Episode2
『んんんー……』
頬を風が撫でる感じがする。それに微かに自然の香りがする。
眩しい光にしばらく目を開けられず、他の感覚が過敏に感じる。
それでも違和感を確認したく、少しずつ目を開くとそこには青空が広がっていた。
まだ覚醒しきっていない頭で不思議に思いながら地面に手をついて起き上がるとふぁさ、と手に何かがまとわりつく感触に思わずそちらを見る。
視線の先には青々と育った草花が一面に広がっていた。
『外…?』
よくわからない状況に眠る前の記憶を呼び覚ますが、それはなぜ外で寝ているのかには繋がらなかった。
顔を上げて周りを見渡す。
辺り一面同じような草原がそこには広がっていた。
思わず立ち上がる。
後ろを振り向く。同じ光景。右を向く、左を向く。
それ以上の情報はなにもなかった。
『ここはどこなの……』
家で眠ったはずなのに。
それにお風呂から出てパジャマに着替えていたはずなのになぜか高校の制服を着ている。
混乱して頭の処理が追いつかずに呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
『…とりあえず人を探そう』
この一面草原の場所から民家がありそうなところなどわからないので適当な方向に歩いてみることにした。
道中、上を見上げた太陽は真上にあるのでお昼を過ぎたところだろうか。まだ日はくれることはないだろう。
そうして不安を抱えながらしばらく歩いたところで前方に岩肌のようなものが見えた。少しはこの景色は変わるかもしれないと早足で進む。すると。
「おい、おまえ!」
『ぅわあ!?』
突然後ろから声が聞こえた。
ここに来てから自然の音以外を聞いていなかったので変な声を上げて後ろを勢い良く振り返る。
すると、少し離れたところに一風変わった服装をした男の子が立っていた。こちらを怪訝そうな顔をして見ている。
ようやく出会えた同じ歳くらいの人に会えたことに喜び、安堵の息を吐く。
「見たことない顔だな…それにその服装も見たことがない…魔物か…?」
『ま、魔物って失礼ね、私は七海 美嘉。起きたらなぜかここにいたの』
「ナナミ?名前も変だな。…まぁいいや俺はユージーン。平民だから名字はない。一応勇者見習いをやっている」
『ところどころ失礼ね。…それに勇者見習い?』
「ああ。俺は子供のときに勇者としての素質を認められてそれからは鍛錬を重ね、いろいろな国をまわっている」
『…?オタクかなにかかしら…』
誇らしそうに自分のことを話す目の前の男を訝しげに見る。言っていることが少しおかしい。
それに布切れを重ねて縫ったかのような服装は装飾品の1つもない。髪は白髪で整えられていないのかぼさぼさで、目は濃い青色。外人のような出で立ちだが言葉は流暢だ。
一番に目につくのは腰には剣が入っていそうな鞘まで見える。
男の格好を見つめてしばらく黙り込んでいる私を見てユージーンと名乗った男は逆に私に顔をのぞき込んできた。
「ナナミ、もしかして迷子か?どっから来たんだ?」
『…まぁそういうことかな。スマホもないし…東京にいたんだけど』
「トウキョウ?なんだそりゃ、聞いたことないな」
『は?東京を聞いたことない?!そんなことある?』
「んー…わからないな、いろいろなところまわってるけど聞いたこともないんだ」
私の頭がおかしいのかユージーンの頭がおかしいのかもう訳がわからなくなってきた。
頭を抱えそうな衝動を抑えて、ふたりがなぜこんなに噛み合わないのか考える。
そんな様子の私を見てユージーンは頬をぽりぽりかいてぎこちなく口を開いた。
「とりあえずこの草原も魔物が出ないわけじゃない。装備も何もないんじゃ襲われたときに大変だろうし、俺が護衛するから近くの村に行こう」
『…!待って、魔物って本当にいるの?』
「なーに言ってんだ、いるに決まってるだろう。まだここあたりも平和じゃないんだ」
魔物、勇者、ユージーンの格好、剣、東京を知らない。
ここから導き出される答えはあまりにも現実的ではない。だが、目の前の男ひとりでそれが成り立ってしまうのかもしれない。
恐る恐るユージーンに質問を投げかけてみることにした。
『ねぇ、ユージーン。勇者がいるのなら魔王とかもいるの?』
「ぁぁ…魔王か。魔王はいる。まだ完全な覚醒はしてないが、いつかは脅威になる」
『じゃ、じゃあ…魔法とかもあるの?』
「魔法?人々は皆何かしらの魔力を持って産まれる。生活魔法から、戦闘魔法、それぞれ持った魔力に合わせて階級や仕事が決まることもある。俺はそんな中でも聖属性魔法が使えたから勇者候補になったんだ!」
『……そんな』
私の予想が的中しているのなら、
私、異世界に来ちゃったの…?!
