第1話
魔法とは。
日常の中の〝非日常〟。
不可能を可能にする〝奇跡〟。
人類が神様から授かった〝御加護〟。
宗教的な話にはなってしまうが……。
大陸で一般に広がる〝聖霊教〟の教えは、ここ〝シーボルト王国〟においても普遍的な価値観ともなっている。
すべては〝神〟の愛ゆえの賜物。
すなわち、『魔法が下手』ということは『〝神〟に愛されていない』ということにも繋がり……。
「調子に乗ってんじゃないわよ、〝不能〟のアルベルト!」
まだ学校以外の世間を知らない少年少女にとっては、『いじめをしてもいい』という大義名分となる。
とりわけ。
アルベルトの場合は、ド底辺に追いやられるほどに酷いものだった。
「ぼ、僕は……。べつに、何も……」
アルベルトは、運悪く、美少年だった。
金髪碧眼で、肌質はつややか。目鼻立ちはくっきり。右目一つとっても完璧な形と角度と位置であり、全てのパーツが最適に配置されている。
ややくせ毛な髪の毛も、その美貌を完璧なものとしていた。
まさに神がかり的。
〝ライプニッツ学園〟を象徴するローブを着て街を歩けば、幼い少女から妙齢の女性まで振り向く。
カールした髪の毛が揺れるさまと、猫背気味ながらも颯爽と歩くさまと、魔法使いらしいローブをたなびかせるさまとが、圧倒的な人気を呼ぶのだ。
しかしその美貌が、学生たちだけの世界においては、悪い方向へと作用する。
「はあっ? 何言ってるか聞こえないんですけどっ」
肩をつかれて尻もちをついたアルベルト。
目の前には、クラスで一番の輝きを放つ女子生徒。
自分用にアレンジしたローブを羽織り、バッチリと化粧を決めて、お気に入りのイヤリングが耳元できらり。
表情が豊かで、好き嫌いがハッキリしていて、主義主張が激しい。
いつも人の輪の中心にいるのが、ベアトリクスという女子生徒である。
華やかで、煌びやかで、美人。そんな魅力的な彼女だからこそ、いつも周りに人がいて……今も、クラスにいるのは彼女の味方ばかり。
「ぼく……僕は……!」
アルベルトは、ベアトリクスのことが苦手だった。
一時は『ベストカップル』などと噂されたこともあるが、その時期くらいから当たりが強くなった。
それがいつの間にかいじめへと発展し……。
「なに」
その理不尽な現状を変えたいと、いつも願うものの……たった一言を浴びせられるだけで、アルベルトはひるんでしまう。
ベアトリクスは『アルベルト嫌い』の代表者なだけ。
冷たい視線で見降ろしてくる彼女の後ろには、仲良しの三人の友達がいて、さらにはクラスメイトもいる。
そのすべてを敵に回すなど、出来ようはずもなかった。
「ご、ごめんなさい……」
「――フンッ」
ベアトリクスはキッとにらんだのち、取り巻き三人を連れて教室を出ていく。
その様子に、アルベルトはホッとする暇もない。
今度は、制服のボタンが外れてしまいそうなほど、胸ぐらを掴まれる。
ベアトリクスがいなくなると、『待ってました』と言わんばかりに、いつも大柄な生徒が出てくるのだ。
「はっ、情けねえなあ、〝不能〟」
大柄な男子生徒……ゴルトは、どうやらベアトリクスにご執心らしい。彼女の気を引くのに必死で、こと『アルベルトいじめ』に関しては随分と積極的。
「俺が男らしい根性ってモンを教えてやるよ」
なにくそ、と噛みつければよかった。
暴れて、一矢報いて、みっともなくとも、逃げられればよかった。
――それが出来ないから、ベアトリクスにも目を付けられるのだ。
アルベルトは、いつもの通りに、痛みに備えて目をつむった。
そうすると、いつものように、皆が笑う。
ゴルトはもちろん、そのツレも、ツレのツレも、果ては見て見ぬふりをするばかりのクラスメイトまで。
その時――。
「ねえねえ、みんな! 聞いた聞いたっ?」
底抜けに明るい声が、教室に響いた。
まるで闇を打ち払う光のように。
室内に漂っていた陰鬱な空気を払う。
「どうしたの、シャルロッテさん?」
一人の女子生徒が声をかける。
これを皮切りに、ゴルトもそのツレもそのまたツレも……クラスメイトみんなが、『アルベルトいじめ』などなかったかのように振る舞う。
「〝アーツ争奪戦〟! 今年は学生が対象なんだって!」
天真爛漫なその生徒は、シャルロッテ・リートゼルツ。
ふわふわとさらさらが両立した黄金色のロングヘアーに、くりくりの青い目が特徴的な、愛らしい女の子である。
その人気は、ベアトリクスを上回るほど。
〝リートゼルツ〟というその名前も、人気を後押ししている理由の一つ。
何しろ彼女の両親は、〝エンデ戦線の英傑〟と謳われ、死してなお〝英傑たち〟として光り輝いている。
大陸制覇を目指すシーボルト王国においては、そんな二人の娘というだけで箔が付く。
そういう意味ではアルベルトも変わらないのだが……。
「おいおい、まじかよっ! 激アツじゃん!」
「俺らん中から〝能力者〟が出ちまったりっ!?」
「そりゃあオレだろ、どう考えても!」
「バカ! シャルちゃんだっての! なぁ?」
シャルロッテを中心として、クラスメイトの輪が生まれる。
天真爛漫で純粋なシャルロッテを汚さないように、彼らは言葉もなく一丸となる。ベアトリクスの時とは真逆に、アルベルトは存在そのものを消されるのだ。
徹底した無視。
これもまたいじめの形であったが……アルベルトの気持ちは楽になっていた。
怯える姿を笑われるよりも、殴られて痛い思いをするよりも、ずっといい。
アルベルトは音をたてないように立ち上がり、そっと教室を立ち去った。