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 翌日、コーヒーショップには私よりも先に彼が来ていた。


「早かったのね」

「誘った側が遅れるわけにはいきませんので」


 先に購入したホットカフェラテを手に店内を探せば、少し奥まった席に彼が座っている。


「これ、ありがとう」

「何か余分に入ってますが?」


 小さなショップ袋を渡せば中を覗き込んだ彼が言う。


「お礼よ。休憩時間にでもどうぞ」


 袋の中には洗ってアイロンをかけたあのハンカチと、ショップで購入したクッキーを入れてある。


「気にしなくても、それこそそのまま返してもらってもよかったんですが」

「そういう訳にはいかないでしょう?」


 案外こだわりは少ないのかそう言った彼に呆れつつも答える。


「せっかくなのでありがたくいただきますけど」


 そしてそう言った彼の前の席に私は腰を下ろした。


「いずれにしても、昨日はお世話になりました」


 昨日の彼の行動で助かったのはたしかだから、私は彼に向かってきちんとお礼を言う。


「本当に、真面目ですよね」


 そう言われたけれど性分なので仕方ない。

 それに、助けてもらったのならお礼を伝えるのは当然だと思う。


「だからあんな奴にいいように騙されちゃうんですよ。本当、あんな奴にはもったいない」

「え?」


 ボソボソっと呟かれて、何と言ったのか分からなかった私は聞き返した。


「何でもありません。とにかく、お礼はちゃんといただきましたので、昨日のことはこれ以上気にしないでください」

「わかったわ。あなたがそう言うなら」


 しかしそうなると彼は何を話したかったのだろうか。

 性格的に会社の外でわざわざ職場の相手に会うタイプではないと思うのだけど。

 そんな私の疑問に気づいたのか、彼が新たな話題を振ってきた。


「先輩に一つお願いがあるんです」


『お願い』

 もちろん、後輩が困っているならできる範囲で助けてあげたいと思う。

 ましてや昨日お世話になった相手だ。


「私にできることであれば」

「先輩にしかお願いできないんですよ」

「どういうこと?」

「しばらくの間でいいので、僕とつき合ってくれませんか?」


 つき合う?

 つき合うって、どこに?

 いや違う。

 この場合のつき合うはきっと男女のおつき合いという意味なのでは?


「ええ!?」


 驚いて、私は後輩をまじまじと見た。


 本人が常にローテンション気味だから周りはあまり騒いでいないけれど、入社してきた時はしばらく噂の的になっていた。

 なぜかといえば、容姿が整っていたから。


 下手したらそこら辺の芸能人よりも格好良いのでは? と噂にもなったものだ。


 会社勤めということもあって特に染めていない黒髪はサラサラで、切れ長の瞳は長いまつ毛で覆われている。

 左右対称と言えるパーツ配分に目の下の泣き黒子が色気を添えていた。

 その上身長は百八十近い上に、テンションは低くても人とのコミュニケーションを取るのが上手くて周りがよく見えているのか気遣いも上手だ。

 実際はどうなのかはわからないけれど、引き締まった体躯をしているようにも見える。


 簡単に言ってしまえば周りがほっとかないような人物なのである。


 仕事覚えも早いし、社内でも今後の期待の星なのよね。


 唯一の難点といえば、ローテンションのせいでやる気が見えにくいところくらいだろうか。


「ええっと……理由を聞いても?」


 ふざけてこういったことを言うタイプではないからそれなりの理由があるのではないか、そう思って問いかける。


「頭ごなしに拒否はしないんですね」

「困ってるのなら力になりたいという気持ちはあるのよ」

「ありがとうございます」


 私の返事になぜかお礼を返して、彼は理由を話し始めた。


「実はある人にしつこく付きまとわれているんです」

「それは……大変ね」


 見た目の良い人の苦労ということだろうか。

 しかし芸能人でもないのに付きまとわれるのは嫌よね。

 いや、芸能人だったとしてもプライベートの時に付きまとわれるのは勘弁してほしいだろう。


「つき合って欲しいとずっと言われているんですけど、何度断っても諦めてくれなくて……」


 そう言ってため息をつく様は困っているし疲れているような感じがした。


「だから、つき合っている人がいるから無理だと、今度こそ諦めてもらうためにもはっきりと言いたいんです」


 それで彼女役が必要だと。


「確認なんだけど、私に頼むということは今は彼女はいないのね?」


 この容姿に性格でいないなんて信じられないけどね。


「いたらこんな無茶なお願いなんてしません」


 困り顔で言われて、それはたしかにそうかと思う。


 彼女役かぁ。

 昨日のお礼もしたいし、困ってるなら助けてあげたいけど、私に務まるものなの?


 何と言ってもつい昨日婚約破棄されたばかりの女なのに。


「先輩さえ嫌でなければ、ぜひお願いしたいです」


 重ねて頼まれて、今の私でも役に立てるならいいか、という気持ちになる。


「……わかったわ。どれくらいの期間続ければいいのかしら?」

「相手が諦めてくれるかどうかによりますが……先輩さえ嫌でなければ当面の間、期限は切らずにお願いできればと」

「了解。まぁ、私は誤解をされたら困る相手も今はいないしね」


 半ば自虐的にそう言うと彼の方が辛そうな顔をする。


「ごめん、もうこういう言い方をするのは止めるわ」


 彼の表情は下手に何か言われたり慰められるよりもよほど堪えた。

 

「もうこれ以上自分で自分を卑下しないでください」


 懇願するかのように言われて、たしかにそうだなと思う。

 元婚約者が浮気に走った原因が自分にもあったのではないかと、その考えがどうしても拭えなかった。

 でも浮気をしたのはあっちだ。

 もし私に不満があったとして、話し合うこともなく直接的な原因を作った結果の婚約破棄なのだから。


 私が私を否定しちゃダメよね。

 そう気づかせてくれた彼に感謝している。


「そういえば、つきまとっているというのは社内の人なの? それとも社外?」


 相手がどんな立場の人なのかによって対応が変わるかも、そう思って聞いた質問だったけど。


「相手は同期のあの人ですよ」


 まさか元婚約者の浮気相手の名前をここで聞くことになるとは思わなかった。

読んでいただきありがとうございます。

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