子生徒たちからは『イケおじ』として慕われている。
「みんなもわかっちゃいると思うが、〝ダンジョン〟内の魔法生物たちは非常に危険だ。とくに去年は、そりゃあもうすごかったらしい。死人も、少なからず出た」
低い声でゆったりというラーデンの声を遮ってまで、騒ぎ続ける馬鹿はいない。
少し前まではゴルトが調子に乗っていたが……今やその影もない。ラーデンに説教されただけでなく、実践演習でボコボコにされたためである。
そのやられようは、まさに公開処刑。学園内でちょっとした噂が広まったほど。
「で。今年、〝デニス・ダンジョン〟は比較的穏やからしい。出現する魔法生物も危険性が低く、トラップもまあまあ分かりやすい。ってことで、冒険者ギルドは学生向けの解放を判断した、って流れだ」
皆が期待と希望でソワソワとしはじめ……その輪から少し外れたところで、アルベルトは微妙な気持ちで話を聞いていた。
はっきりいって、アルベルトは〝アーツ〟に興味がない。
〝能力者〟となれば、否が応でも兵士として戦場に立たねばならなくなる。〝アーツ〟は戦争の象徴のようなものなのだ。
とはいえ……。〝戦役制度〟を受けている身からすれば、無視もできない。
文官としての道も認められているものの、〝アーツ争奪戦〟の不参加には相応の理由を求められる。
間違っても『戦争が嫌いだから』という申し開きは通らないだろう。
「〝アーツ争奪戦〟参加の条件は三つ。一つ目……ライプニッツ学園、アンデルセン魔法学校、ウィリス騎士学校のいずれかに在籍していること。二つ目……すでに〝アーツ〟を保有していないこと。三つ目……四人パーティで申し込みすること」
今回のような学生向けでなくとも、〝争奪戦〟では一人の参加は認められていない。
そのうえで、〝能力者〟となるのは一人のみ。
パーティ内での決闘か、あるいは譲り合いか……決着のつけ方に決まりはないそうだが、そこもまた嫌いなところだった。
「ってことで……。想像はついたかもしれんが、今日の実践演習は〝アーツ争奪戦〟に向けての準備をしてもらう。パーティを組むとこから、〝ダンジョン〟突入時の戦法、それから誰が〝アーツ〟を獲得するかまで……。喧嘩はなし、話し合いでケリつけろよ」
みんなやる気満々。
ラーデンに目を付けられないよう、すでにこそこそと話し合っている。
「不参加を希望する者は俺んとこまで来いよ。申請は一括で行うんでな」
ときに……。
茶髪のくせっけで、無精ひげを生やして、くたくたのローブを着たラーデンは、いつも気だるげでやる気がなさそうに見える。
声を張ることがないというのも、その印象を強めている要因だろう。
しかし実のところ、アルベルトが一番苦手とする教師だった。
ほかにも嫌な教師はいる。というより、ほぼすべての教師と折り合いが悪いといえる。教師という職につく大人たちは、もれなく落ちこぼれを嫌う。
ただ、ラーデンは少し違う。
これまで、嫌味を言われたことも、理不尽な採点をされたことも、あえて恥をかかされたこともない。それどころか、まともに言葉を交わしたことすらない。
目を付けられることもないが、視界に入ることもない。
まるで自分が路傍の石にでもなったかのような気分になり……酷い言葉をかけられるより、理不尽な暴力を振るわれるより、鋭いナイフで切り刻まれたかのような錯覚に陥るのだ。
「どうしよう……」
〝アーツ争奪戦〟には参加したくない。
しかし辞退するには相応の理由が必要となる。
その理由はラーデンに伝えねばならない。
地味に、アルベルトは窮地に立たされていた。