表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

第1話

 魔法とは。

 日常の中の〝非日常〟。

 不可能を可能にする〝奇跡〟。

 人類が神様から授かった〝御加護〟。


 宗教的な話にはなってしまうが……。

 大陸で一般に広がる〝聖霊教〟の教えは、ここ〝シーボルト王国〟においても普遍的な価値観ともなっている。

 すべては〝神〟の愛ゆえの賜物。

 すなわち、『魔法が下手』ということは『〝神〟に愛されていない』ということにも繋がり……。


「調子に乗ってんじゃないわよ、〝不能〟のアルベルト!」

 まだ学校以外の世間を知らない少年少女にとっては、『いじめをしてもいい』という大義名分となる。

 とりわけ。

 アルベルトの場合は、ド底辺に追いやられるほどに酷いものだった。


「ぼ、僕は……。べつに、何も……」

 アルベルトは、運悪く、美少年だった。

 金髪碧眼で、肌質はつややか。目鼻立ちはくっきり。右目一つとっても完璧な形と角度と位置であり、全てのパーツが最適に配置されている。

 ややくせ毛な髪の毛も、その美貌を完璧なものとしていた。


 まさに神がかり的。

 〝ライプニッツ学園〟を象徴するローブを着て街を歩けば、幼い少女から妙齢の女性まで振り向く。

 カールした髪の毛が揺れるさまと、猫背気味ながらも颯爽と歩くさまと、魔法使いらしいローブをたなびかせるさまとが、圧倒的な人気を呼ぶのだ。

 しかしその美貌が、学生たちだけの世界においては、悪い方向へと作用する。


「はあっ? 何言ってるか聞こえないんですけどっ」

 肩をつかれて尻もちをついたアルベルト。

 目の前には、クラスで一番の輝きを放つ女子生徒。

 自分用にアレンジしたローブを羽織り、バッチリと化粧を決めて、お気に入りのイヤリングが耳元できらり。


 表情が豊かで、好き嫌いがハッキリしていて、主義主張が激しい。

 いつも人の輪の中心にいるのが、ベアトリクスという女子生徒である。

 華やかで、煌びやかで、美人。そんな魅力的な彼女だからこそ、いつも周りに人がいて……今も、クラスにいるのは彼女の味方ばかり。


「ぼく……僕は……!」

 アルベルトは、ベアトリクスのことが苦手だった。

 一時は『ベストカップル』などと噂されたこともあるが、その時期くらいから当たりが強くなった。

 それがいつの間にかいじめへと発展し……。


「なに」

 その理不尽な現状を変えたいと、いつも願うものの……たった一言を浴びせられるだけで、アルベルトはひるんでしまう。

 ベアトリクスは『アルベルト嫌い』の代表者なだけ。

 冷たい視線で見降ろしてくる彼女の後ろには、仲良しの三人の友達がいて、さらにはクラスメイトもいる。

 そのすべてを敵に回すなど、出来ようはずもなかった。


「ご、ごめんなさい……」

「――フンッ」

 ベアトリクスはキッとにらんだのち、取り巻き三人を連れて教室を出ていく。

 その様子に、アルベルトはホッとする暇もない。

 

 今度は、制服のボタンが外れてしまいそうなほど、胸ぐらを掴まれる。

 ベアトリクスがいなくなると、『待ってました』と言わんばかりに、いつも大柄な生徒が出てくるのだ。


「はっ、情けねえなあ、〝不能〟」

 大柄な男子生徒……ゴルトは、どうやらベアトリクスにご執心らしい。彼女の気を引くのに必死で、こと『アルベルトいじめ』に関しては随分と積極的。

 

「俺が男らしい根性ってモンを教えてやるよ」

 なにくそ、と噛みつければよかった。

 暴れて、一矢報いて、みっともなくとも、逃げられればよかった。

 ――それが出来ないから、ベアトリクスにも目を付けられるのだ。


 アルベルトは、いつもの通りに、痛みに備えて目をつむった。

 そうすると、いつものように、皆が笑う。

 ゴルトはもちろん、そのツレも、ツレのツレも、果ては見て見ぬふりをするばかりのクラスメイトまで。


 その時――。

「ねえねえ、みんな! 聞いた聞いたっ?」

 底抜けに明るい声が、教室に響いた。


 まるで闇を打ち払う光のように。

 室内に漂っていた陰鬱な空気を払う。


「どうしたの、シャルロッテさん?」

 一人の女子生徒が声をかける。

 これを皮切りに、ゴルトもそのツレもそのまたツレも……クラスメイトみんなが、『アルベルトいじめ』などなかったかのように振る舞う。


「〝アーツ争奪戦〟! 今年は学生が対象なんだって!」

 天真爛漫なその生徒は、シャルロッテ・リートゼルツ。

 ふわふわとさらさらが両立した黄金色のロングヘアーに、くりくりの青い目が特徴的な、愛らしい女の子である。

 その人気は、ベアトリクスを上回るほど。


 〝リートゼルツ〟というその名前も、人気を後押ししている理由の一つ。

 何しろ彼女の両親は、〝エンデ戦線の英傑〟と謳われ、死してなお〝英傑たち〟として光り輝いている。

 大陸制覇を目指すシーボルト王国においては、そんな二人の娘というだけで箔が付く。

 そういう意味ではアルベルトも変わらないのだが……。


「おいおい、まじかよっ! 激アツじゃん!」

「俺らん中から〝能力者〟が出ちまったりっ!?」

「そりゃあオレだろ、どう考えても!」

「バカ! シャルちゃんだっての! なぁ?」

 シャルロッテを中心として、クラスメイトの輪が生まれる。

 天真爛漫で純粋なシャルロッテを汚さないように、彼らは言葉もなく一丸となる。ベアトリクスの時とは真逆に、アルベルトは存在そのものを消されるのだ。


 徹底した無視。

 これもまたいじめの形であったが……アルベルトの気持ちは楽になっていた。

 怯える姿を笑われるよりも、殴られて痛い思いをするよりも、ずっといい。

 アルベルトは音をたてないように立ち上がり、そっと教室を立ち去った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