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過去を振り返る国王と宰相の後悔

 タリト侯爵は語学の得意な男であった。

 頭の回転も速く、口もなかなかに達者だ。

 そういう男だからこそ外務大臣の職に就いたのは、必然だった。が、国をあけることが多かった彼は必ずしも、その職を要望していたかというと、そうではなかっただろう。


 彼には大切な家族の存在があった。

 今時珍しく恋愛結婚をした侯爵には、美しい妻としっかりした息子、そして愛らしい娘がいた。

 訪問先の国の用途によっては同行も可能だったが、全ての外交に連れていくことは不可能だった。

 家族を国に残していかなければならない状態に、彼の眉間の皺は年々深くなっていった。

 そんな大切な家族だからこそ、国内にいる間はともに出歩くことが多かったようだ。

 あの日も、用事のあったタリト侯爵が娘を城に連れて来たのは偶然だった。

 その偶然でタリト侯爵の娘、フレーシア嬢の命運は決まってしまったのだ。


 庭で遊ぶサシュティスが、タリト侯爵に連れられて城を歩く彼女を見初めてしまった。

 そろそろ婚約者を見繕わなければならないなと話したところで、彼女の名前をサシュティス本人が挙げたのだ。

 その頃から我儘で横暴だったサシュティスだが、フレーシア嬢のことは本気で気に入ったようで、彼女と婚約できるなら王族として勉強も剣の稽古も逃げずに頑張ると約束したのだ。

 毎日のように教師陣から逃げ回り、気に入らなければすぐにクビにする息子にホトホト手を焼いていた余は、タリト侯爵に相談した。

 王太子としてなど関係なく、この時点でサシュティスは同年代の貴族の子供よりも劣っていたかもしれない。

 そんな息子をどうにか変えたいと考えていた余は、親馬鹿だった。

 フレーシア嬢さえ傍にいてくれれば、サシュティスが心を入れ替えると本気で信じていたのだ。


 何度か打診したがその都度、タリト侯爵には断られた。

 娘にそんな重圧をかけたくないと。

 当然だろう。

 高位貴族のタリト侯爵は、サシュティスに関する問題を全て知っているのだから。

 そんな問題しかない王太子の嫁になど、誰がなりたいものか。

 だが、余が何度も頭を下げる姿を見ていたフレーシア嬢が同情してくれた。

 子供心に、一国の王が自分を欲して親に頭を下げる姿を見て、情けを感じてくれたのだろう。

 不甲斐ない話だが、余はその優しさに付け入ったのだ。


 フレーシア嬢を婚約者だと連れて行った時のサシュティスの笑顔は、本物だった。

 あの時は本気で、これで良い方向に変われると信じていたのだ。

 初めの頃は、サシュティスもフレーシア嬢の前で良いところを見せようと、一生懸命頑張っていたように思えた。

 だが段々とその様子に、変化をもたらし始める。


 フレーシア嬢の前で、顔を歪めるようになったのだ。

 好きな女の子の前で恥ずかしがっているというよりは、不出来な自分に羞恥を感じているように見えた。

 彼女のあまりの素晴らしさに、自分自身が見劣りしていったのだろう。

 サシュティスは容姿だけならゴロッシュの宝玉といわれた余の母である、今は亡き前王妃に似ているが、それ以外は子爵令嬢に似てしまった。

 王族特有の剣技の才も、ましてや血の繋がらない王妃の賢さも引き継ぎはしなかった。

 喝を入れるべきだったのかしれない。

 拗ねる暇があれば現実に向き合えと、怒鳴るべきだったのだ。

 だが、どうしても死なせてしまった子爵令嬢の姿が重なり、堕落していく息子を余はどうすることもできなかった。



 ミルドナ学園に入り、同年代の他者と関わることで少しは変化が生じるかと期待した余に、現実は厳しかった。

 サシュティスは、あろうことか下位貴族の女性と親しくし始めたのである。

 それ以外は勉強もそれなりに頑張り、優しく心の広い王太子を演じているようで、対外的には好感を得ている様子ではあったが、婚約者のいる身で他の女性と親しくしている時点で、問題外である。

 護衛にと付けているカイサック団長の息子や、側近候補として側に侍っている高位貴族の息子たちにも、それとなく注意するように命じた。

 だがサシュティスは全く聞く耳を持たないようで、それどころか言えば言うほど、反発しているようだとの報告が上がってきた。


 一向に改善しないまま、フレーシア嬢の入学が目前となる。

 下位貴族の女性と本気で別れさせようと勢い込む余に、フレーシア嬢はあまりいい顔はしなかった。

 今以上に頑なになりますわ、という発言は、的を射ていた。

 フレーシア嬢の前でますます状態を悪化させるサシュティスに、言葉をなくす。

 あいつは一体、何を考えているのだ?


 男爵令嬢と体の関係を報告してきた密偵に、何故邪魔をしなかったと理不尽な発言をしそうになった。

 いくら婚姻前だからといえ、王太子が欲望のままに女性に手を出すなどありえない。

 しかも王族の掟を破り、婚約者でもない女性相手に。

 そのうえ、件の女性は息子一人が相手ではない。

 娼婦の如く、複数の男性と関係があるのだ。

 怒りのあまり、目が回る。



 そうして最悪な報告がもたらされる。

 サシュティスがフレーシア嬢に婚約破棄を言い渡し、その際に明らかに冤罪と思われる内容で謝罪を要求した。

 震えるフレーシア嬢に階段から降りるよう怒鳴り、そして彼女は階段を踏み外した。

 側にいたデルクト・カイサックが身を挺して庇ったが、二人共階段下まで落ちてしまった。

 現在、専門の医師が治療にあたっているとのこと。


 もう、おしまいだ。

 これではどうあがいても、この国に未来はない。


 頭を抱え込んでいる余の側に、宰相がモノクルを上げて近付いてくる。

「これでフレーシア様はもちろんのこと、タリト侯爵も外務大臣の職を退き、領地へと引きこもってしまいますね」

「……彼らだけでは、すまないだろう。他の高位貴族も申し立てしてくるはずだ。もしかしたらカイサック団長も」

「まさか。彼はこの国の要です。彼がいなくなっては、我が国の軍事力にも問題が生じます」

 確かにカイサック団長は、忠義心の熱い正義感溢れる男だった。

 私事により、この国を見捨てることなど本来なら考えもつかないことである。

「だが、彼の息子まで巻き込んでしまっているのだぞ。それで今まで通りになどいくはずがない」

 そう、彼の息子は先程の事故により安否が確認されていない状態である。

 ただでさえ不誠実なサシュティスを快く思っていなかった彼にとって、今回の件は許せる範囲であるかどうかだ。


 余の考えが読めたのか、宰相もその可能性に黙考する。

「せめてサシュティス様が心を入れ替えてくれるなら、彼らを説得することもできるのですが……」

 暫くして、そんな空想を口にし始めた。

 余は、ふっと口元を歪める。

「無理だろう。アレはどうしようもないクズだ。だが、あんなクズしか王族には残っていないのも事実」

「ならば彼らを諦めるしかありませんね。残った者でどうにかやっていかねば……」

「すまない。苦労を掛ける」

「仕方がありません。子爵令嬢を選んだ私にも、責任はあります」


 そう、サシュティスの産みの母親である子爵令嬢を推薦したのが、当時側近であった宰相なのである。

 彼はそのことを深く後悔していて、サシュティスの行動に余と同じように心を痛めていたのだ。

 せめてもう少しまっとうな令嬢を選んでいたらこの現実は変わっていたのかと、悔恨を感じずにはいられなかった。

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