また来たのですか?
「また来たのですか?」
そう声をかけた私に、レオナルドは顔をほころばせた。
王家の装いを身にまといながら、泉の縁に立つその姿は、遠目にも『王子』としての風格を帯びていた。
けれど、その瞳が私を見た瞬間、すべての威厳がやわらかく溶けていく。
「ええ、来ましたとも。愛しのエルミア様に会いたかったので」
「……ふふ、毎日来て、よく飽きませんね」
私はそっと頬をゆるめた。
でも、たぶん私のほうが、彼に会いたくてたまらなかった。
水面を揺らす風の音に、胸の奥がときめく。
彼は靴を脱いで泉に入ると、濡れるのも構わず私の元まで歩いてくる。
私を優しく抱き寄せて、そっとこめかみに口づけを落とした。
「……ずっと入っていて、冷えていませんか?」
「大丈夫ですよ。泉の水ですもの。慣れています」
「でも、温めたいと思ってしまうのは……私の勝手でしょうか」
彼は私を強く抱きしめた。
ひんやりとした肌に、彼のぬくもりがじわりと伝わってくる。
「……ふふ。あったかい」
私は、まるでお湯に浸かったような気持ちになって、そっと目を閉じた。
泉の水も心地よいけれど、レオナルドのぬくもりは、それ以上に私を甘やかしてくれる。
「お仕事はどうですか?」
「忙しいですよ。書類は山のようにありますし、会議も、儀礼も、まだまだ覚えることばかりで。でも…」
そう言って彼は、私の頬に顔をすり寄せた。
「一日の終わりに、こうしてエルミア様に会える。それだけで、どんな一日も、報われた気がするんです」
「……ずるい言い方をしますね。そんなこと言われたら、待つしかなくなってしまいます」
「だったら、ずっと言い続けます」
レオナルドがにっこりと笑って、ゆっくりと顔を近づける。
唇に柔らかいものが触れて、やがてそれは何度も角度を変えて落ちてきた。
口づけの雨に頬を赤らめながら、彼の髪を撫でる。
「……ねえ、レオナルド」
「はい?」
「私は、王妃にはなれません。この泉を離れることができないのです」
「ええ、分かっています」
彼はまるで、何年も前から知っていたかのように、穏やかに頷いた。
「…でも、王妃になれなくても、私はあなたを愛しています。ここであなたを待ち続ける。それが、わたしの『愛』なんです」
「……エルミア様」
レオナルドは私を抱きしめた。
最初よりも、ぐっと力強く。存在を刻み込むように。
「その言葉だけで、わたしは…王の座より、何よりも幸せになれます」
私は彼の肩に額を預け、そっと目を閉じた。
甘くて、くすぐったくて、満たされて、胸がいっぱいになる。
「……ねぇ、レオナルド。…私、あなたに触れられるたびに、どんどん欲張りになっていく気がするのです」
「……欲張り?」
レオナルドが小さく微笑んで、私の頬に指をすべらせる。
「ええ。最初は、あなたの声を聞けるだけで嬉しかった。姿が見えるだけで、心が満たされた。でも……」
私は視線を落とし、彼の胸元にそっと額を寄せた。
「今は、もっと触れていたい。もっと、あなたを感じていたいと思ってしまう。…それって、きっと欲張りですよね?」
「……いいえ」
レオナルドは私の頬にキスを落としながら、静かにささやいた。
「それは、私もまったく同じです。エルミア様の声を聞くたび、指先がふれてしまうたび…この先へ進みたくなる」
その言葉に、胸が高鳴る。
私は顔を上げて、彼の頬に手を添えた。
水面のきらめきが揺れて、ふたりの瞳の奥で溶け合う。
「キス……してもいいですか?」
「………んッ」
私の言葉が終わるより早く、彼の唇が私の唇に重なった。
静かな泉のほとりで、風の音も、水のさざめきも、すべてが遠くなっていく。
ただひとつ、ふたりの心臓の音だけが、ゆっくりと重なって響いていた。
「……明日も、来てくれますか?」
「当然です。あなたを、永遠に愛しているから」
私は笑って、もう一度、彼に口づけを返した。
愛しい人の腕の中で、昼の光がきらきらと舞い散る、幸福な日だった。
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