拝啓、お父さん、お母さん。
私はなぜか異世界に来てしまったようです。
これから私はどうすればいいのでしょうか。
「ナナミ!こっちこっち!」
『はぁ…はぁ…つ、疲れた…』
衝撃の事実を知ってから、心の整理もつかぬままユージーンに連れられ近くの村へとやってきた。
現実が受け入れられず放心状態だった私はユージーンを頼ることしかできないのでとぼとぼとついていったのだが、さすがは異世界。ありえない距離を歩かされ整えられた世界で生きてきた私には過酷な道のりだった。
「…おいおい、大丈夫か?家まで行けば水があるからもう少し頑張ってくれ」
『うん…あ、ここが、村…』
しんどくて下ばかり向いて歩いていたがふと顔を上げると太い木の幹をつなぎ合わせた外壁、その中にところどころ石造りの家が点々と建てられた小さな村があった。
ゲームやアニメの世界でよく見た小さな村。それが目の前に広がっている。ユージーンと似たような格好をした村民が楽しそうに談笑していたり子供たちが走り回っている。
「なかなか良い村だろ。勇者見習いだけど俺を歓迎してくれて、滞在させてもらってるんだ」
『…うん、こんな村初めて見た』
村の中へと入ると行き交う人達が笑顔で迎えてくれる。
ユージーンも村民に囲まれてひとりひとり丁寧に返している。
この温かい雰囲気に元の世界で一緒に過ごしていた友達のことを思い出して胸がきゅっとした。
もう会えないのだろうか、と表情に影を落とすとそれに気付いたユージーンが隣を歩いてくれた。
「ナナミ、これからどうするかわからないけど、もしナナミが良ければ俺と一緒に旅をしないか?」
『え…?!』
「ナナミのことは俺が必ず守る。俺だって一応勇者見習いだからな!それに、一緒に旅をしてたらナナミの言っているトウキョウも見つかるかもしれないし、なにか手がかりもあるかもしれないし」
『……。』
はい、ともいいえ、とも言えずに口を開いては下を向いた。
私はこの世界で生きていく勇気がまだ自分にはないんだ。
でも、どうしたら帰れるのかもわからない。
そんな不安を抱えてユージーンを見やると、ニコニコとこちらを見ていた。
その表情はまるで私が断らないのを分かっているのか、心の内を知っていてそれでも歓迎の意を見せてくれているのか。
でも、私はなぜだかその表情に安心感に胸が包まれる。
『…うん』
その一言とともにコクンと顔を縦に振る。
ユージーンはぱああっと目を輝かせて右手をこちらに差し出した。
こっちの世界にもあるんだな、と私も同じように右手を出してぎゅっと握手を交わした。
「ひとり旅は孤独で暇だったんだよね」
『暇つぶしで誘ったわけ?!』
「あはは!まぁお互いにその方がいいんだし結果オーライってやつだよ!」
『ついてきたの間違いだったかな!』
そんな話をしながら歩いていると、とある一軒家の前でユージーンが足を止めた。目の前には他の家と変わらぬ風貌の家が一件あった。
「ここが今俺が住まわせてもらってる家。これからはナナミの家でもあるからちゃんとここまでの道のり覚えろよ」
『この規模のなら迷子にならないわよ、もう!東京育ちなめんなっての!』
ぷんぷん怒る私の様子を見てクスクスと笑うユージーンに続いて家の中へと入る。
中は思ったよりもきれいで、小さいながらも部屋もいくつかあるようだった。
土足で入っていく様子を見て少しぎこちなくも家の中をそのまま進んでいく。
「……ゆーじーん?」
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