2.
レオナルドとの交流は、人間の月日にして1年ほど続いた。
レオナルドは16歳になった。
最初は変わり者の少年だと思っていた。
毎日のように私の棲む泉へ通い、何かを落としては、私を呼び出す。
落とし物は様々で、花束や小さな木彫りの人形、果物なんかもあった。
彼に話しかければ、はにかみながらまっすぐに見つめてくる。
決して嘘をつかず、ひとつひとつの言葉を大切にする子だった。
彼の言葉は、いつも真っ直ぐ私に届いた。
ある日、レオナルドがもじもじしながら私に言った。
「あの、女神さま。…あなたのことを、エルミア様とお呼びしてもよろしいですか?…ぼくがあなたのことを、一人の女性として好きなのだと、あなたに分かって欲しいから」
彼の言葉は、いつだってまっすぐだ。
…少しぐらい湾曲してくれないと、恥ずかしくなってしまいそうなほどに。
やがて、森に寒い冬がやってきた。
季節が冬に代わっても、彼は毎日泉に訪れた。
雨の日も、風の強い日も。そして未だ類を見ない大雪が降って、一面が銀世界になるような、そんな日であっても。
私は、大雪の中鼻を真っ赤にして泉にやってきたレオナルドに驚いて問いかけた。
「こんな日にまで来るなんて!…危険です!もし森で遭難でもしたらどうするつもりなんですか!」
すると彼は、鼻と同じくらい赤くなった手に「はぁーはぁー」と息を吐きかけて、ズボンのポケットに突っ込んだ。
いつものように微笑んでこう言った。
「毎日来ると、約束しましたから。それに…あなたに会いたいから」
「……もう、馬鹿な子」
その時、私の中に確かに、何かが芽生えた気がした。
……でもそれに名前をつけるのは、まだ怖かった。
私はレオナルドに、「雪が解けるまでは会いに来ないで欲しい」と言った。
「これは神との約束で、破ったら二度とあなたの前には現れない」と念を押した。
彼は「イヤだ」と反発したが、私が折れる気がないのを悟ると、春一番にやってくることを約束して、村へ帰っていった。
**
雪が解け、春がやって来た。
でも…彼は現れなかった。
あの雪の日を最後に、ぱたりと、泉に足音が響かなくなった。
最初は、用事でもあるのだろうと、思っていた。
家族のこと、体調のこと、あるいはただの偶然。
けれど、2日が過ぎ、3日が過ぎ、1週間が過ぎても。
森の草原をかける足音は聞こえてこない。
水面は、静かに凪いでいた。
そしてひと月が過ぎた頃、私はもう、彼は来ないのだと理解していた。
(人の心は、移ろうもの……)
最初から、知っていたはずだった。
特に子供は短気だ。こんな辺鄙な場所にある泉の女神より、もっと面白いものを見つけたのだ。
もしかしたら彼は他の誰かに『恋』をしたのかもしれない。
人間の寿命は短く、心は風のように変わるもの。
私は分かっていた。分かっていた、はずなのに。
胸の奥に、冷たいものが沈んでいく。
泉の底に落ちたまま、誰にも拾われない落とし物みたいに。
私は、冷たい水の中で静かに目を閉じた。
「………嘘つき」
誰にも届かない声を、ひとり、泉に落として。